第一話 居合と後輩と黒い穴
斬る
刀を振るう
敵は三人
まず、前の敵を威圧し、右から来た敵を斬り、すぐに左から来た敵を倒し、最後に前の敵を間髪いれずに斬り伏せる
まだ息が残っている者がいないか警戒しながら、俺は血振りをし、ゆっくりと納刀する
「流石センパイ、お見事です」
姿勢を正した俺に後ろから声がかけられる
「榊、道場で無駄口をたたくな」
俺はため息をはきながら後ろに振り向き、声をかけてきた女、後輩である榊千尋に注意の言葉をはく
「いいじゃないですか、どうせここには私とセンパイの二人しかいないんですから」
「そういう問題じゃない」
「センパイは頭が固いですねー」
榊は悪びれた様子もなく、にっこりと笑みを浮かべる
「それにしてもセンパイの技はすごいですね、仮想敵が私にも見える気がしましたよ」
話を変えたことは疑いようもないが、居合に対する発言であったので答えることにする
「お前も稽古に励めばできるようになるさ」
俺がさっき斬った場所にはだれもいない
ここは、居合道道場
俺たちは居合道部員であり、ここで行っていたのは居合道だ
居合道とは古武道である抜刀術を現代武道化したものである
居合というと、藁を斬るイメージすることが多いようだが、そのようなことをするような場合はほとんどなく、剣道のようにだれかと直接斬りあって戦うこともない
居合道は仮想敵、つまり見えない敵を斬る武道だ
仮想敵は自分がつくりだす敵であり、ある意味自分自身との戦いといってもいいかもしれない
しかし、流石にそれのみだとスポーツとして成り立たないので、連盟や流派によって決められた規定技があり、試合ではそれらの技を抜きあう
先ほど俺が抜いていたのも制定居合の7本目三方切りである
ちなみに、俺たちのような学生で居合をやっている人間で真剣を使って居合をしている人ほぼいない
ほとんどの人間が居合刀、ようするに模擬刀で居合をしている
「稽古に励むっていったって来年にはなくなってしまう部活なのに」
「榊!」
榊の発言に思わず声を荒げる
「だってそうじゃないですか、部員数全5名その内3年生が4人で、幽霊部員が3人。まともに試合をしたことはなく、センパイお独りでは大会で勝たれることもありますが、それは高校の部活としての勝利ではありませんし」
「それは…」
何も言い返すことができず、口ごもる俺に榊は笑みを崩さず告げる
「まぁ、別にいいですけど」
「は?」
「思ったより居合は楽しいですけど、元々居合目当てでこの部活に入ったわけじゃないですから」
「居合目当てじゃなかったら、何目当てなんだ」
「えー、センパイったら乙女の口から言わしちゃうんですかー?」
居合目当てではなく、女の口から言いにくいこと…
「…刀か!」
「相変わらずセンパイって鈍感ですね!」
「なんで、」
俺が鈍感なんだ、そう続けようとした言葉は消える
「地震!?」
大きく地面が揺れる、足元が崩れるようなそんな揺れ
榊が真っ青な顔をしながらこちらに手を伸ばしている
なんて顔をしているお前らしくない、そう軽口を言って落ち着かしてやりたいのにやけに体が重い
そんな榊を見ながら、俺は意識を失った
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………!……イ!……パイ!
声が聞こえる…だんだん大きくなって…
「センパイ!!さっさと起きてください!」
「さ、榊?」
目を覚ましたら怒った顔をした榊、いやこれは違うか
「心配させたんだな、悪い」
「は!?違いますよ!」
「それで、ここは?」
周りを見渡すと木、木、木、草
森だ
学校の道場にいたはずの俺たちが何故森にいるのか
「…わかりません」
榊の言い分はこうだ
道場で軽口を言い合っていたあの時、揺れと共に俺の足元に大きな黒い穴ができ、俺がそこに引きずり込まれそうになった
榊はとっさにそんな俺を引っ張ろうとして、一緒に落ちた、と
「お前は馬鹿か!!」
「なっなんでですか!」
「どうして俺のことをほっといて逃げなかったんだ!」
「そんなことできるわけないじゃないですか!」
「なんでだ!」
「だって私は!」
「なんだ!」
「私は!私は、」
榊の目が潤む
「センパイの馬鹿ぁ!」
榊が立ち上がって走り出す
「おい!?ちょっと待て!!」
何故わけがわからない場所ではぐれるような真似をする!?