四話 兵士未満
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この国は、海洋軍事国家"日原国"と言う国である。
日原国は玉皇と呼ばれる君主に納められる、八州十六公の連合国家と言う状況に近い。
位置的には南半球・・・丁度地球におけるインドネシアの辺りから本州東京の辺りまでに、オーストラリアの半分くらいの大きさの島がある。
島の形は反った刀にも似ており、"刀国"と呼ばれる事もしばしば。
そして日原の北西には、白人種の住まうヨーロッパ的文化圏の国が点在。
ツ・フラガ国・オオラン国・キッケラバルト国・・・等が主な所か。
そこから山脈を跨いで南下すると、日原と同じ黄色人種の主に住まう中国風文化圏に突入する。
位置的には日原から見て西南の方角に、遡・陽・弦・冠と呼ばれる四つの国家があり、覇権を競っている。
大陸の南半分を統括する四つの国家は基本的に仲が悪く、現在は冷戦状態を続けているようだ。
最後に、日原から見て南西に位置する島々にはエルフと呼ばれる美しい種族の国がある。
彼らは国に名前をつける意義を見出して居らず、他の国々からは暫定的にエルフ領と呼ばれている。
そしてそれら全てと日原は海洋交易を盛んに行っており、現在世界で最も海軍力の強い国だ。
「へぇ。凄いなぁ。」
「そうでしょ。日原は世界で一番正確な世界地図を持ってる事でも有名なんだから。」
「??、それってどうやって作ったの?大陸の形とかまで正確にわかるって凄くおかしいと思うんだけど・・・。」
「日原の遺跡から出てきたんだって。」
「───遺跡?」
「うん。遺跡。」
秋一は小首を傾げた。無理も無い。遺跡から世界地図が出てきて、それが実用されているなどと誰が思おう。
この世界に来て時々感じていた、時代考証の違和感はここに由来するものであった。
この世界で主流となっている説は、こうだ。
この世界には大昔、全ての大陸と全ての島と全ての海洋を制覇した巨大な一つの国があったらしい。
それは遥か古代に滅んだが、学問も魔法も現在とは比べ物にならないほど進んでいたと言う。
その巨大な国の名前は、奇妙な事にまだ解っていないけれども、少なくともあったことだけは確かのようだ。
日原やエルフ領の進んだ結界技術もその殆どが遺跡由来のものである。
(超古代文明・・・・ファンタジーだと思っていたが、ここまでとは。)
じわじわと胸にくる衝動は、異常な現実に対する怒りとも、ロマンとも言える奇妙な熱だった。
「・・・日原の結界技術って進んでるんだ?」
「そうね。他の国だと村一つとか、都市一つとか。人が住んでる地域を丸ごと城壁で覆ったりして中の人を守ってるんだって。
日原だと、凄く大きな結界の中に村も街も全部あるから考えられないよね。」
人間同士の戦争には、城壁があった方が強そうだと思ったが、口には出さない。
日原は海軍力こそ世界最強だが、上陸を許せばまともな陸軍では遥かに劣るかもしれない。
そんな事を考える傍らにも話は続く。
凡その地理について述べ終わると、今度は【レベル】【スキル】【ステータスデータ】と言う三つのシステムについてだ。
現在この世界の全ての人間と、幾つかの高等生物が利用する事の出来るこのシステム。
それらは初めからこの世界にあったわけではなく、方法は不明だがこの古代文明により生み出されたらしい。
極限に発達した魔法で、人か世界のどちらかに丸ごと術をかけたのだと言われている。
・・・・・正直な話、秋一は世界に魔法をかけるだのなんだの話についていけなかったが、
とりあえず古代人がそういったシステムを自分たちのために作り上げたことについては得心がいった。
それはそうだ。
これほどシステマチックな現象が自然に発生するとは到底考え難い。
ならば、人が創ったと考えるのは自然な事だ。
一般的に、現在この世界に遺ったオーパーツが創られた時代を"神代"と呼ぶ。
「・・・・そうなんだ。」
「よくわかんないけど、そう言う事らしいわね。」
話は一旦途切れる。市も少し話疲れたようだ。
近頃は快活になってきたとは言え、基本的に無口な娘である。これほど長く話したのは久方ぶりではあるまいか。
話し込んでいる内に少し固まった体を伸ばすと、コキコキと可愛らしい音が鳴った。
チリチリと虫の声が外から聞こえる。
話していなければ、耳が痛くなるほど夜は深い。
「うーん大体これくらいかな。大きなのは。道場では最初にこれだけ習うの。世界はどんな風に出来てるかって。面白かった?」
「すごく面白かった。特に、レベルとスキルについて知りたいかな。」
「うーん。それは、私もまだあんまり習って無いから知らない。上級生になったら教えてくれるって。」
「あー、そうなのか・・・。」
それにしても驚きしきりであった。
まさかこれほどまでに世界について姉が詳しく知っているとも思わなかったし、
武家の子弟は皆これだけの教養を持っていると言うのも驚異的である。
9歳と言えば、小学三年生くらいか。
道場と言うのは、武家の人間の通う総合的な学校施設らしかった。
前世の教育と比べても、あるいは特に遜色ないのではと思えてくる。
秋一は自分も行って見たい気持ちはあるが、自信が平民に生まれついた事を悔やまざるをえなかった。
もしも自分が武家の生まれならば、これほど情報で四苦八苦する事も無かったろうに・・・。
難しい顔でうんうんと、どうしようもない事で頭を痛める秋一に、話が難しすぎたかと勘違いした市が苦笑した。
「じゃ、今日のお話はこれでおしまい。もう寝ましょ。」
「うん。解った。・・・明日は文字を教えてくれるんだったね。楽しみにしてるよ。姉さん。」
「ええ、時間は少ないから寝坊しちゃだめよ?・・・・お休みシュウちゃん。」
「ん、おやすみ。」
とりあえず本当に大雑把な歴史と地理について語り終わった市は、夜が深くなったことに気付いて床に入る事を促した。
秋一と市は、ゴソゴソと布団を被ると明日の事を夢に見ながら眠りに付いた。
*
朝起きて、市姉さんに文字を教わってから今日も俺は村の郊外へと繰り出した。
両親は村の子供たちと一緒に遊んでいて貰いたいようだが、最近はもう諦めたらしい。
ま、何処のコミュニティにも一人か二人はこのような変わり者が居るものだ。問題なかろう。
俺は地面に棒でガリガリ文字を書いて復習しつつ、呟く。
「これが、一で、これが二・・・・ふんふん。予想はしていたが日本語と大して変わらないな。
姉さんの名前が"市"で、俺の名前が"秋一"か・・・・。所々違うのは、字体の違い程度か。」
前世の世界との奇妙な一致。
日本文化との共通点が多いこの日原なら、当然使われている言語もそれに類するものだろうと当たりをつけていた。
そもそも、今喋っている言語とて、殆ど日本語と同じものだ。
発音や言い回し、語尾や単語の違いはあれどこれは日本語と言って差し支えあるまい。
ならば、差し当たり「読み書き」に大きく困ることは無いだろう。
ガリガリと地面に漢数字を書きながら考える。
「うん・・・・【ステータスデータ】が読めたのはこの共通点のおかげかな?
自分自信に"解る"ように表示してくれると言うが・・・・。」
【ステータスデータ】と言うのは、自分のレベルや能力値、取得しているスキル・魔法等が克明に記された物だ。
集中して念じれば、頭の中にそれらが浮かび上がるように表示される。
これがあるからこそ、自分がどれくらいのレベルでどんなスキルを持っているのかが解るのだ。
つまりは、【スキルシステム】と【レベルシステム】の根幹を為す概念である。
また、ここに記載されているデータは絶対で、ほぼ誤差や間違いは無いとされている。
何度検証しても数値は相対的に絶対的な精度を誇ったと言う。
理屈はわからないが、それ程にこの表示は自分の能力を正確に測ってくれるのだ。
故に、良しに付け悪しきに付け、この世界の人間社会ではこのステータスが大きな意味を持つ。
古代人が創ったと思われるこの世界の謎の一つだ。
俺や市姉さんはこれを文字で認識するが、父さんや母さんはこれらを音声として認知するらしい。
恐らくかつての文明では文盲など殆どいなかっただろうから、
生まれつき目の見えない人間などのためのシステムだったのだろう。
よく作り込まれていると感心する。
「しかし、イカンな。これなら全部覚えなおした方がマシだったかも知れん。点や払いの位置が違うとこうも違和感が出るのか。」
少し、頭を抱える。
幾つかの教えてもらった単語を何度も地面に書き付ける内に、どんどん地面が抉れて色が濃くなっていく。
それを踏み固めながら、かつての知っていた漢字と見比べてみた。
────よく似ている。が、違う。
文字そのものの骨格は同じなのだが、長い年月の中で変形しているのか例えば旧字体の國と国くらい違う。
なんとなく意味はわかるのだが、その辺りも要勉強と言った所か。
「ふん、ふん。カタカナ、ひらがなは特に問題なし。形は崩れてるけど、解らん事も無いからすぐ慣れるだろ。」
となれば、後はひたすら読んで覚えるのがいいだろう。
ちょうど小説でもあればいいのだが、姉さんに今度教科書のようなものが無いか聞いておくとするか。
「よし、そろそろ終わりにして今日もゴブリン狩りに行くか。矢が少し減ってきたから、帰ったら矢の削りだしもしておこう。」
俺は一日の予定を決めると、塹壕か防空壕のように深く掘った拠点の中へ降りる。
中には仔鬼から剥ぎ取った鉄屑、竹を束ねて荒縄でぐるぐる巻きにした弓などが散乱していた。
あれから手作りの武器防具も随分増えてきた。
まず靴。
手作りの縄で出来た長靴は、靴底を草鞋で三重にしており衝撃吸収と消音に優れる。
摩擦力も高く、水で濡れた程度の岩では滑らない。
手甲。
木の板を括りつけただけの簡素なものだが、とっさに一撃受け止める程度の事は出来るだろう。
胴巻き。
音が鳴らないようにするのと、匍匐全身の邪魔にならないようにするのが骨だったが、腹に一撃程度なら何とかなる。
背嚢。
ようはリュックサック。なんとかボロ布を都合して自作した。
荒縄や木材で所々補強してあるので強度は折り紙付きである。
そしてその他色々、だ。
その中から必要な装備を全て体に巻き付けると、土ぼこり等で黒ずんだ布を頭から被り、首元を縄で絞める。
すると、今考えうる最高装備の兵士の出来上がりだ。
随分みすぼらしい外観だが、顔がフード影で見えなくなっているので凄みはあった。
いつか、一人前に金を稼ぐ事が出来るようになったら正式な軍服一式揃えてみたいものだと思う。
「弓、よし。ボーラ、よし。短刀よし。矢は十分。・・・・いけるな。」
今日は同格の相手を何匹程度殺せば次のレベルに上がれるか、検証する必要がある。
俺は気を引き締め、昨日の手ごたえから、今日の最大狩猟許可量を10匹と定めた。
無論、何か異常・・・例えどんな小さな異常であったとしてもそれを感じたなら即退却である。
石橋を叩いて渡るには程遠いが、せめてそれくらいはしないと生きていけないだろう。
心の中でそれを思い出しつつ、俺は拠点から出た。
*
カサリと僅かに揺れた、生い茂る笹の陰から矢が迫る。
真正面を向いていたにもかかわらず、待ち伏せする秋一に気づく事が出来なかった仔鬼。
この森の食物連鎖の下位に成り下がった鬼は、己の無能を証明するかのごとく眉間に矢を受けて倒れ伏した。
悲鳴を上げる事すら許されない。
仲間を呼ばれると厄介極まりないので、基本的に秋一は必ず頭を狙うからだ。
心臓に矢が突き立っても暫く動き続けたあの鹿の生命力が忘れられない。
「・・・これで8匹。」
森の中を駆けずり回り、仔鬼や化け鴉等を仕留め続けていく秋一。
緑の匂いのする戦場で、神経を尖らせる。
そして竹を束ねた強弓がしなり、本日八匹目となる獲物を矢が捉えた瞬間、再びあのレベルアップの告知が頭に響いた。
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あなた の レベル が 上がりました。
ステータスを更新します。
▼
「今日は八匹・・・。まだ解らないが、この辺りの獲物を今の俺の同格・・・いや、若干格上の相手と見て、十二匹目でレベルアップか・・・。」
4歳から6歳まで、キジや兎、狐などを狩り続けてようやくレベル3から12まであがった事を考えると、順当な所か。
これでレベル20。レベルの上では市姉さんに追いついた事になる。
だが、ここからこのあたりのレベル帯ではもっとレベルが上がり難くなって行くだろう。
次は何匹倒せばいいのかが問題だ。15~6匹で済めば良いが、次から20も必要などとなれば流石に骨が折れる。
「いや、それでも3日に一つはレベルが上がる計算になる。・・・何処かに壁があるはず。」
例えば、あまりにも格下相手の戦闘は何度繰り返しても経験値にならない可能性が高い。
ここらの相手を完全に超えてしまうと、おそらく何匹倒しても一つレベルを上げるのに一年単位の時間がかかる恐れすらある。
まだ断言は出来ないが、推測は立つ。
それも恐らく当たっているだろうと言う確信があった。
「よし、一応これで目標は達成した。レベルアップ及び情報収集完了。これより帰還する。」
秋一は仔鬼からまた武器を奪い去ると、背嚢の紐を締め背負いなおした。
そろそろこの辺りでの狩にも慣れてきて、消化試合の様相を呈してきたが、まだまだ油断は出来ない。
レベル20と言えど、たかだか15歳並の身体能力に過ぎないからだ。
ボーナスポイントを現在『力』に極振りしているとは言え、
殴り合いでは此方も大きく手傷を負うだろう事は想像に難く無かった。
ここまで上手く行っているのは、前世で培った経験による高いスキルレベルと、小さな体を生かした隠密戦法が上手く嵌っているからである。
これが、もし仮に相手が自分を先に発見し、数を頼みに掛かって来たなら勝負はアッサリと付くだろう。
俺は早期に【スキル:索敵】や【スキル:直感】を取得する事が出来て良かったと胸を撫で下ろした。
つづく。