憂鬱な曇天と小さな太陽
一夜とノアは駅前のファミレスに向かう為に人混みの中へと身を投じた訳だが、繁華街はノアにとって、凄く好奇心を刺激される場所らしい。
「はあ……」
一夜は溜め息と共に電器店のアーケードに飾られているテレビに、かじりついているノアをげんなりした目で見る。
曇天の空の中、唯一の太陽ですと主張しているかのような好奇心溢れる瞳でテレビを見ていた。
無表情のまま、ノアからテレビに視線を移すと去年に友達と見に行った『運命の約束』と言う映画が流れていた。
大ざっぱにあらすじを説明すると、前世から様々な苦難があり結びつかなかった二人が現世で、やはり様々な苦難を乗り越えて距離を詰めていくという、よくある恋愛映画である。
男友達と見に行く映画では絶対ない。
お話はハッピーエンドだった。
要するに二人は結ばれたのだ。
ふわり、と羽根が無意識の海から抜け出した直後、ガラスを割ったかのように弾けた。
ガラスは飴細工を熱したように溶けて消える。
脳裏に浮かんだのは『思い出せ』。
ハッ、と一夜の意識が急に戻った。
いつの間に意識が飛んだのか、羽根は幻覚だったのか、脳裏に浮かんだ映像だったのか、それとも別の何かなのかさえ判然としない。
ただ。
真っ白の布に醤油を垂らしたように、心に『思い出せ』という言葉が染み込んでいくのを感じる。
「思い出せ」
思い出せ、思い出せ、そう繰り返して呟いてみたが、一向に思い出せない。
そもそも何を『思い出せ』と言うのか。
何気なく視線をノアに移す。
ノアはテレビの前で「へー」とか「ふーん」とか言っている。
と、
一夜の視線の端に物凄くノアを見ている店員さんが居た。
テレビへの執着に少し引いているのかもしれない。
とりあえず一夜はノアの肩を押して歩いていく。
テレビに後ろ髪を引かれているかのように一度後ろを振り返る。
「サッサとファミレス行くぞ。ノアだって腹減ってんだろ。あんなに腹鳴らして」
「ねえ」
ノアはテレビへの未練は断ち切ったのか、純粋な疑問の声を載せて言う。
「約束ってどういう意味?」
「……。お前の知識ってホントどうなってんの?」
「記憶喪失の弊害かも」
「約束は知らないくせに『弊害』を知ってるってのも変な話しだな」
「あと何で空って灰色なの?」
「あー。最悪な色だな。まあ、曇ってるからなあー。曇ってないと空はすげえ綺麗な青なんだぞ」
「へえー。見てみたいなあ。いつ見れるかな?」
「気象予報士だから分かんねえけど、明日辺りには晴れるんじゃねえの?」
「明日、かあ……楽しみ」
「ああー! 止めてその笑顔! 明日も曇ってたら罪悪感で死ねまする!」
「一緒に空見ようね〜」
あーもう止めてー! と耳を塞ぐが、次の瞬間、何かに気づいたように耳を塞ぐ動作を止めて、
「そうそう、それが約束ってヤツだよ。一緒に空見ようとかさ。一緒に映画見ようとか」
「じゃあ約束だね」
この憂鬱な曇天を晴らすかのような笑顔だった。