パイ投げ
一〇メートル程吹き飛んだ自動人形はピクリとも動かない。
(勝った)
そう思った瞬間、緊張状態が解けて脱力した。
膝が勝手に折れてしまう。地面に手を着いて項垂れる。
身体がだるい。
発汗機能が怒り狂ったように汗が噴き出た。
熱で頬がとんでもなく熱い。
戦闘中には抑え込んでいた疑問が堰を切ったように溢れ出す。
想像以上に身体が動いたのはなんでだ?
力も上がった。
空間制御も進化していた。
今までの空間制御なら攻撃を逸らすことなんて絶対に出来なかったと思う。
そして、それを疑問に感じずに闘っていた自分自身に圧倒的な疑問が浮かび上がった。
どういうことだ?
「一夜っ!」
ノアの泣きそうな声が後ろから聞こえた。
疑問が一瞬、破裂する。
よかった。
一夜の頬が緩む。
そして、微笑んだまま意識が飛んだ。
ノアの声が聞こえた気がした。
◆◆◆◆◆◆◆
身体に重圧がかかったのを感じた。
(重い……)
ぼんやりとした意識の中でそう思い、重い瞼を開けた。
薄汚い天井が映る。視界の端々に映るモノからすると自分の部屋のようだった。
(俺は意識を失ってそれで……それでどうなったんだ?)
腹の辺りに再び重圧を感じる。
視線を向けると、そこにはノアが居た。
そこに生きて存在している……それだけでほっと安堵と吐息を吐きだし、
柔らかく閉じられている瞼から頬に伝っている涙の痕がくっきりと見えた。
涙はとうに蒸発し、塩が頬にこびり付いている。
「……ッ!」
『一夜っ!』そう泣き出しそうな声が再生させられる。
どれだけ心配してくれたのか。
それを考えると心が抉られたような気持ちになる。
会って間もない自分のためにここまで泣く必要なんてないじゃねえか。
何で会ったばかりの人の為に泣けるのだろう?
ノアの小さな唇が動く。
「いちや……」
とても心配そうな声を発した。
一夜は涙の痕を消してやりたい気持ちに駆られるが頬に手をやる勇気なんてなかった。
少し迷ってから比較的触りやすい頭に手をやった。
寝ても覚めても自分のことを心配してくれているどこまでも純心な少女に言う。
「俺は起きたから。もう心配しなくてもいいから」
一夜は自分でも意識しない内に微笑む。
「先輩……!」
地獄の底へと誘われるような声が聞こえた。
祠の声だ。
「伊沢波さん……?」
頭を上げる。
玄関に黒いオーラが取り巻いている気がする少女の姿があった。
頬が引き攣っている。
両手には買い物袋があった。
どう見積もっても二人分には多い量の食材が入っている。
一夜の大好きなお菓子に欠かせないパイ生地があった。
もしかして、一夜とノアの為に料理でも作ってくれるつもりだったのかもしれない。
祠は冷たい視線を一夜に投げかける。
「ふーん。先輩は泣き疲れと、看病疲れで寝ている女の子の頭をエロく撫でる性癖があったんですね?」
「何で確認口調?」
「最低ですね」
祠が一夜の疑問を無視して吐き捨てた。
「えー」
一夜が不満の声を洩らすと同時、ノアがぎゅっと布団越しに抱き締めてきた。
「おうっ!?」
びっくりして裏声を上げてしまう。
直後。
ゴッ! と、顔面にパイ生地を投げつけられた。