一塊
陽も沈みかけた夕暮れ時、目の前で遮断機が下りた。真っ赤な点滅と共に、尋常ならざるものが近づいていることを告げる警報器の音は、この薄暗い中、一人で聞くには気味の悪いものがあった。遮断機よりも二歩分うしろにさがって待っていた私は、やがて眼前を過ぎ去るであろう光源の一点を見つめていた。線路の上を走る塊は、ガタン・ゴトン・ガタン・ゴトン、と重みのある音を地に刻みながら近づいてくる。
私の目をつんざくように、その光、そして、それらの音が大きな手の平を見せ、私を包み込もうとしている。線路のきしむ音、軽油で動くエンジンの音、これらの音の塊が、こちらに突っ込んでくるという雰囲気をひしひしと感じながら、私は逃げることもせずただ突っ立っていた。
近づいてくる黒い塊が、汽笛のような悲鳴を鳴らした。蒸気を吐くような音も聞こえてきた。
光源が遂にその正体を現す。黒い塊の中に、一筋の灯りが目に飛び込んできた。たちまち私を取り囲うのは、確実に嗅いではいけないようなにおいであった。少しばかり息を止めながら、一筋の光を見つめた。そこに人の姿は見えないが、規則正しく踊っている吊革の列が、驚くほど鮮明に、私の角膜へ刻み込まれた。
途端に、風が私の顔面を狙い撃つ。
バン!!!
風は、私の顔だけでは飽き足らず、一連の流れを見守っていた、樹々やフェンスまで容赦なく狙い撃ち、それらをことごとく震わせた。
ガタン・ゴトンの音は、次第に右耳から左耳へ移って行き、後ろにひょっこりと生えた尻尾が現れたかと思うと、黒い塊に手を引っ張られるようにして連れ去られていった。尻尾は名残惜しそうに、私をずっと見ているような気もした。
その塊が全てのものを持ち去ってしまったような静寂が訪れる。いつしか私は、その黒い塊に喰われてしまったような感覚を持った。
ガタン・ゴトン・ガタン・ゴトン・キィーーー・ガタン・ゴタン
他の樹々たちも、そこに宿っていたような意識が、全て抜け落ちて持ち去られてしまい、私と一緒にただ立ち尽くしているだけだった。それでも、厳然としてそこにあるのは踏切の点滅だった。一定のテンポで鳴らされる禍々しい音が、私の耳から脳髄に至るまでの全てを支配するために自然と身体に染み渡ってくる。その音も、いつの間にか途絶えた。私の記憶に残されている、かつて眼前を過ぎていったあの塊が微かな風を残して、私の前髪を揺らしていた。
遮断機が上がる。
赤い点滅も消えてしまった辺りは、樹々と踏切の存在を教えるシェルエットしか取り残されていない。沈みかけていた夕陽は、とうの昔に消え入ってしまっていた。