表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を廻すモノ  作者: 青空白雲
求める非日常と心情と
25/28

ノアの涙と一夜の感情

 ノアの大きな瞳が薄ぼんやりと見開かれた。

 一夜はそれを横目で見やり、野菜炒めを咀嚼しながら言う。

「よう。起きたか?」

「一夜……?」

 ノアは一夜を見て、嬉しさと寂しさが同居したかのようなそんな顔した。

 そんな大人びた表情に一夜は一瞬ドキッとする。

 ノアはのろのろと、病人のように起き上がって野菜炒めを見る。

 何かを決意したような顔をする。

 空気を伝って一夜に緊張を告げた。

 何か嫌なことを言うぞ、と空気が告げる。

 一夜は緊張感を紛らわす為に――いや、それ以上にノアの発言を聞きたくなかった為、野菜炒めを箸で指しつつ言う。

「食べたいのか?」

 ううん、とノアは首を振る。

 そうじゃなくて、とでも言いたげな雰囲気だ。

「あの、私……」

 言い辛そうに、ノアは唇は開く。

「迷惑だと思うんだよ」

 世界が終わったような物言いだった。

 砂漠に吹く一陣の風のように耳を通り過ぎるのを感じる。

 ああ、と一夜は虚空にある落とし穴に嵌ったように意識が塗り潰された。

 じんわりと部屋の熱気が上がったような錯覚に陥る。

 粘液みたいな汗が全身から溢れ出た。

「私のせいであんな変な人たちに襲われて、意識を失って……!」

 ノアが小さく叫ぶ。

 大事な物を滅茶苦茶に破壊するように。

「私がここに居たら迷惑がかかるから! だから……!」

 一瞬、言葉がつっかえたかのように黙ってから、

「出ていくから。もうこれ以上一夜には迷惑かけないから……」

 ノアの言葉は闇に溶けていくようだった。

「何だよそれ」

 一夜の声は失望と裏切られた者のそれだった。

 声が震える。

 義務感で、責任を感じて、コイツは一日中俺を待ってたのか?

 涙を流して?

 重苦しい怒りが砂塵のように心の内を渦巻いて塗り潰していく。

「ふざけんなよ」

 震える一夜の声にノアがびくっと身体を震わして反応する。

「え……?」

 その不安そうな声さえもムカつく。

「俺はノアが好きだから守ったのに、お前は責任感で俺のそばに居たのかよ……?」

 触れれば弾かれそうな怒りと、何か別の感情が籠もった声が室内に流れる。

 目頭が勝手に熱くなる。

 何で、そんなに怒ってるんだ俺? 一夜は自分に問いただすが答えはない。

 だけど。

 あの笑顔が、あの一方的な約束が特別なことでもなく、誰でもよくていつでも破棄できるモノだと思うと凄く虚しくてムカついた。

「お前は……俺と一緒に居たくないのか? ノアにとって俺って……」

 その先が怖くて言えなかった。

「うん」と言われると、

 それを考えると怖かった。

 れけど、言わなければノアが離れてしまう、漠然と、だが確信を持って思った。

「その程度の存在なのか?」

 耳に残るおかしな声だった。

 ノアは首を勢いよく何回も横に振る。

 綺麗な白銀色の髪が大きく靡く。

 一夜は大きく息を吐き、脱力したいのをすんでの所で我慢する。

 世界は大きく、一夜の命をかけてもノアを守れないかもしれない。

 だけど、それでも。

 心の底からこう思う。

「俺は、ノアと一緒に居たい」

 一夜は自分の言いたいことは言い終えた。

 黙ってノアを見る。

 びくっ、と一夜は仰け反った。

 ノアは俯いて泣いていた。

 まるで迷子の子供が親を見つけて安心したようなそんな安堵の涙だった。

 ノアは色々不安を背負っていたのだろう。

 喪った記憶。迷惑をかけているのかもしれないという思い。

 そして一夜が気絶してしまったことで溢れ出た『迷惑をかけている』という思い。

 相当苦しかった筈なのに涙を見せずに今まで一夜と居たのだろう。一夜に出ていくと言ったのだろう。

 それが幾らか払拭されて涙として出て行っているのだ。

 一夜は背中を擦ってやろうか、と考えるが決意が足りず、糸の切れた人形のように手が宙をさ迷う。

 布団に涙がポタポタと降る。

 ふああ、と力の抜ける声で泣く。

 ノアは目頭を手の甲で拭いながら言う。

「私も、居たい……ふあっ。あああ……」

 ノアには悪いが泣いているという事実に一夜は安堵していた。

 なぜなら、一夜と一緒に居ることがノアの『特別』だとわかったのだから。

 が、いつまでも泣かれると気まずくなる。

 一夜には泣いている女の子に欲情したり、無視したりする高等スキルは持っていないのだ。

(いや、正直に言えばちょっとだけあれだったけど!)

「そういえば、青空が見えるんじゃないかなあ!」

 ベッドの上に登りカーテンを開け放つ。

 空気を読んでくれよ! そう祈りながら空を見る。

 そこには望んだ通りの青空があった。

 陽光が入ってこない為、目に優しく青空が見れるのがポイントが高い。

「うわあ……」

 いつの間にか一夜の隣に居たノアが感嘆の声をあげる。

(いつの間にか、か……)

 一夜の隣にいつの間にか居たこの少女にはいつの間にか一夜の隣に居るのがふさわしいように感じて、微笑む。

 ノアは、涙を流したせいで頬を上気させ、嬉しそうに微笑んでいる。

「綺麗だね」

 と、ノアは呟く。

 一夜は清々しく笑ってこう答えた。

「ああ。そうだな」

 二人は日常の幸せを噛みしめ、他愛もないことを話しながら小さな窓から空を眺めていた。

 謎は沢山残っている。

 製造者、魔法を使う自動人形、世界を変えるという言葉の意味。

 そして、ノアの記憶。

 だけど。

 ノアが隣で笑顔で居てくれれば何とかなりそうな気がする。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ