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一息ついて、さて今日は昨日の研究の続きでもしようかと腰を上げたところで玄関のドアを激しく叩く音がした。
ドンドンドンドン・・・・!
ドンドンドンドン・・・・!
ドンドンドンドン・・・・!
「・・・主」
「無視しろ」
ドンドンドンドン・・・・!
ドンドンドンドン・・・・!
ドンドンドンドン・・・・!
「・・・主・・・」
「無視!だ」
尚も玄関の扉ははげしくなり、
「ユ―――グス―――!!!あ――け―――て―――!!」
ついには大声で叫び始めた。
「私が行こう」ため息とともにユーグスが立ち上がった。
ドアを開けると人懐っこい顔の青年がにこにこと立っていた。
「また君か。アル。」
「あはは~~。機嫌悪そうだね。なんかあった?」
「・・・現在進行形でな。何用だ。またろくでもないことだろうがな」
「えへへ。先謝っとくわ。ユーグス」
青年の名はアルフレッド。サウツバーグを収めるシュナイツァー伯爵の次男坊だ。
年は29歳でくるくるの巻き毛にひょろりとした体形で、少したれた目とのほほんとした口調が相手の調子を狂わせる。穏やかな雰囲気は警戒心などまるでないようでこちらもつい油断してしまい、簡単に懐に入ってしまうのだ。
ユーグスとアルフレッドが出会ったのはアルフレッドが8歳の時。彼の父である領主とともに屋敷に挨拶に来たのだが、幼さゆえの気安さでユーグスにまとわりつき、質問攻めにした。子供が苦手なユーグスは冷たくあしらったし、アルフレッドの父である領主は恐縮し、息子を叱った。だが、そんなことはお構いなしになついてしまった。アルフレッドはシュナイツァー家の例にももれず高い魔力の持ち主で頭もよく、最年少で転移装置を使いこなしたあとは、事あるごとにユーグスを訪ねる。
「それで、わざわざ転送装置を使ってやってきた理由はなんだ」
ユーグスの住むこの屋敷は魔物たちが闊歩する山に存在する。普通の者はまず生きてたどり着くことは不可能だ。それゆえ用のあるものは転送装置というものを使用する。これはユーグスが発明したもので、その名の通り人を転送する装置だ。便利だが、一歩間違うと時空のはざまに挟まってしまう。使用するにはまず、一定量の魔力とそれをコントロールする能力が必要となり、転送先の明確な座標位置を把握し、なおかつ目的地の明確なイメージが出来なければならない。また、転送場所と行く先にお互い転送装置がなければならない。
誰しも魔力は備わっているがしかし、それを実際に扱えるのは魔法使いと呼ばれる者たちだけだった。なので、かなりの魔力を消費するこの転送装置はごく限られたものしか発動することはできない。
ユーグスの屋敷には数多くの強力結界が張ってあり、普通は転送装置で入ることはできない。
だが、シュナイツァー伯爵家の者だけは許可する仕組みとなっている。シュナイツァー家は唯一伯爵に取り次げる間柄で、時々、兵士では手におえない魔物の出現に対して退治の依頼をするのだった。
「えへへ~。仕事の依頼~~。今回はちょっと面倒でさぁ。どうしても君の手を借りなきゃいけないんだ。」
「そういって前回はたかだか魔物一匹のために駆り出しおって。いいか、わたしは
便利屋ではない。簡単に呼び出すな」
「いや、君には小物だったかもしれないけどさぁ。あれだって超大物・・・。ていうかそんなに多くないじゃんよぅ。年2、3回だけでしょ?うちにはさ毎日毎日大量の嘆願書が届いてるんだよ。それを仕分けすんの大変なんだから。できるだけ自国の軍隊で対処してるけどさ。海外の国王から直々の依頼書も来たりするんだよ?それを断るのって大変なんだから!!ホントにすごい量なんだからね!?だからせめて君には最低年2・3回は働いてもらわないと困っちゃうよ。それにさっきも言った通り今回は本当にちょっと面倒でね・・・」
めずらしくへらへらした笑いを抑えてレインに訴えるアルフレッドに閉口する。以前、定住するまでは毎日助けを求める声で辟易したものだ。魔物にははなから敵うはずないと決めつけ不幸をかさに着て助けを求める者たち。ユーグスは助けてと叫ぶばかりで一向に何もしない人々にイライラした。
それを変えたのがアウリッツ国の軍隊だった。それまで軍隊と言えば戦争のために用いられたが、アウリッツは魔法と武術の融合により魔物に対抗する組織を作った。
その形式は他国にも広まって行き、どの国でも魔物専門の軍隊が存在する。が、今でもアウリッツの軍隊は対魔物に対して他国と比べ群を抜いて強い。
ユーグスがよっぽどの災厄でない限り動かないのは周知のことであるが故、ユーグスにというよりアウリッツの軍隊に魔物退治の依頼や護衛の依頼が届くことは多い。
アウリッツという国は周りを山々に囲まれ、盆地ではあるが隣国にくらべ標高が高い。一年を通して気温は低く、夏など過ごしやすくはあるが、冬はどこも1メートル以上の雪が降る。そのため作物は育ちにくい。アウリッツでは幸いなことに銀が取れる為それで貿易を行うことは死活問題だった。魔物はそんなに頻繁に現れるわけではない。人と魔物のすみわけはしっかりできているのだ。だからこそ魔物に対する軍隊を持つことへの発想がなかったのか。だがしかしアウリッツは飢えに瀕していた。
気候の変動により気温は徐々に下がり更に作物は育ちにくくなった。隣国より食料を輸入しなければ死ぬ。死が身近になり、強くなるしか生きる道はなかったのだ。
それにより強くなった軍隊は他国に派遣され、今では特産である銀とともに軍事力が、国の大きな財源である。
「で、受けてくれる?」
記憶を過去に飛ばしていたユーグスはアルフレッドが持ち込んだ依頼の内容をすっかり聞き流していた。
「すまん。聞いてなかった」
「も――――――!!!」
(この男、たしか来年30歳ではなかっただろうか。)
ぷりぷり怒るアルフレッドから再度説明を受け非常にめんどうくさかったが依頼を受けることにした。その途端アルフレッドの表情はいつもの見慣れたのほほんとした締まりのない顔になり上機嫌で帰って行った。
「お疲れ様でございます」アリアが新しいコーヒーを差し出しながら労う。
「まったくだ。転移装置、外してしまいたいな」
「それでは私が買い物に行けませんので困ります。ところで、お仕事、受けたんですね?」
「あぁ、北部だ。一夜にして泉が水底まで凍ってしまったらしい。それの原因究明と解決だそうだ。北部の人間の生活が懸かっているからな。早急な解決をたのむだと。王女の署名入りで」
「まぁ。どうりでアル様があんなに熱心に主に依頼されたわけですね。」
「まったく面倒な依頼を持ち込みおって・・・」
「一夜で氷漬けですか・・・そんなことができるのは・・・。確かに面倒な依頼ですね。ご出発はいつです?」
「今日だ」
「それは、急ですこと。すぐ準備いたします」