不法侵入者と家主とその接点
「先輩。何ですかコレ?」
魚肉ソーセージを両手で握り締めて、一夜に問いかける祠。
対して、一夜は魚肉ソーセージを頬張りながら、
「しゃあねえだろう? トースター壊れてっから、冷たい食パンのまんまだし。……目玉焼きは作る気失せたし」
「作る気失せたって先輩のサボリ癖じゃないですか。だから、女子に人気ないんですよ先輩は」
言ってから諦めたのか、魚肉ソーセージを食べ始める。
祠の頬が少し緩んだ。
それを横目で見た一夜はただ、文句を言いたいだけじゃねえのかコイツ? と勘ぐってみる。
「つか朝食が、魚肉ソーセージ一本って馬鹿じゃないですか?」
不満タラタラな祠の言葉を受け、冷蔵庫の中を覗く。
「あん? あと五本あるけど? それとも冷たいパン食うか?」
「数の問題じゃないんで、すっ!」
手近にあった『今日からアナタもラッキーマン』というハウツー(?)本を勢いよくぶん投げた。
一夜はそれを受け止めると、
「まあ、別にいいじゃん。今日は記念すべき終業式なんだし。春っ休み〜春っ休み〜」
変な節をつけながら歌う。
「キモイです先輩」
祠の辛辣な言葉が、槍となり一夜の心を貫いた。
祠がどこか満足げな笑顔を浮かべた。
◆◆◆◆◆◆◆
一夜は『ツいてない奴』だ。
球技系のスポーツ観戦をしていると必ずボールが飛んで来たり、酷い時にはスパイクやバットが飛んきたりする。
街角を歩いていれば、歩いていればで、何の脈絡もなしに古びた看板が頭上に落ちてきたりするし、サディストな後輩には懐かれるしで(一度、祠に「お前って何やかんやで俺の事好きだよなー」と言ったらボコボコにされた)、もはや世界が一夜を嫌っているとしか思えない。
しかし、時間だけは一夜に対しても平等だ。
嫌な方向に考え過ぎると「実は俺だけ一日が一時間早いなんてねえよな?」なんて思う時があるが、多分、平等に過ぎているのだろう。
「こえー」
自分の想像に身震いしながら、終業式を終えた一夜は帰路につく。
祠の両親が営んでいる灰色のアパートが視界に入ってきた。
家賃がゼロ円(一夜と祠のみ)という最高の住まいである。
これは祠の両親が経営しているからだ。
家賃は払いますよ、と言ったことがあるのだが断られた。
アパートの右手に駐車場、左手にコインランドリーが設置されている。
因みに、これらも祠の両親が経営している。
一夜は駐車場を通り過ぎ、アパートに入って、自室の扉を開けた。
自分のベッドに見ず知らずの青年が寝ていた。
「えぁ?」
青年のその自然さ、ふてぶてしさから思わず、一夜は後ろへ一歩二歩。
表札を確認する。
合っていた。
しっかり、『神無』と表記されていた。
で。
室内にはふてぶてしく手足を大の字に投げ出して寝ている青年。
髪は絹のように綺麗であり、目鼻立ちがハッキリしている。
歳は二十代前半という所だろうか。
よくよく見ると朝、ぶつかった男の人だった。
「……つか目ぇ開いてるんだけど。寝ながら目ぇ開けてるんだけど……いや寝てんのか?」
一夜は少し悩んだ後、鞄をゆっくりと投擲。ベッドの割れた縁に当たった。
青年は身動ぎさえしない。
自然な寝息しか聞こえてこない。
「チッ。紛らわしいんだよ」
青年の近くまで歩いていき——立ち止まった。
そもそも、コレどう対処すればいいの?
「う〜ん……」
数十秒悩んだ末、起こす事にした。
肩を揺らして声をかける。
「すんませ〜ん。起きてくれます?」
何で下手に出てんだよ俺〜! とか思いながらも愛想笑いを作ってしまう自分が憎い。
青年は鬱陶しそうに身動ぎしたあと、ゆっくりと瞼を開ける。
「ありゃ? 今何ふぃ? 体内時計的には十二時程だと思うんらけど? 早退?」
余りにも落ち着き払った(というか危機感を抱いていないだけ?)声に一瞬、目の前の青年が犯罪者じゃないような気さえしてくる。
「早退じゃねえよ! つかテメエ……何? 空き巣、みたいなアレ? 泥棒?」
「いや不法侵入者……まあ、食いもん食っちゃったし。泥棒みたいなモンかもだけどな」
「……あ〜」
唐突に、一夜の脳裏に何かが過ぎった。
今日の夢の何か。
大事な、大切な、忘れちゃいけない約束、約束の、相手。
白昼夢のようなソレは、ハッキリとも見えなかったし、ぼんやりとも見えなかった。
漠然とした「あ〜あの時、何て言ったんだろ?」と言った感覚に近い。
映像も音声もなく、ただ、漠然と思った。
少し不思議な感覚に捕らわれながらも一夜は目の前の不法侵入者に言う。
「とりあえず……まあ、帰れ」
「わかったよ」
青年はそう言って、何かを取ろうとするかのように腕を振るった。
直後。
腕から、黒い何かが生えた。
いや『黒』何て可愛らしいモノではない。
『闇』だ。
深淵に潜む闇——死を予言するかのような『闇』
「――え?」
「――あ?」
思考回路が断線したかのように空白が生まれる。
腕から生えた闇は鞭のように、卓袱台の下にあった鞄に巻きつくと、無造作に青年に渡した。
それを見た一夜の心に大きな衝撃が走った。
自分の特別が失われ、同族が現れた。
緊張でカラカラになった喉を動かして言う。
「お前、まさか。俺と同じ……?」
青年はじっくりと、腕を観察すると、驚きの表情を緩和させ、言った。
「しかし、こんな力があるとはなあ。まあ、死ぬ訳じゃないしいいか」
むしろ便利じゃん、とも付け加えた。
「お気楽すぎねえ?」
気分を何とか落ち着かせようと、一夜がうんざりとした調子で言う。
と、
ヒョイと、青年がベッドから降りて歩き出した。
「あ、オイ!」
一夜が青年に制止の声をかけると、青年は思い出したように片手を上げて、
「じゃあな。俺の名前は暗闇一縷。鍵はディスクシリンダーは止めといた方がいい。少し練習すれば誰にでも開けられるからな。お勧めはディンプルキーだな」
じゃあな、ごちそうさまでした、と言って暗闇一縷は去って行った。
「変なやろー……」
初めて自分と同じ奴に知り合えたのにマイペース過ぎる奴だったなあ、と一夜は思うのだった。
気持ちは十分に、落ち着いていた。