それは、ただの独り言
仲春はつぐみを背負ったまま自宅へ帰ってきた。
そのままつぐみの部屋まで上がっていく。
彼女の部屋に入り、ベッドに静かに寝かせた。
「うっ……」
突然睡魔が襲った。
それは無理もないことだった。
南風を助けるために闘い、その後は走ってつぐみのもとへ向かい二度も吹き飛ばされ、
精神的にも肉体的にも疲労がピークを達していた。
結局、仲春は睡魔に勝てなかった。
ぐっすりと眠るつぐみの脇でベッドに頭を置き、床に座り込んで眠ってしまった。
数時間経った。
つぐみが目を覚ます。
「ここは……私の部屋?」
起き上がり、部屋を見渡しそうつぶやいた。
時計は2時を過ぎていた。
「ハル……?」
自分の脇で眠る仲春が目に入った。
「ちゃんと温かくして寝ないと風邪ひくわよ……」
つぐみはベッドから降りて、仲春の体を持ち上げようとした。
「重い……」
彼の体を抱えて、部屋に連れて行こうと思ったがつぐみの力では無理だった。
「ん……」
仲春から声が漏れる。
「あ、起こした……?」
「んんっ……」
仲春がゆっくりと目を開ける。
「あぁ、寝てしまったのか……」
「ごめんねハル、起こしちゃって」
「ん……つぐみか……」
仲春は若干寝ぼけていた。
仲春は立ち上がろうとする。
だが、寝ぼけてるのと肉体の疲労によってふらついてしまう。
「ハル……!」
仲春がつぐみの方へ倒れてくる。
つぐみは彼の体を受け止めようとする。
だが、受け止めるも支えきれずに仲春と共に倒れこんでしまう。
「いたた……ハル、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫……あー、目が覚めた」
「えっと……ハル?」
「どうした?―――あ」
はたから見れば、仲春がつぐみを押し倒したかのようであった。
「……」
仲春はそれに気付くも体をどける気配はなかった。
「どうしたの…ハル……?」
「今日いろんなことがありすぎて疲れてて立てないんだ……」
「だいじょうぶなの……?」
「あぁ、ダメだ。腕がもう限界」
仲春の体が徐々につぐみの方へ降りてくる。
「え……?は、ハル…?」
つぐみは慌てふためく。
このまま仲春の顔が自分のもとへ降りてきたら、キスしてしまう。
それに慌てていた。
「~~~~~~~~~!」
仲春の顔がぎりぎりまで近づいてきたとき、つぐみはグッと目を力強く瞑った。
「……」
自分の体に仲春の体が重なった。
キスされると思った。
だが、唇になんの感触もなかった。
疑問に思いゆっくりと目を開ける。
視界に映ったのは天井だった。
「ハル……」
つぐみのその声には若干の怒りが込められていた。
おちょくられて、不機嫌になったらしい。
「つぐみ、ごめんな……」
耳元で仲春の声が聞こえた。
「ハル……?」
「怖い思いをさせて悪かった。お前を一人にしなかったらあんな目にあわずにすんだのに」
「ど、どうしたのよ急に……」
「聴かないふりをしてくれ。ただの独り言だから、この後言うことも―――」
仲春は腕を伸ばし、最初のかたちに戻った。
「俺は、あの時からつぐみを守ると決めたんだ。だから、いつも一緒にいた。
ほんと、いつからなんだろうな。つぐみのことを『好き』になったのは……」
つぐみはその言葉に驚いた。だが、彼の独り言だから、聞かないふりをしてくれと言ったからなにも言わなかった。
「いや、そんなことはどうでもいいか。とにかく、つぐみのことが好きなんだ。だから守りたい。このままずっと一緒にいたい。
だから失いたくない。つぐみ……好きだ」
「……あーあ、なんか私も独り言を言いたい気分だわ」
つぐみは溢れだしそうになる涙を我慢する。
(そうよ、これは独り言。ハルはいない。ここにいないのよ)
「私、ハルに出会ってよかったな。あの時もらったマフラーはほんとうに温かった。
たぶんあの時から私はハルのことが……『好き』になったんだろうなぁ。
あの優しさは……忘れ…られないよ」
つぐみは照れていた。
そのせいで言葉が詰まってしまった。
「私、ハルと…ずっと、一緒にいたいよ……。私を…守ってほしい―――」
「つぐみ」
「な、なによ!今、私が独り言言ってるのよ。どうして邪魔するの!」
「顏、赤いぞ」
「ッ!―――嘘。見えないでしょ」
「絶対に赤い。照れてるだろつぐみ」
「……いじわるね、ハル」
「……つぐみ、好きだ」
「そ、それを言えば何とかなると思ってるでしょ!」
「つぐみ。もう一度言ってくれ」
「……」
つぐみの口が小さく開き、閉じる。
それが幾度か繰り返された。
「す…好き……」
「しおらしいつぐみは初めてだ」
「……」
押され気味のつぐみはなんとか反撃したかった。
だから、言った。
「じゃあ、ハル。キスしよう」
つぐみは「これでどう?」と思った。
慌てふためく仲春を見れると思った。
だが、事態は思い通りに進まなかった。
「つぐみ、目を瞑ってくれ」
「え?」
「ほら早く……」
仲春が顔を近づける。
「え、ちょ、ちょっとハル!」
「つぐみ……」
どんどん近づく仲春の顔。
止められないと悟ったつぐみはあきらめて目を瞑った。
「つぐみ……力を抜いて」
体に力がはいってる彼女をリラックスさせるように優しい声で言った。
「ん……」
たったそれだけで、つぐみの力は抜けた。
「つぐみ、もう一度言う。好きだ。俺はお前とずっと一緒にいたい」
「うん。私も好き。私もハルとずっと一緒にいたい」
そうして、仲春はキスを待つつぐみの口元に優しく口づけをした。
「しちゃったね」
「そうだな」
二人はそう言って微笑みあい、その後は二人一緒につぐみのベッドで朝を迎えた。




