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日がとっぷりと暮れ、手元が見えなくなる頃、アルフレッドはようやくその日の作業に区切りをつけて村へ戻った。村の入り口には村長の使用人が待機しており、宿泊先は宿ではなくレントン村長宅らしい。
村長宅は、なかなかに立派で、庭には天使の彫像が置かれささやかな噴水があり、家の中はきらびやかな装飾がなされている。だが、とりあえず金色のキラキラしたものを並べただけのようで調和がとれていない。はっきり言って趣味が悪かった。
泥だらけだったのでさっと風呂に入り、服を着替えたあと、使用人に案内されリビングにいくと、ガハハと村長の大きな笑い声が聞こえた。
扉を開けるとレントン村長とユーグス、そして、村長の夫人と思われる細い棒のような女性と、村長によく似てふくよかと表現するには少々控えめすぎる気がする16、7歳ごろの年頃の娘がテーブルについていた。
「や、アルフレッド様!遅くまでご苦労様です!ささっ、席におつきください。すぐにディナーをはこばせますからな!」
やたらと上機嫌なレントン村長に促され、ユーグスの隣の席に着く。
ユーグスは一人ワインを傾け無言であった。席に着くと一瞬視線をよこしたがすぐに戻し、また無言でワインを飲んだ。
(うわ~。機嫌悪ぅ~…。)
ユーグスの背景が黒く渦巻いて見える。実際はそんなことないのだが、アルフレッドにはそのように見えた。
「こちらが私の妻マーガレットでございまして、その隣に居りますのが一人娘のローズでございます。こら、二人ともあいさつせんか。」
村長家族とはちょうど対面する形で席につき、紹介を受けた。マーガレット夫人は、それまで頬を赤らめユーグスを見ていたが、夫に小突かれて覚醒した。
「あ、あら、失礼。レントンの妻、マーガレットでございます。この度はこのような所へお越しいただきありがとうございます。」と優雅にお辞儀をした。
しかし、娘のほうはいまだうっとりとユーグスに見入っていてレントン村長に頭をたたかれるまでアルフレッドに気が付かず、謝る村長に「よくあることですから」と苦笑した。
レントン村長はよくしゃべり、晩餐中ずっとしゃべり通しだった。家系のこと、自身のこと、妻のこと、娘のこと。つまりは自分の家のことばかりでしかも終始自慢話だった。そして、話の合間合間にユーグスのことを褒め称えた。
アルフレッドはその話に笑顔で相槌を打っていたが正直ほとんど聞いていなかった。話がつまらなかったのもあるが、それ以上にユーグスの機嫌が気になっていたからだ。ユーグスは終始無言でもくもくと料理を食べ、ワインを飲んでいた。もはや、レントンと視線を合わせようともしない。
レントンの妻マーガレットと娘のローズは晩餐中ずっとユーグスに熱っぽい視線を送ってほとんど食事をしていなかった。
(無理にでも宿に泊まればよかった・・・。)と、アルフレッドは遅すぎる後悔をしていた。
息苦しい晩餐が終了すると、挨拶もそこそこに客間へとひっこんだ。レントン村長はまだまだ話し足り無いようだったが、疲れているからと伝えると無理には引き止めなかった。
実際アルフレッドは疲労困憊だったし、早く眠りたかったのだが、一番の理由はユーグスをレントン家族から遠ざけたかったからだった。
(これ以上、ここにいたら彼が何をするかわかったもんじゃない。怒りにまかせて屋敷ごと吹っ飛ばしそうだ。)アルフレッドの考えは大げさではない。過去にあったことである。
それぞれの部屋に入る前、泉で別れてから初めてユーグスが口を開いた。
「防御結界はどれ程で完成するんだ?」
「えぇ~…とぉ…。いっ」
一週間、と言おうとしてユーグスの冷たい視線が突き刺さる。
「い、5日…かな」
「5日か。今日を入れて、だな。頼んだぞ。」
アルフレッドの返答を聞かずして部屋の中へ入ってしまう。そしてすぐさま部屋の中に結界を張った様子が見て取れた。それは何者をも寄せ付けない結界で、完全な防音・防御の空間が出来上がるという高度な魔法だ。
「あと4日じゃんかぁ~。お、鬼だ。」
本当はスノードラゴン撃退の作戦について話し合いたかったのだがあきらめるしかない。
(日が明けたらすぐ行かなきゃ…。)
がっくりと肩を落として半泣きになりながら与えられた客室へと入った。