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去りぬ想い、去りぬ世界。  作者: 猫樹政也
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始まり

「おーい、仲春。これから、どっかに行こうぜ」


彼は三伏南風みなみ


「どっかって、どこだよ……。というか、今日は買い出しだから無理だ」


そして、彼は『この世界』を知ることになる少年、佐保姫さほひめ仲春なかはる


「そっかー。それじゃ、仕方ねぇな」

「あぁ、また今度な」

「おう」


仲春は鞄を持ち、教室から出ようとドアに手をかけようとするその前にドアが開いた。

目の前には仲春より少し背の低い女子生徒がいた。


「おう、つぐみか」


彼女の名前は佐保姫つぐみ。一応、仲春の義妹である。

妹と言っても同じ学年である。


「ハル、遅い!終わったらすぐって言ったじゃない!」

「いや、ちょっと、南風と話してて……」


つぐみの言葉に若干気圧された仲春。


「相変わらず妹に弱いな、仲春は」

「うるさいぞ、南風」

「だ、誰が妹よ!」

「いや、戸籍上は妹じゃん。誕生日はお前の方が遅いし」

「あれは本物の誕生日じゃないし!ほんとはハルより早いはずだし!」

「ったく……」


仲春は呆れたように、頭を掻いた。


「まぁまぁ、妹でもいいじゃん。気兼ねなく仲春に甘えれるんだし、いいことずくめじゃないか。

 つぐみちゃんにとっては」

「あまっ!?そ、そんなことしないわよ!!」


つぐみの顔は赤かった。南風にそういわれたのが恥ずかしかったのだろう。


「あーもう、つぐみ、早く行くぞ」


仲春はつぐみを置いて先に歩き出す。


「あっ、待ちなさいよ!」


そのあとをつぐみが追いかけ、仲春の隣に並ぶ。

それを南風は後ろから見守っていた。


(相変わらず、仲のいい二人だ……)


―――

――


「父さん、来週に一旦帰ってくるって」

「そうなの?」


スーパーから出てきた二人。

彼らの父は仕事の関係で家を空けることが多い。

そして、母は仲春を産むと同時に命を亡くした。


だから、彼らは家では二人きりになることが多い。

それゆえ、こうして二人で買い出しに行き、毎日二人で家事をこなしている。


「さっき、携帯に電話がかかってきてな。でも、二日ぐらしか家にいれないだってさ」

「ずっと帰ってこないよりかはマシでしょ?」

「そうだな」

「それに、私たちを育てるためには家を空けるのは仕方ないことだしね……」


つぐみは口を閉じ、少しの沈黙の後口を開いた。


「……私がいなければもっと楽できたのかもしれないね」


それは小さな声だった。

心の内が漏れてしまったような声だった。


「つぐみ、怒るぞ」


そんな小さな声でも仲春はちゃんと聞き取っていた。

つぐみを見ることなくそう口にしていた。


「ごめん……」


口にするつもりはなかった。

でも、彼女は言ってしまった。

仲春が一番嫌う言葉を。


中学に上がったころだっただろうか。

つぐみがこのようなことを言い始めたのは。


初めて言ってしまった時、仲春にもの凄く怒られた。

彼があれ程怒ったのは、それより以前にも、その後にも一度もなかった。


「本当につぐみは、心の内を隠すのが下手だな。いつも、心の内を言ってる」

「そんなこと、ない……」


(そんなことないの。私はまだ、あなたに隠していることがあるの。ずっと、ずっと隠してきたこと)


つぐみは昔のことを思い返す。

初めて彼に出会った、あの日のことを。


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