いつまでも子供
そして、開ける。
自分を弾丸が貫いた感覚がなかった。
だから、目を開けた。
目を開けて感じたことは、まず寒いことだった。
今は冬だから寒いのは当たり前だ。
だが、先ほどよりも寒くなっていた。
そして次に、目の前に氷の壁があったこと。
「なんだ、これは……」
「仲春君!」
後ろから声が聞こえた。
「その声は……なずなさん!?」
後ろを振り向くことはできないから、声で判断することしかできなかった。
「仲春君、どうして君が狙われてるの!?」
なずなは仲春のもとへ近づいて、水の枷を凍らせてこわした。
「ありがとうございます。助かりました」
「で、どういうこと?」
「……やまめさんが狙われてるんです」
「……え?お、お姉ちゃんが……?」
「今、俺に憑依してます。いろいろ言いたいことがあるとおもいますがあの人をどうにかしないと」
目の前の氷の壁が崩れ、二人は男に視線を向ける。
「……」
男はなずなを凝視する。
「君……『司者』だよね。なんで、『亡霊』を庇うんだい?」
「私のお姉ちゃんだから……」
「へぇ、そんなこともあるんだ。でもね、関係ないでしょそんなの。
自分の願いをかなえたくないの?」
「叶えたいけれど、もういいの。自分の力で、この世界で叶えるんです」
「それができないから、『司者』になったんだよ?わかる?」
「それでも……それでも、やるんです」
「そうかい。まぁ、君は殺さないから」
「殺したら、世界をやり直せなくなりますからね」
「ふっ、そうだね」
男は再び、水鉄砲を放つ。
だがそれは空中で氷の粒となり、なずなは氷で覆った手でそれを受け止めた。
「相性が悪いからこの場を去ったらどうですか?」
「そうだね……まだ、力を取り戻しきっていないから氷を水に戻せないからねぇ。
お言葉に甘えてそうさせてもらうよ」
そう言って、男は背を向けて歩いて去っていった。
「倒さなくてよかったんですか?」
「大丈夫。世界をやりなおすには『司者』全員が力を取り戻し、一か所に集まる必要があるの。
私ひとりが放棄すれば必然的に世界のやり直しはできないの」
「―――ところで、どうしてここに?」
「お母さんに買い物を頼まれて外に出てこの道を歩いていたら、仲春君が殺されかけてるの見たってわけ」
「そうですか。ほんとうに助かりました」
「気にしなくていいわよ。―――お姉ちゃん、いるんでしょ?でてきてくれないかな?」
仲春の方を見ていった。
仲春は自分に憑依しているやまめの返事を待っていた。
だが、彼女はなにも言わずに彼の隣に現れた。
「今さら、なにを話すというの?私たちの関係はもう修復不可能だと思わないの?」
「思わない。絶対に仲直りするんだもの」
「このわからず屋」
そう言って、やまめはなずなに背を向けて歩き出した。
「お姉ちゃん最近ちゃんと寝てる?」
唐突に、やまめの身を案じた。
「なによ、急に……」
その場に立ち止り、振り返って答えた。
その様子は、焦りに満ちていた。
まるで図星かのように。
「目の下にクマがあるじゃない。寝不足なの?」
確かに、目の下にクマがあった。
仲春ははじめから気づいていたが口には出さなかった。
「3日前からありますよね」
仲春が3日前の彼女の様子を思い出した。
髪を丁寧に手入れしているようには思えない状態、目の下にはクマ、覇気のない声。
「体調がすぐれないんですか?」
「そりゃ……ね……」
やまめは目を伏せる。
「あれ以来、寝れてないのよ。私が本当にあんたを殺しちゃう夢、そればっかり見るの。
それがとてもとても気持ち悪くて眠れないのよ。私ね、あんたのことは嫌いだけど、死んで欲しいとは思っていないの。
あのときは、あんたが敵側にいるってわかって、それが倒さなきゃって思う気持ちとあんたが憎いっていう気持ちが重なって
『殺意』が生まれたんだと思う。それだけはわかってちょうだい」
「うん……」
「なんで、妹のことをこんなにも憎まなきゃいけないのかしら……
頭おかしいわ、私。それに私は大人よ。いつまで子どもみたいな嫉妬してんのかしら。
ばっかみたい。素直に妹のことを褒められないのかしら。ダメなお姉ちゃんね……」
そんな独り言を呟いた後、ため息を吐いた。
「なずな、もう暗くなるから先に帰りなさい」
「え……」
「ほら、とっとと帰る!」
「あ、う、うん」
なずなはやまめに強制的に家へ戻された。
「やまめさん?」
「目が覚めたというか、なんというか。あそこまでやってわかったわ。人をあそこまで憎むなんて馬鹿みたいって。
ましてや、妹をね」
「いったいどういうことですか?」
「なにが?」
「いや、なんか仲直りしたように見えたんで」
やまめは妹のことをやっと『なずな』と呼んだ。
仲春は、名前で呼ぶところを初めて聞いたのだ。
「仲直りをしたつもりはないわ。ただ、あの子のことを憎むのはもうやめようと思っただけよ。
いつまでも憎んでたら、私の体が持たないわ」
「そうですか…。本当の仲直りはするんですか?」
「いつかね。今のところは一時休戦みたいなものかしら」
「別に争ってなかったでしょう」
「言葉のあやよ。ま、とにかく、もうあなたたちは私たちのことを気に掛けることをやめていいわ」
「そうさせてもらいます。―――ほんと、大変だったんですから。もうこんなことはやめてくださいね」
「りょうかいよー」
そう言って、やまめはなずなのあとを追うように『実家』へ帰った。
「さて、俺も帰るか」
仲春も自宅へ帰った。
「ただいまー」
リビングからつぐみがやってくる。
「……」
「どうしたんだ?」
「なんで、手ぶらなの?」
「え?―――あっ!!」
そう、仲春はお使いを頼まれていたことを忘れていたのだ。
「い、今から行ってくる!」
脱いだ靴を慌ててもう一度履いた。
「もう……一体なにしてたのよ……」
その様子をつぐみは呆れて見ていた。
「あ、つぐみ」
ドアを開いてから、思い出したかのようにつぐみを呼んだ。
「なによ……」
「あの二人のことはもう大丈夫」
「あの二人……?―――あ、あの二人ね。で、どういうこと?」
「俺もよくわからないが、やまめさんはなずなさんを憎むことを止めたみたいだよ」
「そう……それって仲直りしたの?」
「やまめさん曰く、仲直りじゃないって言ってたけど、もう気にしなくていいってさ―――行ってきます」
「いってらっしゃい」
仲春を見送り、閉じた玄関に背を向けた。
「そう、終わったのね。―――よかった」
つぐみは祝福するかのように笑顔を浮かべていた。




