小さな神様
「パンクさん、パンクさん」
子供がそう言って小さな祠で祈りを捧げる。
「私の願いを叶えてください」
すると願いに応えて神様が現れた。
「パンクさんって……その名前で呼ぶのやめてよ」
あまりにも小さな神様だ。
何せ、子供の手のひらの大きさほどしかない。
「私は日本の神様なんだから。ちゃんと日本の言葉で呼んでほしい」
ぶつくさと言う神様を無視して子供は祈りを捧げる。
捧げ続ける。
それを見て神様は小さなため息をついた。
「この子にも見えないか」
実のところ、この小さな神様を認識できる人間は多くない。
いや、神様の記憶が正しければもう五十年近くいないかもしれない。
なにせ、神様よりよっぽど目を引くものが存在する令和の世の中だ。
こんな小さな祠が取り潰しになっていないことが奇跡と言っても良いかもしれない。
「まったく」
おまけにこの神様は悪い神様だった。
人を不幸にするのが大好きな神様なのだ。
昔から数えきれないほどの人間を不幸にしてきた。
だが、実のところそんな生活にも飽き飽きしてきてもいる。
より正確に言うならば、都合の良い時だけ自分を思い出すような人間たちを見限りたいと思っているのだ。
しかし、それでも。
「まぁ、祈られた以上は相手を不幸にしてやるけどさっ」
聞こえもしないのに神様はそう言って子供の祈りをじっと見つめる。
「ふむふむ。つまり、君は虐められたのね。いや、虐められたっていうほど大げさなものだとも思っていないのか。どっちかと言えば喧嘩の行き違いって思っているんだね。なるほどなるほど……」
小さな神様はぶつくさと呟き続けていた。
本気で人を不幸にしたいのならともかく、こんな程度の内容なら相手を不幸にしたらこの子自身が病むというものだ。
そして、こんな小さな祠に祈りを捧げる者達は例外なく子供だ。
「まったく」
パンクさんと呼ばれるようになった遥か昔の出来事を思い出しながら神様は呟いた。
「こんなことになるんなら何にもしなけりゃ良かったよ」
そう思っても後の祭りだ。
*
「あれ。自転車がパンクしている」
お母さんと一緒に買い物に来ていた子供が呟いた。
ぺしゃんこのタイヤはほんの十数分前までは確かにしっかりと空気が入っていたのに――。
「ねえ」
お母さんは少し考えた後に言った。
「あなた。誰かと喧嘩しているの?」
「うっ……」
お母さんの言葉に子供は口ごもる。
実のところ昨日の放課後に喧嘩になって友達を殴ってしまっていたのだ。
お母さんはお母さんだ。
だから子供の反応を見ればすぐに悟る。
「早く仲直りしなさい。これ以上パンクさんに祈られない内に――」
「けど、あいつだって悪いんだよ!」
「本当にそうならパンクさんは自転車のタイヤをパンクさせないわよ」
ぴしゃりと言われて子供は何も言えなくなってしまった。
神様に誰かの不幸を祈るなんて罰当たりだ。
だけど、それでもパンクさんと呼ばれる小さな神様は誰よりもしっかりと話を聞いて、だからこそ必要な時に罰を与えるというのをこの町に住む皆が知っている。
もしかしたら、このお母さんだってパンクさんに罰を与えられたこともあるかもしれない。
「……わかったよ」
渋々と頷きながら、その子供は仲直りのきっかけが出来たことを少しだけ喜んでいた。
だけど、あんまりにも少しだけだったから、どうやら今は気づいていないみたいだった――。




