19話
『レーヌ 二度目の声記念日』にならなかった日の翌日おじいちゃんは
「レーヌぅぅ、また来るからなぁぁ!絶対来るからなぁぁ!待っていてくれよぉぉぉ!」
と叫びながらレオナール、アルフレッド君とともに町へ戻っていく…、と思いきや一歩一歩が非常に遅く、そして短い。牛歩戦術である。おじいちゃんは今にも血の涙を出しそうなすごい形相で手を振りながら、もはや足踏みとしか見えない行為で少しずつ進んでいる?いや、進んでいるのか?わからん。むしろ戻っている気もするが…。
「きゃっきゃっ」
そんなおじいちゃんの不思議な踊りを見て不意に笑ってしまった。
(まずったなぁ…。)
笑ったのはほんの一瞬、しかしその一瞬が俺以外の3人の姿を大きく変えてしまった。後悔してもしきれない。俺があんな軽率なことをしなければ………。
まず、俺の笑いを見たおじいちゃんは、
「ぐふっ、なんという破壊力…、だがその微笑みを見るために俺は死ぬことをもいとわない。」
などと無駄にかっこいいセリフを吐き、顔はさっきとは打って変わっていい笑顔になり、しかし、足をふみふみ、片手をふりふりである。
次に、レオナール。はじめ苦笑いでおじいちゃんの不思議な踊りを見ていた。そろそろやめさせようとおじいちゃんの方へ歩き出していたのだが、俺の笑い声を聴き、目を見開いて
「レーヌちゃんの笑顔?!」
と俺の方を見る。しかし、俺はすでに笑うのをやめ、無表情、内心呆れ半分後悔半分である。恥ずかしさなんて微塵もない。そう、微塵もない。
「くそっ、見逃した!お義父さんに後れを取るとは…。レーヌ、もう一度見せておくれー。」
とレオナールはおじいちゃんの隣へ行き、同じように足をふみふみ、片手をふりふりである。しかし顔だけはいい笑顔ではなく、非常に悔しそうな顔である。
最後にローヌ、俺の笑い声を聴いて、
「レーヌたんが笑った~!」
と下を見る、が俺はもちろん既に無表情。
「レーヌちゃんの笑顔を見逃すなんて…。もうおしまいだわ…。何としてでも見なければ…。」
非常に深刻そうに、そして今にも泣きだしそうな震えた声でそういうと、俺を地面に置き、座らせ、おじいちゃんの隣に急いでいき、足をふみふみ、片手をふりふりである。顔は今にも泣きだしそうで、哀願している顔である。目をうるうるさせて結構可愛かった。自分の母親ながらあざとい…。まぁ、本人は必死なんだろうが…。
しかし、3人には悪いが俺は既に呆れてしまっている。笑えない。別に恥ずかしくはない。
しばらく3人で足をふみふみ、片手をふりふりしていた。顔以外は完全にシンクロしており、軍人さんもびっくりである。
「どうして笑ってくれないんだ?」
「見ている位置が違うからとか~?」
「なるほどな。そういうことならちょっと待ってろ。あ、手伝ってください、お義父さん。」
「何かわからんがわかった。レーヌの笑顔のためなら俺はなんだってしよう!」
何やら相談をしたかと思うとお父様とおじいちゃんは家のある方へ走って行った。
しばらくして戻ってきた二人は俺のベッドを運んできた。その間、ローヌは一生懸命足をふみふみ、片手をふりふりである。その顔は先ほどの泣きそうな顔から一転、真剣そのものである。任されたからには絶対にここを死守してみせると言わんばかりだ。………理由が理由だけに実にくだらない。
お父様が一旦俺をどけて、俺のいた場所にとベッドを設置していく。ベッドの高さはローヌの腰よりちょっと上、確かに俺が笑った時はそのあたりでローヌに抱えられていた。
ベッドの設置を終え、グラつき等の問題がないか十分確認したところでおじいちゃんが俺をベッドと上に座らせる。そして、ベッドを取りに行く前と同じ場所に戻り、3人そろって足をふみふみ、片手をふりふりである。今度は顔も3人そろっている。真剣でいて、何か期待しているような、しかし不安がにじみ出ている、そんな顔である。
だがしかし、俺は笑わない。ここまでやられたらもう笑わないと決めた。3対1の根気勝負である。もう恥ずかしいとか言ってられない。この勝負受けてたとう。俺もそろそろおかしくなってきたらしい。
しばらく勝負は続き、そろそろお昼の時間となった。今日の出発はおじいちゃんに合わせて朝食の後だったからな。出発からだいたい3時間くらいだろうか、太陽の位置からも大体そんな時間だと分かる。
「……そろそろお昼にしましょうか~。レーヌちゃんもお腹がすいてきたと思うし~。」
「………あぁ、そうだな。」
「…まぁ、仕方ないな。」
ローヌの発言でお父様とおじいちゃんがしぶしぶ頷いた。ただ、一度笑顔を見ているおじいちゃんよりもお父様の方が悔しそうである。まぁ、それはそうだろう。だが、勝負は勝負だ。どうやらこの勝負俺の勝ちらしい。
ローヌが俺を抱き、お父様とおじいちゃんでベッドを運んで家に帰った。
家に帰り、勝負に勝ったことから俺は、上機嫌で離乳食を食べる。3人はというと、勝負に負けたのが悔しかったのか、ご飯をものすごいスピードで食べている。落ち込んで何も食べないよりはましなので何よりである。
昼食を食べ終わり、お昼寝するかぁ、と考えているとローヌに抱かれて家の外へ……。
朝いた場所に戻ってきた。お父様とおじいちゃんの手によって既に会場の準備は整えられている。まさかの第2ラウンド開幕である。
油断した…。まさかこいつらの決意がこれほどまでだったとは…。いいだろう。その勝負受けてやろうじゃないか。第2ラウンドも勝つのは俺だ!
「レーヌちゃんが笑わないのは位置が悪いだけじゃないと思うの~。」
「ん?どういうことだ?」
「つまり~、表情が問題なのよ~。」
「そうか、あの表情か。お義父さんお願いします。」
「よし、わかった。…こうだな。」
「なんか違う~。こうよ~。」
「それも違うぞ。確かこうだ。」
「ん~、微妙よね~。」
「ならこれはどうだ?」
首だけを動かして表情の再現を話し合っている。なかなかうまく決まらないようで何度も試行錯誤を繰り返している。
どうやら寝てしまっていたようだ。いつもなら昼寝をしている時間だし、仕方ないだろう。まぁ、しかし、これでは根気勝負とは言えないな。第2ラウンドは引き分けでいいぜ。まぁ、1勝1引き分けで俺の勝ちだがな。と考え、まぶたを開けて唖然である。
3人ともまだ、足をふみふみ、片手をふりふりである。しかも今度の表情は今にも血の涙を出しそうなすごい形相で、再現率も相当なものだ。
太陽はすでに沈みかけており、夕方である。このままだと明日の朝も同じことをやりかねない。第3ラウンド突入である。そんなことをすれば家計が抱懐する。ゲーユ兄弟がいるが羊はレオナールの仕事だし、ゲーユ兄弟も雇っているような状態だ。しかも学費をためなければならないとか言っていたからそんなに余裕もないはずである。
(仕方ない。ここは折れるか。お前らには負けたよ…。)
俺は笑顔を見せてやることにした。しかし、中途半端な笑顔を見せると逆に恥ずかしいし、もっといい笑顔をー、とか言ってまた明日も同じことをやりかねない。飛び切りいい笑顔を見せてやることにした。
じゃあいくぞ。
さん。
にい。
いち。
ニコッ
「「「ぐはぁっ」」」
3人そろって後ろへ倒れこんだ…。3人とも倒れたままびくともしない。
え?、マジで?…どうしよう。やりすぎたか?でも、笑顔で倒れるってなんなの?そんなことってあるの?初めて見たよ…。
日が暮れて3人が起きだすまでオロオロし続ける俺だった。
もちろんこの日は『レーヌ 初めての笑顔記念日』となった。ホント、記念日大好きだな、この夫婦。
この『レーヌ 初めての笑顔記念日』設立に一番の被害を受けたのはアルフレッド君だろう。朝から晩まで荷車に繋がれたまま待たされていたのだから。大人しく待っていたアルフレッド君は偉いと思う。俺なら絶対に暴れていた。




