自動人形は言われたままに実行する
「ノアさんもいらっしゃいますね~?」
繁華街中に響くその丁寧な口調で紡がれる言葉に、切断された一夜の思考回路は弾かれるように反応した。
――ノア?
一夜はノアと目配せした後、自動ドアが開くのももどかしく、外へ飛び出していく。
「あ! でてきましたね?」
と、裏路地からコチラを見る自動人形。真横には倒れている人。
帽子を深めに被り、その上に手を添えている。顔は見えない。
血のように真っ赤なブレザーを着ている。
(あれが、オート、マタ? 人、だよな……?)
人間特有の雰囲気ではないように感じる。
存在感が在りすぎる。
まるで、砂漠に水で作られた柱が立っているかのようだ。
『異質』そんな言葉がピタリと当てはまる。
さっきだって声よりも先に気配で裏路地に目が行った気がする。
「ノアさんを渡して頂きたく参上致しました」
言っている本人は鼻に指を突っ込んでいる。言動と行動が伴っていない。
(……ノアさんを渡して頂きたく? 何で名前を知ってる? 全部見られていたのか?)
一夜は思考を回転させる。
「お前、何でノアの名前を知ってるんだ?」
「インプットしたのは製造者なので。製造者が何らかの方法で知ったんじゃないでしょうか?」
インプット、と製造者、印象的な単語が二語。
この二つから連想されるモノはロボット――即ち機械だ。
だけど、人間以上に気配があるオートマタ(と、奴は言っていた)はロボットにはとても見えない。
「ロボット、じゃねえだろ?」
「いえ。自動人形というのは所謂ロボットです」
ごそっと鼻から埃を取り出し言う。
その所作に、諦めに似た感情が一夜の心に漫然と広まっていく。
メイドロボ、何てモノが売られている時代だ。コイツがロボットであってもおかしくはない。
「まあ、ノアさんや一夜さんの方に近いかもしれませんが」
どういう事だよ、と一夜が訊く前にノアが、訊いた。
「何で私を連れて行きたいの?」
「ご質問も製造者の方にお願いします。と。言いたい所ですが、お答え致しましょう」
スッと、極普通に足を踏み出した。
一夜とノアに近づく為に自動人形は前に歩く。
二歩。
三歩。
歩く速度が上がっていく。
――どうする!?
安全の保障もないまま、近づけさせるのか? でも、いや、もしかしたら――。
一夜の思考は空回りし、そして、自動人形はノアと一夜の眼前に迫っていた。
自動人形は迷える信者に救いを与える教祖様のようにノアに手を差し伸べて、こう言った。
「世界を変える為に、ですよ」
「世界を……って何?」
ノアはきょとん、とした表情で自動人形に目を向ける。
そこで一夜は、通行人の安否が気になった。ウエイトレスは無事だったが、ウエイトレスが特別だっただけかもしれない。
敏感に神経を尖らせ、通行人の脈拍を調べながら自動人形に視線をやった。脈はある。
「さあ? 晴天へと導くか、崩壊へと導くかは分かりません。ノアさんをお連れてしてから訊くつもりですが……」
そして、独り言のように緩やかに言った。
「素直に答えてくれますかね? あの人は」
訊くことが多すぎる、と一夜は思った。
あの人。世界を変える。ノア。自動人形の製造者(おそらくはあの人と同一人物)。何故、人が倒れているのか。何故、自分達だけが無事なのか。自動人形と俺達が近いという意味。
そして、今までの言動から自動人形はほとんど情報を持っていない。
「お前の製造者って誰だ?」
はい? と人間らしく、首を捻ってから笑顔を見せる。
「カルマ・モレクスですよ。世界最高の科学者だと言われてる人です」
自動人形はシャボン玉が割れるように唐突に動いた。
「一夜ッ!!」
ノアが叫ぶ。
普通の人間なら、自動人形がブレたように見えたかもしれない。
それ程の速度で、一夜の顔面を殴った。
一夜は瞳を瞑る事しかできず、人形のように吹き飛び、二十メートル後方のビルの玄関を突き破った。
静寂な繁華街にガラスの砕け散る音が響き、そして、
「ん? 避けれませんでした?」
予想外だ、とでも言いたげな様子で自動人形は首を傾げた。
そして、右側に居たノアを満足げに見て言った。
「でも、ノアさんは流石ですね」
ノアは顔を青ざめさせ、呼吸が震えている。自動人形の声など届いていない。
「いち、や……」
声が震える。
ノアは自分の声が発火材料となり、感情が火に油を撒き散らしたように爆発した。
「一夜ッ!! 一夜ぁッ!」
今の一撃は普通の人間なら即死レベル。
隣りに居る自動人形など忘れ去っていた。
心が真っ暗に塗り潰されていくのを感じる。
「んな、泣きそうな声だすなよ。なんか悲しくなるだろうが」
小さな声が空気を伝ってノアの耳を打つ。
真っ暗な心を晴らすように玄関から無傷で一夜が出て来た。
服はボロボロになっているが、どうやら無事らしい。
「一夜っ!」
ノアは安堵で涙目になりながら、一夜に走り寄ろうとし、
「避けろ!」
一夜は叫んだ。
ノアの足元にあるアスファルトが軟体生物のようにグニャリと動いて見せたのだ。
「え?」
ノアは『一夜が大声を上げた為』立ち止まってしまった。
その足元からアスファルトがムチのように柔軟性と速度を見せて、ノアを何かのオブジェのように縛り上げた。
「あ……っ!?」
更に、ノアの周囲のアスファルトはやはり、軟体生物じみた動きで素早く小さなドームを作っていく。
「ッ!」
短く息を吐いて、ノアの元へと走り出す。
一夜の場所から、ノアまで目測で二十メートル。
一夜なら十分の一秒もかからない。
そこで、一夜の心に唐突に疑問が湧き上がった。
どうやってノアを助ける?
アスファルトを壊すのは簡単だ。けどそれをしたらノアの身体も傷つく。そもそもコレを操ってるのは……っ!
視線のみを自動人形へやる。
自動人形はコチラを眺めていた。
唇が何回か動く。風切り音で聞こえなかったが、直感的に感じ取った。
魔法……! それ以外こんな異常現象は考えられない。遅蒔きながら思う。
ノアの顔がアスファルトで隠されて、一夜は走る速度を緩める。ノアと倒れている人達を助ける方法は一つ――
「一夜っ! 私――」
ノアが全てを伝え切る前にアスファルトで外界から隔絶され、一夜の掌がアスファルトに付いた。
――自動人形をぶっ飛ばし、魔法を解かせること。
それを裏付けるように自動人形が笑みを湛えて言った。
「私と戦って勝てれば大人しく引き下がりますよ?」
背中から汗が滲み出る。
こんなふざけた異常現象を引き起こせる奴に勝てるのか?
暗雲のような疑問が心の内を取り巻く。
だけど、
コレしか解決方法がねえって言うんなら……。
一夜の周りの空間が心に呼応するかのように歪む。
「やるしかねえよな」
感情を外に出さないように不敵に笑って言った。