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魔法陣が完成したのは宣言通りそれから4日後のことだった。
「宣言通りとはいえ、完成までに5日も要するとは。まったく、これくらいの防御結界にこんなに時間をかけるとは、よくそれで魔導師が名乗れるな。それになんだこの陣は。スペルが違うではないか。これでは不完全だ。」大仰にため息をつきユーグスはあきれた。
言われたアルフレッドは反論したかったが更なる嫌味が予想されたので素直に軽く謝罪するにとどめた。
さらに「字が汚い」や、「線が乱れている」などいちゃもんをつけ、さらにはアルフレッドの様子について「泥がついているから近づくな」とのたまった。
「レントン村長のことでストレスたまってるんでしょ。僕でストレス解消しようとしないでよ。」
あまりの言いようについ反論すると、
「わたしが君に八つ当たりでもしてるというのかね?いいがかりはよしてもらおうか。まったく。それにしても、……なんなんだあの家族は!あの豚は何様のつもりなのだ。なれなれしくしおって。あのにやにやした顔が視界に入るたび私は身の毛がよだつ!あの目!細すぎてどこを見ておるかさっぱりわからん!なぜダイエットしない!何の役にも立たぬ脂肪を体に貼り付けおって、まさに豚!いや、豚は食用となるからよっぽどよいわ。
口を開けば自慢、自慢、自慢!機知に富んだ会話もユーモアも常識もないつまらない話のオンパレード!この5日間で家系については7回は聞いたぞ!
前世からやり直してこいというのだ!それにあの夫人!そして娘!振り向くと必ずおるのだぞ?毎朝手紙がドアに挟んであるし!部屋に防御結界をしてなかったら絶対に部屋まで来たはずだ!」
気味が悪い!とこれまで溜めてきた鬱憤を一気に吐き捨てたユーグスの迫力に圧倒されつつ、アルフレッドは同情の念を込めて肩をたたいた。
(だから日中はいつもこの泉に来ていたんだな。さすがにここまでは誰も来ないもんね。てっきり僕の描いた魔法陣を監督してるのかと思ったけど。それにしても、直接言わないだけ成長したんだろうか。アリアちゃんに何か言われたのかな)
と、今頃ユーグスの屋敷で留守番をしているアリアに感謝した。
「それになんだ!あの夫人と娘の名前は!マーガレットとローズだと!?自分の顔を見てから言え!似合わん!花がかわいそうだと思わんのか!」
「いや、それはさすがに言い過ぎ……」
ヒートアップして、ただの悪口と化してきたユーグスを諌めるが、彼の耳には届いていなかった。
それからしばらくして、一通り不満を発散したユーグスは息を整えた後、ゆっくりと泉のほうへ向かった。
「さて、では早速始めるとしよう。アルフレッド、ついてきなさい。」
「え、これも同行しろっての?や、嫌だよ!僕は君みたいに桁外れの魔力もないし、ましてや不老不死じゃないんだから!!」
勢いよく首を横に振りながら必死で断ろうとするも、ユーグスの冷めた目線につい固まる。
「最後まで責任持ちたまえ。この事件を持ってきたのは君だろう。それにドラゴンを見るなど一生にあるかないかだぞ。君も魔術師の端くれならよい勉強となるであろう。」
「・・・。ユーグス、もしかして君、相当怒ってる?この事件持ってきたこと。」
「いや、ドラゴンを見れるなどなかなかない。しかも産卵期は私も初めてだし、私にとってもよい勉強となろうな。感謝するよ。」
感謝すると言いながらもその態度は明らかに“イラついてます”と言っている。
ユーグスは唯一無二の存在。彼の残した功績は素晴らしいし、これからも必要だ。これ以上機嫌を損ねるわけにはいかないとアルフレッドは覚悟を決めた。
「案ずるな。できるだけ保護魔法をかけてやろう」
ユーグスが左口角を上げながら言った。彼がよくやるその挑戦的な笑顔は何故だかアルフレッドを落ち着かせ、自然といつものしまりのない笑顔になった。