一縷の確固たる意志
「ふッ……!」
シャルが弾丸のように突っ込んで来た。
(見える……?)
シャルの挙動がクリアに見える。
その疑問を放置して眼前の空間に闇の膜を張り、水の膜から水泡を出すように闇を飛ばした。
シャルは球状になった闇をタイルを舐めれるように身を屈めて避けていく。
足元のタイルが次々と踏み砕かれていく。
膜は即座に槍と化して、シャルの足元を狙い打つ。
爪先に槍が突き刺さろうとした瞬間、シャルは跳んだ。
槍はタイルを串刺しにし、闇は霧のように散って消えた。
天井近くまで達していたシャルはナイフを恐るべき速度で振った。
シュン、と。
今まで聞いたことのない音が聞こえた。
小さく、それでいて威圧的な音。
一縷は迷うことなく槍を掌から生成。
槍を飛ばした。
何かが当たったが、それだけだった。
槍は速度こそ落ちたものの、そのまま飛んでいく。
恐らく空気を切り裂いて作った擬似的な斬撃だったのだろう。
シャルはやはり迷うことなくナイフを振り回す。
槍が細切れになった。
恐るべきことに少し身体が浮く。天井に頭がつきそうになる。
細切れになった槍はシャルの死角――脇腹にあったナイフに吸い寄せられた。
一縷はそれに気づき、眉を顰める。シャルは一縷に全神経を集中させているようでそれに気づいている様子はない。
どういうことだ? そう思いながらも攻撃の手は休めない。
槍五本。シャルを拘束する為の網。
それらを一瞬で作り上げ、銃弾さながらの速度で飛ばした。
コレなら行けるハズだ。
シャルはナイフを振り上げて、天井に突き刺し、身体を揺する。先に到達した槍を紙一重で避けた。槍が天井を突き抜ける。
次に行った槍の側面に蹴りを放った。
側面を蹴られた槍は横に向きを変え、シャルに向かって飛んできた槍を弾いた。
シャルはナイフを持っていない方の手で天井を強く押す。
天井に亀裂が走り、シャルは右斜めに落下を始める。残りの槍二本と網が天井を打ち壊して飛んで行った。
胸の辺りが痛む。
「何だお前? いきなり強くなってんじゃん。人間特有の愛する人が居ると強くなる理論かよ?」
着地したシャルが真面目な様子で一縷に問う。
一縷にだって分からないので無視する。
「お前、何者だよ? ホントに」
「お前こそ何者だ? その身体能力は人間のモノじゃない」
「テメエが言える義理かよ。訳わかんねえ黒いモンだしやがって。まあ、俺の身体能力が並外れてるのはカルマに造られた人形だからだな」
「カルマ……?」
どこかで聞いた名前だな、と思い過去の記憶を掘り下げる。思い当たった。
カルマ=モレクス。
世界最高の科学者。
「アルテミスの能力の解析でもしようって言うのか?」
シャルは面倒くさそうに首を振る。
「さあな。俺には関係ねえよ。人形だからな」
すっかり諦めたような口調に思わず一縷は言う。
「お前にお前の意志はないのか?」
対して、シャルはハッと鼻で笑う。
「意志? 俺は人形だぜ? 人間とは違う。テメエの意志なんて二の次になっちまう。そういうモノなんだ」
シャルはそう言うと、タイルを踏んだ。タイルが弾け飛ぶ。
一瞬で一縷の元へと辿り着いた。何かを諦めた瞳が一縷の心臓にぶつかる。
今までのシャルの挙動を思い返す。
決して折ることの出来ない思いが心の底から湧き上がった。
――コイツを縛る命令を今ここで打ち消してやる。