これしかないもんで
例え、”井の中の蛙大海を知らず”だとしてもいい。
「これしかないもんで」
他者に問う。じゃあ、何があるの?
「……………」
そもそも、僕に他者はいなかった。ただ。虐めるだけだった。誰も気付かなかった。
その才能があったことを知ったのは大分先だったんだろう。まず、僕の場合は1人から始まったんだ。ボーっとしているだけで色々なことが起きて、文字が書かれていく黒板。進んでいく針に合わせてみんなも僕も動いていく。ランドセルを背負って帰り道を歩いて。テレビを観て、漫画を読んで、食事を摂って、お風呂に入って、眠って……。あっという間に過ぎていった。
その虚しいと感じていた一日に味を付けたいと、始めたのはきっと絵だった。
最初に描いた絵は覚えていない。
上手くはなかったし、何を描きたかったイメージもなかったと思う。基本も何も知らない自分は感覚だけで描いていたはずだ。
絶対に下手だろう。でも、下手なのに楽しかったのは深夜のテンションはやばい現象と同じかな。
きっと大きく手を振りながら絵をばら撒いていたんじゃないか?
はははははは。馬鹿だ。
でも、そんな馬鹿が好きになった自分がいる。本当の個性を見つけられたと自覚して、そのまま突き進んだ。
自分に才能があると理解するまでに描いた絵は、きっと山のように積もってから気付けただろう。その山のように積もったの中にある絵は未完のものが多いし、とても早くに投げ出した絵もある。
失敗を多く作り、一枚の絵が完成した時の感動をよく大切に理解して喜んでいる。今でもだった。
この時、やっぱりさ。「絵を描くことが好きなんだよ」って分かるんだ。でも、投げ出している時は「描くのは止めだ!」って嫌がる自分がいる。
やるか、やらないか。それを決めるのは自分の気まぐれだった。
人がそこに介入したことは一度たりともない。退屈だったり、つまらないものだったり、酷評だとしても。”僕が楽しい”は誰にも変わらなかった。なにせ僕は、1人から始めたから。誰も、僕の世界に入っていないからさ。
飽きたなら止めて、楽しみたいなら何かを始めた。
僕の場合。楽しめるのはここしかなかった。これしかなかったから、たとえ止めても戻ってきた。辛くても、絵しか知らない僕は他の生き方を知らない。僕の伝え方を知らなかった。
そんな生き方に釣られたのか、僕が絵だけでは生きられないから這うように捜したのか。ある時、自然に僕に仲間が生まれた。
「よー、瀬戸!またよろしくな!」
「ねぇーねぇー!瀬戸くんって他にどんな絵を描いてるのー?」
高校を出てから初めて出会えた本当の仲間。
今でも彼等には救われていて、わがままも聞いてもらっている。もちろん、彼等のため。一番は僕が楽しむため。絵を描かせてもらっている。
ずーっと、みんなと居たいと思っている仲間と出会えたのはこの道に進んで、一番良かった出来事だ。
……………………
「という感じに瀬戸の人生を彩ってあげれば良い奴に見えるだろ?」
「う、上手いです。三矢さん!瀬戸くんがとんでもない良い子に思えました!」
今泉ゲーム会社。
そこで、三矢正明が安西弥生に人生を彩る話術を話していた。
「瀬戸がエロ絵師であるということはもちろん。不真面目であることも伝えないし、馬鹿なのに絵を描くことは好きだから、量産型絵師の適正があるとも匂わせることもできる。しかし、実際は制御不能の天才だ」
「なるほどー!勉強になります!」
その人生の対象に選ばれたのは同じ仲間兼社員の、瀬戸博であった。この会社内の問題児であり腕こそ確かであるが、気分屋で納期も守らない。ペース配分が悪いなどコントロールがしにくい1人であった。
当然、その対象に選ばれた瀬戸は怒って三矢と安西に抗議した。
「ぼ、僕の人生で遊ぶなーー!」
「はははは。ワリィワリィ!」
「でも、瀬戸君の人生ってこーゆう感じでしたよね?専門時代に……」
瀬戸博はもう1人じゃない。
サイコーの仲間達と出会えたのは確かであった。
「僕!もう、部屋に引き篭もるからね!納期を守ってあげるから僕で遊ばないで!」
「モチベが上がってよかったよ」
瀬戸が彼等に出会えなかったらどうなっていたかな?