一夜の実力と自動人形の笑み
一つ聞くことを思い出して、一夜は自動人形に問う。
「テメエを造ったのは一体誰だ?」
自動人形はノアが捕らわれているアスファルトで造られたドームを見ながら、
「それよりも私をすぐに倒した方がいいと思いますけどね」
どうして? と疑問が湧いた所で、自動人形は何でもないように言った。
「窒息死しますよ?」
ピクッと顔面が強張ったのを感じる。
死……? 窒息、死?
意味が分からない。糸がグチャグチャ絡まったように思考がこんがらがり、解くのに苦労する。
自動人形は呑気な様子で帽子の鍔を弄っている。コレが人の死を告げる――人を殺そうとしている人の態度なのか?
ホントは殺そうとしてないんじゃないか? 疑問に思いつつ、アスファルトで造られた『ドーム』を見る。
所々、凹凸があり、煙草が張りついているのが見えた。
通気性は皆無のように見える。
ノアが苦しんでいる様子が暗い影として心を過ぎった。
『死』という言葉がようやく現実味を帯びて、一夜の心を突き刺す。汗が溢れ出した。
嘘かホントかなんて関係ない。速く助けないと。
出せ‼ と大声で怒鳴ろうとしたが、不意に口を噤んだ。
大声で怒鳴った瞬間、余裕が抜けて、自分が圧倒的に不利になるような気がしたのだ。
こういう場面において余裕がなくなることは死を意味する。だから、落ち着け。
そう心の中で思って自分を落ち着かせる。
一夜は小さく唇を動かした。
「今すぐ出せ」
触れた瞬間、電気が走りそうな張り詰めた声が静寂の駅前に流れる。
自動人形は、何を言ってるんですか? と、呆れた様子で言う。
「無理ですよ。当たり前でしょう? 私を壊すか、機能を停止させるかしかノアさんを助ける道はありま――」
一夜は自動人形の言葉を待たずに地面を蹴った。
もういい。
一夜は紙に火を点けたように、落ち着くという言葉を忘れた。
(助けねえと!)
一瞬、という表現通りに自動人形の眼前へと到達する。
右肘が右の脇腹へ突き進む。右膝は左の脇腹へ。
そのまま、押し潰そうとし、自動人形に受け止められた。
圧倒的な破壊力を秘めていた一夜の攻撃は、受け止めた自動人形の手首を折る。
感触が生々しく伝わってきた。
「おおおッ!」
構わず左拳を自動人形の頬に決めようとする。
風を切り裂く音すら聞こえない。
無音の拳は自動人形が後ろに仰け反ったことにより、空振りした。
あり得ない轟音が二人の間に流れる。アスファルトを舐めるように疾走した風はレストランのショーウィンドウを割った。作り物の食べ物が飛んでいく。
「ふッ!」
自動人形が短く息を吐き出して、拳を振るった。折れたのに? 湧き上がる疑問は一瞬で消失させる。考える時間などない。
ぶっ倒す。
拳を避けて、逆に自動人形の顔面に拳を振るう。
自動人形は首を振るが、頬に掠った。
頬の皮膚が切れる、前に続けざまに拳を突き出した。連撃。
自動人形は腕を交差させて、身を守ろうとする。
腕ごとへし折るように殴り続ける。
焦燥感が一夜の心を燻って余裕が削られていく。
拳が痛む。
ノアを救い出さないと。
ノアが死ぬ。
そんな強迫観念が一夜の心を蝕み、突き動かす。
両腕が交差している所を片手で掴む。
起死回生の一手。
そのまま、腕を引きずり下ろした。
帽子を深く被っている顔面が露わになる。
「な……!?」
自動人形の息を呑むような声が聞こえたが、構わず拳を握り締め――
「終わりですよ」
――自動人形は厭らしくと笑うのが見えた。
直後。
下から地面が拳となって一夜に襲いかかる。
視界の端で、螺子のように捻りを加えられた地面が襲いかかってくるのを捉えた。
頭上から熱を感じた。
下から襲いかかってきた攻撃を踏み潰す。隆起した地面が元の場所にめり込んだ。
真後ろに飛び退く。自動人形の拳が空を切る。
予想外に地面の攻撃は弱かったな、と心の片隅で思いながら頭上を見る。
「……ッ!?」
心が白紙になった。
太陽のように赤く、轟々と燃え盛る炎が弾丸のような速度で迫っていたのだ。
さっきまで居たレストランを飲み込む程にとてつもない大きさだ。
ヘタをすれば、ここら一帯が吹き飛んで大勢の人が死を自覚する間もなく死んでしまう。
「……!?」
地面を使った攻撃を無視してでもコレを止めないと、と一夜は判断する。
炎が降り注いだ。