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世界を廻すモノ  作者: 青空白雲
日常の破損
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神無一夜の一日は後輩に踏みつけられ、始まる

 機械の駆動音が身体に染み込んでいく。

 大木程もある巨大な円筒形のコンピュータ――魔力制御装置が動いている音だ。

 円筒形のコンピュータに半ば無理やり埋め込まれたガラスの中に少女が浮かんでいた。

 ガラスの中は水のように透明で、少し粘り気のある液体で満たされていた。

 少年が命を賭けてでも助けたかった少女。その姿を見た瞬間、俯いてしまう。

 噛み締めた唇からは血が流れていた。

 滴り落ちた血は床に弾けた。

 少女は困ったように眉根を寄せる。

 少女の小さな唇が少年を元気づける為に動く。

 それは液体に邪魔されて伝わらない、少年の表情も読み取れない。

 少女の顔が悲痛に歪んだ。


 少年はそんな少女の顔を見ていなかった。

 うなだれたまま動かない。

 本当に少女の為を思うなら顔を上げろ。

 そう思うのに動けない。

 少女がどんな顔をしているのか、それを思うと動けなかった。

 掌からぬめりとした気味の悪い汗が滲み出る。

 ……怖い。

 何を言うべきなのかも分からない。

 だけど。

 このままで済ましていい筈がない。

 勇気を限界まで絞り取る。

 少年は魔王でも見るかのように決死の覚悟で顔を上げる。

 視線を恐る恐る、少女に動かす。

 ようやく見た少女の表情は、液体に誤魔化されて分からなかった。

 無理やりに微笑んでいるのか、泣いているのか。

「…………ごめん……」

 少年は深く低く呟く。

 液体が空気の震えを弾き返す。

 声さえも、届かない。

 それだけの事実に、涙が零れ落ちそうになった。

 それから、一言だけ、絶対に叶わない約束をした。



 ぐにゅ、と顔面に重圧を感じて神無一夜(かみなしいちや)は目を覚ました。

 顔面に足がある事にすぐ気づいた一夜は足を手で払う。

 夢を見ていたような気もするが――完璧に忘れてしまった。

「あ、先輩起きちゃたんですか」

 心底残念そうに言う少女の名前は伊沢波祠(いざなみほこら)。一夜の後輩である。

 スラッとした肢体に見る者を魅了する美貌の持ち主だが、いかんせん性格が悪い。

 今も先輩への尊敬の念も忘れて、顔面を踏みにじり笑っていたに違いない。

「ったく……テメエは毎回毎回、よく飽きねえな」

「まあ、私の趣味の一つですから。先輩を起こしに来るのも、それが理由にありますし」

 にこりともしないで言う祠に『冗談』という文字は見えない。

 思わず軽い目眩が起こる。

「矯正は不可能、か。まあいいや。パンでも焼いてくんねえ? 俺は目玉焼きでも作るからさ。勿論、ベーコンをありで。お前は無しな」

 トースターと漫画が数冊載っている卓袱台を指差して一夜は木製の簡易ベッドから立ち上がる。

 祠が朝に起こしに来る理由のもう一つの理由は朝食である。

 親は隣りの地区であるロト地区に溢れているストリートチルドレンを保護する為に奔走しているらしく、祠は一夜の隣りの部屋に長い間、一人で暮らしているのだ。

 そろそろ帰って来るんですよ、と笑顔で言った後輩と、

 朝って何もやる気が起きないじゃないですか、と言って我が物顔で部屋に侵入してきた後輩を思い返す。

 立ち上がった一夜は木製ベッドの縁に足を載せ――地震が起こった断層のように縁が真っ二つに割れた。

 わっ! と足場が崩壊した為、体制を崩し顔面が床と激突する。

 縁は百七十センチ、六十キロの一夜を支えきれなかったのだ。

「いっ、つあ……!?」

 祠が、食パンをトースターに差し込んだ音がする。

 顔面をさすりながら起き上がる。

「先輩、何バカな事やってるんです?」

 何の心配もしてくれない後輩からの非情な言葉。

「……」

「あ、先輩トースター壊れてますよ」

 祠は一夜を見て言う。

「……はあ」

 一夜は溜め息とも返答ともつかぬ声を出した。

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