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賢者ユーグス  作者: natsu
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泉の周りに描いた防御結界を発動させ、深く深呼吸する。

「ところでユーグス、泉はがちがちに凍っているけど、どうやってスノードラゴンと対面するの?」今さらながらアルフレッドは質問した。

「うむ。それはずっと考えておったのだがな。いくつか案は浮かんだのだがどうも現実的ではなくてな。結局、シンプルなやり方にすることにしたのだ。」

「シンプル?ふーん?どんな。」

「うむ。この氷はどうやら想像以上に分厚い。ちょっとの振動ではドラゴンには届かん。私が先ほどあんなに怒鳴っていてもちっとも反応がなかった。」

「あ、確かにそうだね」

アルフレッドは数分前にユーグスがレントン家族に対して大声で悪態をついていたことを思い出し、また、彼があんなに不機嫌丸出しなのにまったく気づかず上機嫌でしゃべり続ける光景が思い出されて、ちょっと滑稽だよなぁと失礼な感想を抱き心の中で笑った。


「なので、攻撃するしかない。」

「…へ?…」

ユーグスの言葉に対してアルフレッドが理解する前に、ユーグスの右手には巨大な火球が出現した。

「え、え?えぇぇぇっ!!??」

アルフレッドの叫びとともにユーグスの右手から放たれた火球が泉の氷めがけて放たれる。


ドゴォォォンッ!!!


ユーグスが作り出した火球は凄まじい破壊力で氷を叩き割り、氷の破片が四方に飛び散る。防御魔法で守られているから破片が当たることはなかったが、あまりの威力にアルフレッドは条件反射で腕で顔を覆った。

氷が破壊され飛び散った後は静寂に包まれる。恐る恐る腕を顔から離した。

「ユ、ユーグス、き、君…」


ザバァァァァン!!!


アルフレッドが言い切る前に今度は泉が盛り上がる。いや、違う。水底から巨大なドラゴンが現れたのだ。体長は25メートルほど。しかしいきなり出現したそれはその倍くらいの大きさに思える。ドラゴンの表面を覆う、磨けば白く輝くであろう(うろこ)は、ところどころ苔や藻がこびりつき、鼠色のような茶色のような色に汚れており、その者が長い年月を生きていることをうかがわせた。磨けば白く輝くであろうと思えるのは目の周りや手の部分の(うろこ)がきれいな白銀に輝いているからだ。

また、頭には長い角がいくつか飛び出ており、背中から尻尾の先まで続いている。金色の目は蛇のように、縦に黒い瞳孔がある。びっしりと鋭い牙が並んだ口は、どんな大きな獲物も一飲みにできそうなほど大きく裂けている。そして、手も足もとてつもなくでかい。それに見合った鋭く巨大な黒い爪が光に反射して光って見えた。


アルフレッドはあまりのことに目を見開いたまま動かない。

というより、動けない。ドラゴンの圧倒的な存在感を前に思考も何もすべて吹っ飛んでしまった。まさに蛇ににらまれたカエル状態といえた。

それに引き替え、ユーグスは平然としている。まるで目の前に雑技団でも現れたようにどこか楽しそうな雰囲気さえうかがえる。

彼がクッと笑みを浮かべたと同時にドラゴンより咆哮があげられ、ユーグスとアルフレッドめがけて巨大な氷柱が突進してきた。

「ひッ!!」アルフレッドが反射的に腕で顔を覆う。

しかし、予想された衝撃はこない。ユーグスが腕で払う仕草一つで巨大な氷柱は粉々に砕け散った。


しばしの沈黙があった。

アルフレッドは信じられない面持ちでユーグスを凝視し、ドラゴンもまた、じっと彼を見つめていた。そしてユーグスは先ほどと変わらずどこか余裕の笑みでドラゴンを見つめ返していた。

沈黙の後またしてもドラゴンがけたたましい咆哮をあげ、次はドラゴンの(うろこ)と同じ白銀の光線が放たれた。

まぶしい光にアルフレッドは目をつむる。今度は腕で顔を覆うことはできなかった。

ユーグスは目を閉じず、猟奇的な笑みを浮かべた。二人は同時に光に包まれる。


一瞬とも永遠とも思える瞬間が経ち、アルフレッドは目を開けた。

そこは白の世界。

床も天井も壁もない、真っ白の空間。

5メートルほど先にユーグスも立っていた。

ユーグス…!叫ぼうとして、声が出ないことに気付いた。それどころか足も動かない。手も動かせない。動くのは首から上だけ。

ユーグスは真っ直ぐ前を見ていた。先ほどと同じ笑みを浮かべて。

その視線の先に目をやると、ふっとドラゴンが現れた。

ドラゴン…!!

そう思ったと同時に頭が殴られたような衝撃があった。


[そなた何者だ。]


頭の中に響く声。アルフレッドはユーグスが言っていたこれがドラゴンの念話だと理解した。声はユーグスに向けて問いかけているようだった。


[私の名はユーグスという。]アルフレッドの頭の中にユーグスの声が響く。

[人間か]

[いかにも。]


しばしの沈黙ののちドラゴンが言った。

[人間にしては力がありすぎる。何者だ。]

[人以外の物になった覚えはない。ただ、少々普通より特殊と言わざるを得んがね。]


ドラゴンは前足を挙げ立ち上がり、すぐにでもユーグスに飛び掛からん姿勢で咆えた。

[問う。何用があってかようなことをする。我が何者か知っての振る舞いか。]

[重々承知している。だが、この泉は人間の領土。そなたには立ち去ってもらいたい。]

[人間ごときがわれに要求するか。]

[そなたたちドラゴンにはドラゴンの土地があろう。そこで子を産み育てればよい。問うがなぜ人間の土地であるこの泉で出産をしようとする?]

[人間の土地などと誰が決めた。我々は人間などより遙か太古より存在した。かつてはここら一帯も我らが支配せし。]

[屁理屈をこねるな。人が存在してより今日までこの地に人は存在したのだ。その間一度も現れなかったそなたたちが今さらそのような意見を言おうとも通じぬわ。もう一度問うぞ。なぜここ、人間の住む土地で出産する?]


ユーグスはこの間、一度も目線をそらさず、変わらず挑戦的な笑みを浮かべて問うていた。ドラゴンは威嚇の姿勢を崩しその場に座り込んだ。ピリピリとした雰囲気から一転穏やかな空気になった。


[変わった人間。そなたは知る必要も意味もないこと。この度の無礼、許してやろうほどに。早々に立ち去るがよい。]

ため息をつくようにドラゴンが言った。

[そうはいかぬ。私には立場というものがある。せめて理由を聞かねば立ち去れん。]


[頑固な者よの。]

次こそは本当にドラゴンのため息が聞こえた。

[ならば教えよう。おぬし、世界の地理を知っておるか?全世界の。いや、知ろうずはずもなかろうな。世界は広い。人の住まう土地よりも魔物の住まう地のほうが多い。次いで、我々の住まう地があり、人間たちの住まう土地、最後に精霊たちの住まう地がある。我々は4種の中で数にしたら圧倒的に少なかろうが……我々の住む地は人間たちには到底たどり着くことのできぬ。弱い人の身には耐えられぬエネルギーがあふれた素晴らしい場所だ。

常ならばそこで出産する。ここ1000年ほどで10頭のドラゴンが生まれた。じゃがしかしそのほとんどが成獣せずに逝った。原因はわからぬ。

ある日突然呼吸困難になり吐いて、顔も体も口の中も腫れあがる。やがてうろこが剥がれ落ち、血が噴き出す。そしてそのまま意識を失ってやがて逝ってしまった。

唯一生き残ったのが最後に生まれたものだ。その母親は原因が我々の住む地にあるとみて人間界に降り立ち出産したのだ。そこでしばらく育てて後戻るとそれまでの子竜のような症状はなく無事に成獣へと成長した。よって我も出産するにあたってそれに倣いたいと思ったのだ。

わかったであろう。我に干渉せぬ限りはそなたら人間が心配せずとも人間たちを襲うつもりはない。しばらくの辛抱じゃ。しばらく経てばいずれ()ぬるわ。]


語ったドラゴンは今や威圧感はなく、悲壮感さえ漂う。

ユーグスはしばし考え問うた。

[その子竜が亡くなったのは食事のすぐ後か?]

[いや、数刻の後じゃ。]

[ふーん。その症状、私には一つの結論しかないのだが……]

ここで初めてユーグスは笑みを消し、やがて言いにくそうに言った。

[ブラドキノコを食べた時の中毒症状ではないか?]

さすがにあまり確証はないらしい。めずらしく自信なさげだ。

[ブラドキノコ…?]

ドラゴンが首をかしげる。ユーグスは手をかざしてホログラムを出現させた。傘の部分が毒々しい赤色をした巨大なキノコで黄色いまだら模様がある。いかにも毒キノコといった雰囲気である。

[おぉ、それなら1000年ほど昔から我らの土地に生え始めた。美味での。我もよくそれを探して飛び回っておるわ]

[そ、そうか。子竜も食べたのか?]

[子供は我らにとって宝。美味なるものは先に子に分け与えるのが親の性分。]

ユーグスは頭を抱えた。このブラドキノコ。かなりの猛毒であり、食べたら最後

、全身が腫れあがり、呼吸困難に陥り、さらには全身の毛が抜けおち、血管が膨張し破裂。酸欠と出血多量によって食べてから約1時間で死に陥る恐怖のキノコだ。

壮絶な死に方を与えることから、処刑にもしばしば用いられる。

ユーグスは昔、このキノコの成分を分析したことがあった。それには様々な毒素が含まれていたが、その中の一つにイボテン酸という非常に強い旨味成分が多量に含まれていることがわかった。といってもこれも毒成分であり、体には悪い。

ドラゴンは強靭な体を持っており、めったなことでは死ぬはずもない。成獣には何ともなくても抵抗力の弱い子竜には毒素を分解することができなかったのだろう。


ユーグスはそう結論付けるとドラゴンに説明した。


ドラゴンは最初いぶかしそうにしていたが説明を聞くにつれ、驚嘆し、落胆、悲嘆に暮れた。その様は最強種であるドラゴンのはずなのにまるで迷子の子犬を思わせた。

ユーグスも沈黙する。


[かようなことがあろうとは。無知とは恐ろしい。生物の頂点に君臨しうるとは驕りであった。なんたること。なんたること。]

慟哭が聞こえるようなつぶやきだった。


[人間よ。我はそなたに感謝する。忘れぬ。

原因がわかった今ここにいる意味もない。早々に立ち去るとしよう。]

[そうか。では、達者で。]

ユーグスが答えると、ドラゴンがクイッと首を動かし彼の前に差し出した。

[受け取れ。我らの(うろこ)は魔力を帯びておる。強力な盾となろう。ささやかな礼だ。]

ユーグスははがれかけた鱗を一枚受け取った。10cmほどの鱗だった。


[…おぬし、かわった魂の持ち主じゃな。]

ドラゴンが感慨深げに言った。

[我の鱗を取る際、見えた。人間はたしか100年も生きられなかったと記憶しておるが、そなたはずいぶん長生きなようじゃな。あぁ、混じっておるのか。なるほど。]

[他人の中を勝手に見るとはずいぶん礼儀知らずだな。]

ユーグスが少し剣を含んだ言葉で制した。

[おや、気を悪くしたか。それは済まぬ。]

[まったく、プライバシーもあったもんじゃないな。さっさと国に帰りたまえ。]

[おもしろいやつ。我はお主が気に入ったぞ。また会おうぞ。]


そう声がきこえたと思うとまたしてもまばゆい光に包まれる。反射的に目を閉じ、開けると真っ白な空間に飲み込まれる前にいた泉のほとりに立っていた。

遙か上空に、先ほどのドラゴンが飛んでいるのが見えたが、やがて見えなくなった。



「アル、終わったぞ。さっさと帰ろう」

茫然と上空を見つめて突っ立ていたアルフレッドに声をかけると気が付いたらしくわたわたと不思議な動きをした。

「なにを踊っている。気でも狂ったか。それとも呪いのダンスかね?」

心底あきれたという風にユーグスが突っ込むと、ようやく正気をとりもどしたようだった。


「こ、こんなことってある……?。ドラゴンとしゃべったんだよ!?しかも感謝された!そんで、あろうことかドラゴンにたいして怒った!!」

「…私がな。」

実際はアルフレッドは声が出なくて、ずっと見ていただけで、ドラゴンとしゃべったのも感謝されたのも、怒ったのもユーグスなのだが、興奮冷めやらぬ彼には聞こえていない。

うわぁ~、えぇ!?そんな!と感動しているのか動揺しているのかわからない声を上げアルフレッドはひたすら今体験したことを整理していた。

「おい。帰るぞ。…おい。」

何度も呼びかけるが、なお聞いていないアルフレッドによっぽどおいて帰ろうかと思ったが、乗ってきた馬車は彼の家の持ち物だしなぁと思い出したので、ユーグスは仕方なく引きずって帰った。


村に着くと、ユーグスが放った火球の爆音や、飛んで行ったドラゴンが見えたらしく、村人が恐怖の表情で集まっていた。混乱しかけていたが、ユーグスが簡単に経緯を説明すると、村人は歓喜に沸きその日は村全体で宴を開き祝杯をあげた。

アルフレッドが平静に戻ったのは村人みんなで乾杯をあげたときである。

「あ~、それにしてもすんごい体験しちゃったなぁ。今でも夢みたいだよぉ。それにしてもブラドキノコで死んじゃうんだなぁ。あ、大人のドラゴンは大丈夫なのか。でも、ユーグス、よくわかったね。」

「ふむ。確率は50%というところだがな。」

「へ!?だって、君、あんなにはっきり言ったくせに!」

「実際の症状見てないのに絶対な正解を出せるわけないだろう。」

「そ、そんな」

「ドラゴンの住む場所なんて見たことないし、その場所に生えているキノコが人間界のブラドキノコと同じかなど、わからん。彼らの住む地には私の知らない植物や生物がたくさんいるだろうから、もしかしたら原因はもっと他にあるかもな。」

アルフレッドの顔がひきつる。


本当は、ユーグスの中でブラドキノコが原因であることは確信に近かったのだが、立証できていないからということでそのように言ったのだが、アルフレッドはその言葉のままとったらしい。青ざめて何やらぶつぶつと独り言を言っている。


ユーグスはそんな彼を無視して天を仰いだ。

(また、今回もつまらない事件だったな。明日、朝一で帰ろう。)

自然とため息が出た。


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