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去りぬ想い、去りぬ世界。  作者: 猫樹政也
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最後の闘いの約束


そこは港にある倉庫だった。

重たい扉を開く。


「やぁ、来たかい」


男とその隣に女がいた。


「つぐみは……?」

「大丈夫だよ。彼女は少し眠ってもらってるだけ」


二人の背後に積まれたコンテナの上につぐみは横たわっていた。


「なんでつぐみをさらった?」

「雪の『司者』のなずなちゃんはこの闘いを止めたみたいだね。

 でもね、みんなは世界をやり直したいんだよ。

 自分勝手なことはやめてもらいたいんだ。そこで彼女には強制的に参加してもらうんだ」

「なにを……」

「日和、連れてきなさい」


隣にいた日和と呼ばれる女は物陰に行き、一人の女性を連れてきた。


「なずなさん……!?」


彼女の体にはなにやら黒いものがへばりついていた。


「この黒いのは血だよ」


黒くなった血は、彼女の顔、腕、脚、髪、制服に付いていた。


「なにをした!」

「日和の力で、彼女の記憶の一部を消してもらった。姉と仲直りした事実と彼女との交友の記憶を消させてもらったよ」


なずなの目は、死んでいた。

前を見ているようで見ていない。そんな目だった。


「ふざけるなぁ!!!」


仲春は男に襲い掛かった。


だが、男にたどり着くことなく仲春の体は後方へ吹き飛ばされた。


「秋晴さんには触れさせませんよ」


日和がそう言った。


「彼女は引力と斥力を扱えるんだ」

「ぐっ……」


仲春はゆっくりと立ち上がる。


「なずなちゃんの記憶を消したことで、彼女はいとも簡単に彼女を除く全部の雪の『亡霊』を殺したよ」

「くそッ……」

「さて、君は本当に彼女が大切なのかい?」

「あぁ!!」

「なら試させてもらうよ。その気持ちが本当なら彼女に関する記憶を消しても思い出せるだろう?」

「つぐみとの記憶を消す……?」


仲春にとってそれはいまだかつてない恐怖だった。


「外に出るんだ」


恐ろしいことであっても、つぐみを返してもらうためには従うしかなかった。


「はじめなさい」

「はい」


仲春に強い月の光が降りてくる。


「……」

「さて、どうだい?」


仲春の口が動いた。




「つぐみ……」




「!?―――日和!」

「私はちゃんと彼の記憶を消しました!!」

「……ならなぜ」

「俺は覚えていたぞ、つぐみのことを。返してもらうぞつぐみのことを……」

「……だれも返すとは言っていないぞ。試させてもらうと入ったけどな」

「な!?ふざけるな!」


仲春は再び秋晴へ押しかかろうとした。

だが、またもや吹き飛ばされた。


「殺させようか」

「さて、なずなちゃん。最後の『亡霊』を殺すんだ」

「どこにいる……」

「日和、降ろしてくれ」


日和は引力と斥力を同時に使い、つぐみをコンテナの上から降ろす。


「起こしてくれ」

「いいんですか?」

「あぁ。彼に断末魔の叫びを聞かせるんだ。私と同じになってもらう」

「わかりました」

 

日和は斥力で軽い衝撃を与える。

それにより、つぐみがゆっくりと目が開く。


「ここは……」

「つぐみ!逃げろ!!」


仲春が叫ぶ。


「ハル?ここはどこなの?」

「動きを止めろ」


引力と斥力の同時使用で体の動きを止める。


「う……な、なんなのよ一体……」

「さて、殺しなさい」


つぐみがその言葉に驚く。

そして、そこで気づいた見たことのない姿のなずながいることに。


「な……なずなさん?」


なずなが腕を振り上げる。


「さぁ、やりなさい」


「い、いや……やめて……やめてよ!なずなさん!!」


声だけが出るも体が動かない。


「やめろ!!やめてくれ!!頼むから!!つぐみを殺さないでくれ!!」


仲春の頬に涙が伝う。


「いや、だよ……まだ死にたくない……まだハルといたいの……」


そして、つぐみの頬にも涙が伝う。


「さぁ、なずなちゃん」


仲春が叫ぶ。つぐみが静かに泣く。


そして、なずなの手は宙にあるまま。


「どうした?」

「つぐみちゃん……」


つぐみの名を言った。

なずなが。

記憶を消されたはずのなずながつぐみの名を言った。


「どういうことだ……?」

「なんで、覚えているの……?」


二人が驚く。


「……もういい日和」


そう言われ、つぐみの体を押さえつける力が消えた。

その瞬間、つぐみは仲春のもとに駆け付け抱き着いた。


「私の名前は綱代つなしろ秋晴あきはる。彼女は小春こはる日和ひより

 今日はもう帰っていい。だがね、後日最終決戦をしよう。君が勝ったらすべてをあきらめる。

 ただし、君が負けたら君の周りにいる『亡霊』を差し出してもらう。いいね?いや、拒否権はないよ」

「……」


秋晴は仲春の無言を承諾の意と受け取った。


「なずなちゃんの記憶も戻しなさい」

「はい」


その瞬間、糸の切れた操り人形みたいになずなは意識を失い、地面に倒れた。


「日和、帰るよ」


秋晴は日和をつれてこの場を去った。



そして、実質二人だけの空間になった。


いまだに泣きじゃくるつぐみはなだめる。


「おにいちゃん!ぐすっ、ぐすっ……怖かった、怖かったよぉ!」


つぐみにお兄ちゃんと言われる。

いつ以来だろうと仲春は思った。


「ほら、つぐみ大丈夫だから。次は絶対にお前を危ない目にあわせないから」

「ひぐっ……ぐすっ…ほんとう?」

「あぁ」


頭をなでて、自分の胸に抱き寄せる。


「また昔みたいに泣いていいから」

「うん……」


つぐみの涙はその後も流れ続けた。


(そういやいつからお兄ちゃんって言わなくなったっけ?……中学に入ったぐらいか?いや、あの時は家では言ってたもんな。

 あぁ、中学二年ぐらいから……。懐かしいな……)


仲春はつぐみの頭を撫でながらそう思っていた。


「……スゥ…スゥ……」


泣きわめく声が聞こえないと思っていたら、つぐみは仲春の胸の中で安らかに眠っていた。


「おんぶして帰るしか……なずなさんはどうしよ」

「私なら大丈夫だ」

「なずなさん!?」


なずなが起き上がる。


「実は、すでに起きていたけど邪魔してはいけないと思って今まで寝てたんだ」

「あー、ありがとうございます……」

「仲春君……私どうすればいいか……」

「なずなさんも闘いませんか?」

「え?」

「あいつは最終決戦をしようって言ったんです。でも、その時に一対一とは言っていなかったんです。

 だから、闘いませんか?」

「それで、私がこの一日で、今までに殺した人たちのつぐないになると思うのかい?」

「思いません。ですけど、あいつらをぶん殴ってやりたいという気持ちはないんですか?」

「私は女だから、そんな物騒なことは思わない―――と言いたいけれど確かにぶん殴ってやりたい。闘おう、仲春君」

「はい」

「それじゃ、仲春君。つぐみちゃんのアフターケアは任せたよ」

「はい」


なずなは自分の家へ帰っていった。

そして、仲春はつぐみを背負い自分たちの家へ帰っていった。


(なんで、なずなさんもつぐみのことを覚えていたんだろう?)


そんな疑問の答えはあとに探そうと思った。 

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