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ぼくらがうめた「大切なもの」

作者: 赤柴紫織子


 甘い思い出はセピア。

 罪の記憶はモノクロ。



 ぼくたちはその日、「大切なもの」をうめた。

 場所はざっそうがいっぱい生えている空き地で、ぼくらの遊び場所でもある。

 その時いっしょにいたのは同じクラスのけんと、しゅうへい、まさる、マイ、めぐみ、そしてぼくだ。


 その「大切なもの」をうめないといけないとなったとき、ぼくたちは大いそぎで家からスコップをもってきた。大きいシャベルをもってきたのはけんとだ。広いにわをもっているからよく使うんだそうだ。

 ぼくたちはぐるりと円になって、一生けん命に、あなをほった。

 マイはようふくが よごれるとブーブーもんくを言っていたけど、知らんぷりをしておいた。ぎゃくにめぐみは男子にまじって外でよくあそんでいるからか、ドロだらけになってもなんにも言わなかった。


 ぼくの足がぜんぶ入るぐらいまでになると、もうすわって土をほるのがむずかしくなってきた。

 だから、みんなでおなかを下にして横になってほりつづけた。マイはやらなかった。

 ときおり石ころがスコップに当たってすごくほりにくい。まだ さむいじきだったけど あせびっしょりになった。だけど手はつめたくなっていて動かしにくい。

 そうやってほっていくと、もう地めんにねころんでもとどかなくなってしまった。

 気がつくとまわりには大きな土の山ができていた。こんなにほったんだって しばらくみんなで見ていた。


 ちょっと休けいをしたあと、しゅうへいがあなの中に入ってほると言ったので めぐみはバケツをもってきた。

 その中に土を入れて、引っぱり出すという作せんだ。

 それからはけっこう早く出来た。しゅうへいが小さくて、まさるが力持ちだったからだ。テキパキとあなが深くなっていく。

 ぼくらの中でいちばん背の高いけんとが すっぽりはいるぐらいまでほることができた。

「このぐらいでいいかもね」マイが言った。自分がほったわけじゃないのになんだかエラそうだ。

 だけどたしかにこれいじょうは深くなくてもいいと思うし、なによりクタクタにつかれて動けなくなるのはいけない。

 まだまだ、「大切なもの」をこのあなに入れて、うめなくてはいけないのだ。今日中におわらせないといけないことだというのは、みんなわかっていた。

 「大切なもの」にかぶせていた布をとって、けんととまさるとぼくで あなのほうに引きずっていく。それから、できるだけゆっくりとあなの中におとす。

 もうちょっとほっておいたほうがよかった気もしたけど、たぶんばれないと思う。あんまりここに近よる人はいないし、冬だからくさくならないはずだ。


「うめよう」

「うめよう」

 しゅうへいが土の山をけっ飛ばした。あんまりあなには入らなかったどころか、女子たちに土がかかってしまったのでおこられていた。

 ぼくたちはもくもくとあなに土をおとしていく。「大切なもの」がどんどんと うもれていく。さようなら、さようなら。小さく言いながらせっせとうめていく。

 見つかってはいけない大切なもの。それがぼくらの前からきえていくということに、ほっとした気もちがあった。

うめるのは、ほるよりも早くおわった。

みんなでしあげとして あながあったところをふみつけて平らにしていく。足ぶみをしてみたり強くふんでみたり。

草が生えているところに比べるとやっぱりなんだかおかしいけど、わざわざたしかめる人もいないと思う。ここはいつも子どもぐらいしか遊んでないから大人はめったにこないだろうし。


 あたりはもうまっくらだった。帰宅チャイムも気がつかないうちに なっていたのだろう。

 おひるすぎからコソコソやっていて、こんな空の色だからずいぶん長く地面をほっていたみたいだ。

 こんな時間じゃお母さんにおこられるかもしれない。

 ほかのみんなもおこられるだろう。お母さんは夜おしごとをしにいくというめぐみはどうってことないみたいだけど、ほかのみんなはちょっと家にかえるのがいやそうだった。

 だけど、「大切なもの」が見つかればもっともっとおこられるだろうから、これはしかたがないってやつだ。

「あ」空き地の出口を見ていたマイが小さな声で言った。

「どうしたの」

 めぐみが聞くとマイはふあんそうにきょろきょろとまわりを見る。

「だれか、いた」

「だれかに見られていたのか? どんなやつだ?」けんとの顔がこわくなる。

「分かんない」

 マイが なき出しそうなかおでぼくを見る。そんなかおされても、こまってしまう。

 こまっているのは、ぼくだけでなくみんなもいっしょだ。


 見られていてはいけないのだ。

 ぼくたちのひみつは今ここにうめた。だれにもじゃまをされてはいけない。


「……今日は、かえろう。だいじょうぶだよ。バレないようにがんばってほったじゃん」

 ぼくはこの暗い空気があまりすきじゃないのであわてて話をかえる。

 みんなでのそのそと空き地から出ていく。

 いやなよかんがする、とまさるはぼそりと言った。

 いやなよかんというものは大体当たるものだと、お父さんが言っていたのを思い出した。



 「大切なもの」をうめてから一週間後のことだ。

 学校がおわって、いつもみたいにけんと、しゅうへい、まさる、マイ、めぐみ、ぼくの五人でかえっていた。

 もしかしたらあなの大きさがたりなくて見つかるかもしれないとドキドキしていたけど、心ぱいのしすぎだったようだ。

 あの日からちょっとおしゃべりをすることが少なくなっためぐみが気になったけど、けんとは 時間がたくさんたてばだいじょうぶだと言っていた。けんとは頭がいいので、きっとそのとおりになるだろう。


「ねえ、なにあれ」

 マイがいちばんさいしょにその人に気がついた。マイはなまいきだけど、すごくまわりのけしきにびんかんだ。

 指をさすほうを見ると、これからわたるはしの むこうがわで、男の人がぼくたちをじっと見ていた。ようふくはボロボロでくつはあなだらけだ。

 はしの下にはホームレスがすみついていて、あぶないからそこであそんではいけないとよくお母さんに言われていた。

 もしかしたら、そのホームレスかもしれない。

 けんとは「目を合わせないで、そのまま行こう」とていあんしたのでそうすることにした。めぐみはぼうはんブザーをもっていたので、いつでも音を出せるようにしていた。

 みんなでちょっとだけ下を見ながら、男の人の横をとおる。やいていない食パンみたいな、はなにツンとくるにおいがしてぼくはいやな気分になった。


「知ってるぞ」

 半分とおりすぎたところで、男の人は言った。

「うめたところ、見たぞ」

 ぞっとした。あたまからつめたい水をかけられたようだった。

 しんぞうがバクバクとうごきだす。

 ほかのみんなも、あっというまにかおが青くなっていく。一気にぐあいがわるくなったみたいだった。

 けんとは、なにも言わずに首をふった。はんのうするなってことだろう。ぼくもわざわざ かかわりたいわけでもない。

 しゅうへいはもうちょっとでどなりそうだったけど、まさるがおさえた。

 マイとめぐみは体をよせていた。男の人になんかされたら一ばんこまりそうなので、ふたりを男の人から一ばん遠いところにあるかせた。


 そうやって、ぼくたちは男の人をむししていく。うしろからなにかされたらどうしようと、ビクビクとしていた。

 すこしはなれて、ほっとしかけたときだ。


「おい、いいのか!」

むしをされて、男の人はびっくりしたみたいだった。こえがかんだかい。

「言うぞ! 何をうめたのか、おまえらの学校に! 親に!」

 男の人の大きい声がぼくらを立ち止まらせる。まわりに人がいなくて本当によかったと思う。

 ふりむくと、男の人はニタニタとわらっていた。きもちがわるいとおもった。


 ――言われては、いけない。

 ――バレてしまったら、ぼくらはもう学校にはいけなくなる。


 そのぐらい「大切なもの」だったのだ。


「あの人だ」

 マイがなきそうになりながら小声でぼくらに言う。

「あの人が見てた。あのふくだったし、ひげもボーボーにはえていたもん」

 かおが赤くなっているマイいがい、みんなはまっしろな顔になっていた。

「けんと、どうする」まさるが小さい声になった。「あのおっさん、でまかせじゃないみたいだ」

 けんとばっかりたよるのもどうかと思う。しゅうへいは「だからオレはいやだっていったんだ」といまさらいいわけをしていてバカだなって思う。もういろいろおそい。

「はなしをきいてみよう」

 ぼくが言うと、けんとはむずかしそうなかおをした。


「はなしをきいてどうするんだ? だまってくれるとはおもえないぞ」

「だまってもらえばいいんだ」

 だまってもらうほうほうをヒソヒソと言う。それをきいていっしゅん、みんなはむごんになる。だけどそれしかほうほうはない。

「はなしやくは、けんと、たのんだぞ」

 しゅうへいが言う。やけくそってかんじだった。

「わかった」

 みんなでけんとのうしろについていく。女子は男の人があばれたらこわいのでいちばんうしろにならばせることにした。

 ぼくは男の人をにらみつける。それから、あたりをみまわしてだれもいないことをかくにんする。

 まわりは田んぼだらけだ。犬のさんぽをする人もまだいない。だいじょうぶだ、きっとうまくいく。


「そのこと、だまっていて、くれないですか?」

 ちょっとつっかかりながら、けんとはていねいな言葉をつかった。

 男の人は小さいぼくたちを見てケタケタわらう。ひらかれた口から黄色くなった はが見えた。

「ただでだまるわけにはいかねぇな。そういうときはわいろがひつようだろ?」

「わいろ?」

「金だよ、金。おまえら、お年玉とかおこづかいとかもらってんだろ? おれのくちをかためるためには、それ そうおうのたいかがひつようってわけだよ」

 なにをいっているのか半分ぐらいりかいできなかった。だけど、お金をぼくたちからとろうとしているのは分かった。

 けんとがぼくとしゅうへいとまさるに、しせんをおくる。やるしかない。

「あとはそうだな、そこのおじょうちゃんとあそんだりもしたいな」

 男の人はマイとめぐみを見てさらにニヤニヤしはじめた。

 あそぶ、っていういみがよく分からないけどあまりいいことじゃなさそうだ。

 いやなきぶんだ。

 こんなやつは、いなくなったほうがいい。

 ひみつをまもるために、なかまをまもるために。

「いくぞ!」

 もういちどまわりをかくにんして、人がいないことをかくにんし直してぼくはさけぶ。

「うおおおぉぉおお!」

 力のつよいまさるが、男の人をはしのてすりにつきとばした。といっても、ちょっとよろめいたぐらいだったけども。

 それから男子二人ずつで男の人の足にしがみつく。

「おちろー!」

 めぐみとマイがてすりのむこうに、男の人の体の上のぶぶんをおしだす。ぼくたちも力いっぱい足をもちあげた。

 そんなにてすりが高くなくてよかった。

 男の人は空気の中をおよぐように手足をばたばたさせながら川にあたまからおちた。みんなでのぞきこんでみても、うごくことはなかった。

「やったぁ!」

「たおした!」

「あくはしゅくせいされたな」

 みんなですきなことを言って、大きくいきをはいた。

 すごくつかれてしまったけど ひみつをまもれたことにあんしんした。

「これで、もう見た人はいないかな?」

「いないと思う。あとは、みんなこれをひみつにしよう」

 あたりまえだ。「大切なもの」と同じぐらい大切なことがふえてしまった。

 けんとが右手の小指を出した。

「ゆびきりげんまんだ」

 五人で小指をつなぐのはむずかしかった。

 だけどがんばってむすんで、みんなでうたう。

「ずっとひみつ、やくそく!」

「ゆーびきーりげーんまーんうそついたーらはりせんぼんのーばす、ゆび切った!」

 明日も、いつもどおりの一日をすごすために。

 ぼくたちはやくそくをしなおした。



 橋の欄干から半ば身を乗り出して僕は眼下に流れる川を眺めていた。

 数年ぶりに帰ってきた故郷は、街の色こそ少し変わった気はするが空気は小さいころのままだ。東京もいいがこっちもこっちでほっとする。

 ……この川で起きたことを除けば。


 緩やかな水の流れは青空を映して美しい。堤防に植えられた桜は満開シーズンになると祭りが開かれ観光客で賑わうという。

 憶測な物言いなのは、あれ以来よほどの用がなければこの川は避けて生きてきたからだ。わざわざ小学校で決められたルートを破って遠回りするぐらいには。

 あの日、確か小学校二年か三年ぐらいの時に落とした男性は事故かなんかで片づけられていたはずだ。普段から奇抜な行為が目立っていたし、身寄りはないのに恨みは多かったそうで、事故として片づけるのが一番手っ取り早かったのだろう。

 かわいそうなことをした。

 だけど、死んでもらわなければいけなかった。

 

 あまり良い思い出を持っていないのにふらりとここに寄ってしまったのは何故なのか。里帰りして気分が浮ついているからか。

 考えながらぼんやりと川底を眺めているとふと視界の端が気になった。

 顔を上げると女性がこちらに向かって歩いてきている。髪の毛は茶髪で、見た感じ大学生。あれは…。

「――恵美めぐみ!」

 僕が呼びかけると、女性は驚いたように顔を上げ、こちらへ走ってきた。

「祐司! 久しぶりじゃない、何年振りよ」

 あの時弱虫だった恵美はすっかり女の体をしていた。いや、それはあったばかりの人間に失礼か。

まさるの葬式以来じゃないかな。あれから三年か」

 優は十九でバイク事故で死んだ。

 高校ではあんなにボクシング部で活躍していたのに、死というものはあっけない。

「マイも海外行っちゃったし、健人は医学部、修平は――どこでなにをしているのやら。みんなバラバラになっちゃったわね」

 少しだけ恵美は寂しそうな顔をする。彼女は仲間意識が高いのだ。

 修平は引きこもっているという話をどこかで聞いたが、話さないほうが良いだろう。大学受験で失敗してしまったらしい。

「まあ、また会おうよ。高校までみんな一緒だったんだからさ。優の話でもしてやれば浮かばれるだろう、あいつも」

「そうだね」

 恵美は頷いて、ちらりと川のほうに視線を向ける。

 その仕草が可愛くて、少し心臓が跳ねた。いやでもこいつ彼氏いるって話だし。

「それで、どうしたの? こんなところで」

「ちょっとここで思い出したことがあってさ…」

「ここで?」

 きょとんとした顔で恵美は言う。

「なんかあったっけ?」

「ほら小学生の時に、事件あったじゃん。ホームレスが落ちたって」

「ああー、思い出した。あれ結局事故じゃなかったっけ。あなた記憶力いいわね」

「……え?記憶力云々のじゃなくて」

 あれ、と思った。

 確かにあれは事故として処理されたけども。

 真相はそうではない。

僕たちが殺したじゃないか。

 みんなでホームレスを川に叩き落としたのに。

 もしかして根本的なことを忘れているのではないだろうか。

 ———ひみつ。そうだ、ひみつだ。

 きっと自分にも内緒にしすぎていつのまにか、本当に忘れてしまったのだろう。


 これじゃあきっと、「大切なもの」を埋めたことも忘れているな。

 覚えているかもしれないけどそれと同時に川でのことが蘇るのも可哀想だから聞かないで置いた。

 あ、でも、少し気になることがある。今からあそこに向かうのは少々億劫だ。

「ねえ恵美、昔よく遊んでた空き地ってどうなったっけ」

「ああ、まだ空き地のままみたい。あれって誰の持ち物なんだろうね?」

「国じゃないかな。それか、県とか」

 そうか、まだあれはあそこに埋もれたままなのか。

 と、昔から――このことをふと思い出した中学生あたりから、誰にも言えないモヤついた気持ちを久方ぶりに感じた。


 いまだに思い出せないことがある。

 あの日、あの時、あのメンバーで。

 帰宅チャイムも無視し、服が泥まみれになることも厭わずに『大切なもの』を深く埋めた。

 それを目撃したホームレスを殺してまで守ったものの正体を。

 どう思い出そうとしてみてもどこか遠い霞のようで、霧のようで――。







 僕たちはいったい何を埋めたのだろうか?







思い出せない記憶はありますか?

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