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去りぬ想い、去りぬ世界。  作者: 猫樹政也
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愛する人の死、ゆえのその願い


秋晴が運命の人に出会ったのは、大学の4年になったときであった。


その年に入学してきた双子の一年生が自分の所属するサークルに入ってきた。


姉が小春かすみ、妹は小春日和。


見た目も話し方も癖もほぼ同じだった。


そんな二人のうち、かすみが秋晴を好きになった。


そして秋晴は、そんな二人のうち、かすみを好きになった。


小春姉妹が入学して半年と一カ月が経ち、二人は付き合うようになった。


二人はお互いの夢を語り、お互いの夢が叶うことを応援していた。


たった半年以上の付き合いだったけれども、二人の愛情は幾十年もの長い間で育んできたようにも思えるほどだった。


だから、それを失った時の悲しみは大きかった。



それは付き合い始めて約一カ月。


クリスマスイブの日の出来事だった。


お互い、バイトのシフトが入らなくて、デートをすることができた。


雪がちらちらと舞う日だった。


お互いマフラーをして、手を繋いで街中を歩く。


「ハルさん、こんな日に雪が降るなんてとても素敵ですね」

「そうだね」


かすみは空いている手のてのひらを空に向ける。

舞う雪がてのひらの上に乗り、すぐに融ける。


二人は人ごみの中を歩く。


前から歩いてくる人間を避けたり、その人が避けてくれたりと。


だが、一人だけ違う人間がいた。

フードをかぶった人間がこちらへ確実に突っ込んできている。


秋晴は不審に思った。


避けようと彼女の手を引きながら右へ移った。

だが、それは合わせてこちらに動いた。


それの顔がはっきりと見える距離になって見えた。

刃先を自分に、いやかすみに向けられているナイフが。


それはもう少しのところまで来ていた。

秋晴は彼女を突き飛ばそうと思った。

だが、その考えに至り行動に移すまでには時間がかかった。


だから、そのナイフが彼女の腹部に刺さった。

男がぶつかった衝撃で二人の手が離れた。


周囲の人間は気づいていない。


だが、二人が倒れこんだときにやっと気づいた。


馬乗りになっているのは男。その下にいるのは自分の愛する人。


体が動かなかった。

なにが起きているのか未だに理解できてなかった。


男はナイフを振りかざしていた。

そして、そのまま胸へ何度も何度も突き刺した。


そこで、周囲の人間が男を取り抑えようと近づいた。

だが男は持っているナイフを振り回し、追い払う。


むやみに近づけなかった。


男の次の的は顔だった。


顔を何度も切りつけた。


この時すでにかすみは絶命していた。


だから、悲鳴もなにもない。


周囲の悲鳴がかすみの悲鳴のように秋晴は聞こえた。


(なにが起きてる……なんでだ…なんでかすみが……)


秋晴は一歩ずつ近づく。

男は顔面にナイフで切り傷をつけていく。


(やめろ……やめてくれ……彼女を傷つけないでくれ……)


かすみの顔面は切り傷だらけで、血まみれだった。


(神様……頼む……助けてくれ……)


それは神でも無理である。

死んだ人間を生き返らせることは。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!!」


彼は雄叫びと同時に男を殴り飛ばした。


地面に倒れこんだ男の上にのしかかり、男の顔面を何度も何度も殴りつける。

自分の拳に痛みが走る。

それでも、気にしない。


自分の拳についている血が、もう自分のものなのか相手のものなのかわからない。





救急車が来たのは三分後だった。

だが、救急車が来ても意味がなかった。


すでに死んでいるのだから。





それからの彼は死んでいた。


すでに内定をもらっていた企業に就職し、真面目に仕事に取り掛かるも一人になると彼は死んでいた。


そんな彼を日和は助けていた。


彼のそばに居れるときに居て、彼を慰めていた。


ある日のことだった。


「なんでなんだよ……なんで、かすみが死ななくちゃいけないんだ……

 なんで彼女の夢が叶えられなくなるんだ……かすみは先生になりたいって……

 みんなに慕われる先生になりたいって言ってたんだ……」

「秋晴さん……」


日和が彼の体を抱きしめる。


「かすみ……かすみ……」

「秋晴さん、ありがとうございます。お姉ちゃんをそれほどまでに愛していてくれて」


秋晴が日和の顔を見る。


「かすみ……」


彼女の顔を見てそう言った。


「私は日和ですよ」

「日和……違う。嘘を吐かないでくれ、君はかすみじゃないか。

 その目、その鼻、その口、その髪、その声、そのしゃべり方、その体。かすみじゃないか。

 いつもそばにいてくれたんだね、かすみ」

「あ、秋晴さん……」

「ハルさんっていつものように呼んでくれ……かすみ」


秋晴の様子がおかしかった。


なんでこうなっているのかわからなかった。


日和の体がゆっくりとベッドに押し倒される。


「かすみ……」

「あ、秋晴さん、やめてください……!」


日和は抵抗するも、男の力には勝てない。


そのために強引にキスされた。


「んんっーー!!」


必死に暴れるも押さえつけられる。

しかし、やがて、それを受け入れる。


(私が、この人を助けなきゃ……私の好きな人を助けなきゃ……)


「ハルさん……いいですよ……」


(ごめんなさい、お姉ちゃん。今だけ、今だけでいいからお姉ちゃんにならせて。

 この人を助けるために―――)


秋晴と日和は初めて体を交えた。

そしてすべてが終わったとき、二人の意識は途切れ、

気づけば秋晴は大学の入学式、気づけば日和は入学式の会場にいた。


(俺は一体……)

(私は一体……)


秋晴と日和の頭の中に、どこで仕入れたのかわからない記憶があった。


(これだ……これで、かすみが死なない世界を創ればいい!)

(これで……これで、お姉ちゃんが死なない世界が創れる!)



だが、うまくいかなかった。


その世界でもかすみは殺された。


今回は24日ではなく25日にデートをしたそれでも殺された。


次の世界。


家で二日間を過ごした。

でも、26日に殺された。


次の世界。


24日より前に殺された。


それが何度も何度も続いた。


変えられなかった。創れなかった。

かすみのいる世界を。


(俺がいるから、かすみは死ぬのか……)


そんなことを思うときもあった。

だが、秋晴はあきらめなかった。


自分と彼女がいる世界を創ることを。


あきらめないからといって、それが叶うとは限らない。


さらに数十回。これを繰り返した。


かすみを失い、その穴を埋めるように日和を抱く。

これが何度も繰り返された。



私はなぜ彼がそんな目にあう必要があるのかと考えてしまった。

神様が一人の人間を特別扱いしてはならないはずなのに。


でも、どうしても彼を救いたかった。


だから作り出した。

彼の運命を変えてくれる人間を。


だが、間に合わなかった。


彼女が殺される前に生み出せなかった。


時間がかかるのだ。

人間を作り出すのは……。




すまない、秋晴。

お前を助けられなくて。


でも、彼女は絶対にお前の運命を変えてくれる。

私はそう信じてる。



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