何だかんだで十分待った暗闇一縷
アルテミスを待つ事、十分。
「帰るか」
もうこれだけ待ったんだからいいだろ、と一縷は林に入っていく。
と、
「ちょっと、待ちなさいよ!」
アルテミスの声が聞こえた。
「充分待ったけど?」
面倒くさそうに振り向いて言い、一縷は少し驚き、眉を顰めた。
理由は、アルテミスの後ろにある筈の塀が綺麗に切り取られたようになくなっており、奥にある倉庫が土管のように丸く貫通していたからだ。
「お前の能力って何なんだよ?」
懐疑の目線を受け、アルテミスは不敵に笑って言う。
「崩壊」
「崩壊?」
「あなたの言う能力の名前よ。あった方がいいでしょ、やっぱり……ていうか大丈夫かな壊しちゃって」
アルテミスが少し不安そうに言う。
もしかしたら十分間も壊す壊さないで悩んでいたのかもしれない。
初対面の人間にあんなことをしたくせにこんなことで悩んでいたとは変な奴だ。
「良いんじゃねえの。どうせ取り壊すんだろうし」
一縷は興味なさげにそれだけ言って、林の中へ入って行った。無論、アルテミスも一縷に付いて行く。
「で。能力の説明についてなんだけどね。……私の左手に触ったモノはある一定の面積だけ消失するのよ」
なるほど、それであんな事ができた訳か、と一縷は一人納得する。
パズルの一部分が完成したような爽快感がある。あくまでも一部だけだ。
「原理とかは分かるのか? そんな能力が目覚めたはいつだ?」
アルテミスは一瞬、何か心を静めるように——あるいは何かを思案するように瞳を閉じて、
「こんな不思議なことができるのは魔法しか思い浮かばないわね」
「確定じゃないのか……」
「そうね」
「なら何にも分からないのか?」
「たった一つ分かってることがある」
演出ではないだろうが、一拍だけ間を開けて口を開く。
「カルマ・モレクスが関わってる事は間違いないわ」
「カルマ・モレクスってあの、科学者か? 空想上の魔術を無理やり理論化させた……」
言いながら一縷は一〇年前を思い出した。
師匠が居た頃の話だ。
一〇年前、あるカルト集団が居た。
世界は魔力によって動いているのだから、同じ魔力で動いている人に世界を動かせない筈はない。いつかは世界を操れるようになる。人間はその努力次第で神様になれると、豪語しており、山や海に籠もって修練を積んでいたらしい。
カルト集団はそれを魔術と名付けた。
それを聴いた世界はカルト集団を嘲笑したが、当時一八歳であったカルマ・モレクスはそれに興味を示し、魔術を憶測で理論化させたのだ。
憶測なので机上の空論というのが当て嵌まるかもしれない。
「無理やり、ね……」
くくっと、アルテミスは人を小馬鹿にしたように小さく笑う。
「違うのか?」
気を悪くさせた様子もない一縷が問う。
「違うわ。その空想上の魔術を理論化させた魔法を機械で実現させてしまったのよ。あの人は」
「機械で実現か」
「あれ? あんまり驚かないのね」
少し不満そうに言うアルテミスは子供に見える。
いや、実際子供と言っていい歳かも知れない。
「別に知らない事にいちいち驚いていたらキリがない。世界には自分の知っている事の方が圧倒的に少ないんだからな」
例えば、と一縷は歌うように言う。
「アルテミスの歳とか」
「……」
「俺は十八くらいだと思うんだけど」
アルテミスは小さく溜め息を吐いて、
「当たり。因みにあんたの歳は幾つな訳?」
「ん?」
一縷は目線を宙に漂わせて、えーとかあーとか無意味に言葉を繋げていく。
「あんた、覚えてないの? 自分の歳」
「成人になるまでは数えてたんだけどな……。あー三十くらいだったか……」
「さんッ、三十ッ!?」
あまりの絶叫に、バサバサっと鳥が林から逃げて行き、一縷の鼓膜がビリビリと震える。
「……ッ!?」
一縷の声にならない声が拡散する。
「あんた、二十かそこらにしか見えないんだけど! 私と同じくらいに見えたわ! 詐欺よ詐欺! 自首しなさい今すぐ!」
一縷は恐るべき速さで喋りまくるアルテミスを無視して、あまりの大声を聞いた所為か痒くなった耳の穴を掻く。
「ああー……ヘタすれば学生でも通用するんじゃないの?」
「そこまで若く見えるか? 俺は自分では二十代前半くらいに見えるんだけどな」
「まあ、それでも見えるかもね」
アルテミスはそう言ってから、首を振る。
「あー違う違う。いつの間にか話が脱線してる」
とりあえず、とアルテミスは話を総括した。
「カルマ・モレクスなら何か分かるわ」