第一章 第十部 太極の淵、燃え尽きる命の極星
絶望の底で、人は何を叫ぶのか。
神話の時代から続く重い扉をこじ開け、世界の深淵を覗き込んだ時、泥から生まれた短命な種族は、自らの矮小さを知る。数万年を生きるバケモンたちから見れば、人間の歴史など瞬きにも等しい。
だが、その「瞬き」の間に放たれる閃光の眩しさを、彼らは知らない。
血の繋がりを持たないからこそ、赤の他人の熱に当てられ、種族の壁すら越えて巨大な炎の渦となる。それは、長命種が冷たい鳥籠の中で決して得ることのできなかった「変化」の力である。
崑崙山脈の最深部、『地竜の顎』。
天を突く黒々とした岩肌が左右から迫り出し、大地がパックリと裂けたその巨大な峡谷の入り口には、山そのものをくり抜いて造られた途方もない厚さの『鋼鉄の大門』がそびえ立っていた。
神話の時代より地下に潜り、地上の争いを黙殺し続けてきた頑健なる種族——ドワーフ帝国の国境である。
「……こいつは傑作だ。エルフの結界の次は、ドワーフの鉄扉かよ。世界を救いに行くってのに、どいつもこいつも鍵をかけやがって」
燕が二振りの湾刀(ククリ刀)を肩に担ぎ、見上げるような巨大な鋼の扉を前にして悪態をついた。
「俺がブチ破ってやる! どけ、黎!」
剛が六十斤の鉄棍棒を構え、腕の筋肉を丸太のように膨張させる。彼に呼応するように、従軍している狼牙族の牙狼をはじめとする亜人の戦士たちも、一斉に武器を構えて唸り声を上げた。
三百名の『泥の連合軍』から放たれる殺気と熱量が、冷たい峡谷の空気をビリビリと震わせる。
「待て。剛、牙狼。武器を下ろせ」
部隊の先頭に立つ黎が、静かに右手を上げて全軍を制止した。
黎は馬から降りると、たった一人で巨大な鋼の大門へと歩み寄り、その冷たい表面に、瘴気の巨猿との戦いで異変を遂げた右手をペタリと押し当てた。
「俺は黄土の街の特別遠征軍隊長、黎だ。門の向こうにいるドワーフの戦士たちよ、聞こえるか」
黎が丹田から『陽』の気を練り上げ、鋼鉄の大門へと流し込む。金属と人間の気は極めて親和性が高い。黎の放った振動は、数メートルの厚さを持つ鋼鉄の分子を震わせ、大門の向こう側にいるドワーフの衛兵たち、そして地下帝国の王の鼓膜へと直接語りかけた。
『……我らは泥の末裔。エルフの銀霊樹の核を預かり、これより泥濘の王の元凶を討つために太極の淵へと向かう。道を開けろ。地上を捨てた貴方たちと争うつもりはない。だが、開けないというのなら——』
黎の右腕に刻まれた赤黒い紋様が、銀色の魔力光を帯びて激しく脈打つ。
『俺の命と、三百の熱を全てこの門に叩きつけ、ドワーフの歴史ごと溶かして通る』
静寂。
峡谷に風の音だけが響く中、燕が冷や汗を流して黎の背中を見つめていた。
(おいおい……エルフの長老に啖呵を切った時より、さらに凄みが増してやがる。あいつの気、もう人間の器に収まりきってねェぞ……!)
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!
突如、大地を揺るがす地鳴りと共に、絶対に開かないはずの鋼鉄の大門が、中央からゆっくりと左右に引き開かれ始めた。
門の隙間から漏れ出した地下の熱風と共に、重武装に身を包んだ百名を超えるドワーフの重装歩兵が現れ、その中心から、地を這うような野太い声が響いた。
「……エルフの長老会議を黙らせたという『泥の若造』の噂、我らの地底にまで届いておったわ」
見上げるほど巨大な戦鎚を担いだ、赤銅色の髭を持つドワーフの王が、黎をギロリと睨み下ろした。
「貴様の気に混じる、神木とエルフの魔力の匂い。そして、その異常なまでの生存の熱量……ハッ、確かにただの泥ではなさそうだ。通れ、人間。そして亜人の戦士たちよ」
「……感謝する、地下の王よ」
黎が静かに頭を下げる。
「感謝など無用だ。我らはただ、泥濘の王の瘴気がこの地下帝国にまで浸透し始めていることに頭を悩ませておっただけのこと。貴様らが勝手に死地に赴き、神話のバケモンの掃除をしてくれるというのなら、道を貸す程度はしてやろう。……だが、王の本体の眠る『太極の淵』は、もはや生物が立っていられる場所ではないぞ」
「わかっている。行くぞ、全軍!!」
黎の号令と共に、泥の連合軍はドワーフ帝国が切り拓いた地下の直通通路を抜け、ついに世界の深淵へと足を踏み入れた。
地下通路を抜けた先。
彼らの眼前に広がったのは、言葉を失うほどの、文字通りの『地獄』であった。
「な……なんだよ、あれは……!」
剛が棍棒を取り落としそうになり、燕が息を呑む。亜人の戦士たちでさえ、本能的な恐怖に全身の毛を逆立て、一歩も前に進めなくなっていた。
そこは、崑崙山脈の地下に広がる、天と地が逆転したかのような巨大な空洞だった。
空洞の中心には、泥と瘴気、そしてマグマがドロドロに混ざり合った、巨大な『混沌の渦』がうねりを上げている。まさに、神話の時代に女神・女媧が万物を混ぜ合わせた原初の泥の坩堝。
その渦の中心。
圧倒的な死の瘴気が噴き出す火口の真上に、ただ一つ、不自然なほどに美しく、しかし痛々しくひび割れた『巨大な氷の蓮』が浮遊し、蓋をするように瘴気を抑え込んでいた。
「あれは……凛様の結界!」
黎は瞬時に理解した。あの日、エルフの森を飛び出した白銀の巫女が、たった一人で自らの命を削りながら、この泥濘の王の本体を封じ込め続けていたのだ。
だが、その氷の結界は、すでに限界を迎えていた。
結界の下、混沌の渦の中から、先日の瘴面鬼や巨猿などとは比較にならない、山脈そのものが生きているかのような『八つの首を持つ泥の龍』——泥濘の王の巨大な分身が、氷の蓮を下から激しく打ち据えていたのだ。
ドゴォォォォォンッ!!
龍の頭が氷の底に激突するたびに、結界に巨大な亀裂が走り、中から澄んだ銀色の魔力が血のように漏れ出している。
「凛ッ!!」
黎は全軍に待機を命じる間もなく、自らの丹田から爆発的な『陽』の気を噴出させ、地を蹴った。
(間に合え……! 頼む、間に合ってくれ!!)
燕の風の気による支援を待つことすらもどかしい。黎は単独で、宙に浮く氷の結界を目指して、崩れゆく黒曜石の足場を跳躍していく。
「バカ野郎、一人で突っ込むな黎!! 全軍、隊長に続けェッ!!」
燕が絶叫し、剛が咆哮を上げて地を蹴る。牙狼率いる亜人の戦士たちも、恐怖を振り切って黎の背中を追い、太極の淵へと雪崩れ込んだ。
黎が氷の結界の縁に飛び乗った瞬間、結界の中央で跪いている一つの影が見えた。
白銀の長髪は煤と血で汚れ、かつて黎と背中を合わせた時に纏っていた蒼い羽衣は、ボロボロに引き裂かれている。
長命種の巫女・凛。
彼女は両手を結界の床に押し当て、口から鮮血——青白い魔力の血を吐き出しながら、絶望的な孤独の中で一人、神話のバケモンを抑え込み続けていた。
「ハァッ……ハァッ……もう、魔力が……」
凛の翡翠の瞳から光が失われかけ、彼女の体が限界を超えて横に倒れそうになった、その時。
「——一人で背負い込むな、大バカ野郎ッ!!」
怒声と共に、泥にまみれた力強い腕が、倒れゆく凛の肩をガシッと抱きとめた。
「……え?」
凛は、薄れゆく意識の中で、その信じられない熱量と、泥臭い匂いを感じ取ってゆっくりと目を開けた。
「遅くなってすまない。黄土の街を片付けて、エルフの森の頑固ジジイたちを説得するのに、三年もかかっちまった」
黎が、血と泥に塗れた顔で、しかしあの時の森の沼地と全く同じ、真っ直ぐで力強い瞳で凛を見つめていた。
「あなたは……あの時の、泥の子……? なぜ、人間がここに……。ここは、あなたたちの寿命で来ていい場所じゃない……」
凛が震える手を伸ばし、黎の頬に触れる。その指先は、氷のように冷たかった。
「短い命だからこそ、誰よりも速くここまで来れたんだ。それに、俺は一人じゃない」
黎が背後を顎でしゃくると、氷の結界の縁に、燕、剛、春華、そして亜人の戦士たちが次々と着地し、武器を構えて泥の龍を睨み下ろしていた。
「隊長が惚れた女一人助けられねェで、何が泥の部隊だ!」
燕が二振りの湾刀を打ち鳴らし、剛が「おうよ!」と雄叫びを上げる。
春華はすぐさま凛の傍らに駆け寄り、黎の背中から柔らかな『治癒の気』を凛へと流し込み始めた。人間の陽の気が、凛の凍てついた経脈を優しく温めていく。
「あなたたち……」
凛の瞳から、数百年もの間流したことのなかった、大粒の涙が溢れ落ちた。孤高の巫女が、初めて他者の熱に触れて心を震わせた瞬間だった。
だが、感動の再会を祝う時間は、彼らには一秒たりとも残されていなかった。
ピキィィィィンッ……!! パリィィンッ!!!
足元の氷の蓮が、ついに限界を迎えて完全に粉砕された。
結界が破られ、抑え込まれていた絶対的な死の瘴気が、火山の大噴火のように空洞全体へと吹き荒れる。
「グオオォォォォォォォォォッ!!!」
解放された八つの首を持つ泥の龍——泥濘の王の強大な分身体が、歓喜の咆哮を上げながら、黎たちを丸呑みにせんと巨大な顎を開いて襲いかかってきた。
「総員、円陣を組め!! 泥の王に、俺たち人間の……泥の末裔の意地を見せつけてやれ!!」
黎が凛を抱き抱えたまま立ち上がり、右手で黒剣を抜き放つ。
赤黒い陽の気と、凛から流れ込む純白の陰の魔力。
二つの極星が、世界の底で再び交わり、第一世代の全てを懸けた、狂気と熱狂の最終決戦が今、その幕を開けた。
ピキィィィィンッ……!! パリィィンッ!!!
崑崙山脈の地下深奥、『太極の淵』。
エルフの巫女・凛が自らの命を削って維持していた巨大な氷の蓮(結界)が、ついに限界を迎え、粉々に砕け散った。
抑え込まれていた絶対的な死の瘴気が、火山の噴火のように空洞全体へと吹き荒れる。
「グオオォォォォォォォォォッ!!!」
解放された八つの首を持つ泥の龍——泥濘の王の強大な分身体が、歓喜の咆哮を上げながら、結界の残骸ごと黎たちを丸呑みにせんと巨大な顎を開いて襲いかかってきた。
「総員、円陣を組め!! 泥の王に、俺たち人間の……泥の末裔の意地を見せつけてやれ!!」
黎は、気を失いかけている凛を左腕でしっかりと抱きかかえたまま立ち上がり、右手で気鍛の黒剣を抜き放った。
「応ォォォッ!!」
黎の号令に、剛、燕、春華、そして牙狼率いる亜人たちを含む『泥の連合軍』三百名が、一糸乱れぬ動きで黎と凛を護る強固な円陣を構築する。
「来やがるぜ! 首が八つもあるなら、俺の風で全部ミンチにしてやる!」
燕が双剣に極限の『軽気』を纏わせ、迫り来る一番右の龍の首に向かって旋風の斬撃を放つ。
「俺たちの牙も舐めるなよ! 行くぞ野郎ども、泥のバケモンに獣の戦い方を教えてやれ!」
牙狼が大斧を振りかざし、虎人や土鬼の戦士たちと共に、左から迫る別の首へと跳躍して肉薄した。
ガァァンッ!! ズガガガガッ!!
泥の龍の巨体と、連合軍の決死の攻撃が激突する。
燕の風の刃が龍の泥鱗を削り、剛の六十斤の鉄棍棒が牙をへし折る。亜人たちの野性味あふれる猛攻が、龍の動きをわずかに鈍らせた。
だが、相手は神話の欠片。斬っても殴っても、足元の瘴気の海から無限に泥を吸い上げ、瞬く間に傷を再生していく。
「チィッ! こいつ、東の森の地下でやった肉塊より遥かにタフだぞ!」
剛が棍棒を構え直し、荒い息を吐く。
「……当然だ。あれは、王の瘴気がこの大陸の地脈と結びついて実体化した、強大な分身体。ただの物理攻撃や、並の魔力では決して核を砕けない……」
黎の左腕の中で、凛が力なく呟いた。彼女の翡翠の瞳は、数年に及ぶ孤独な封印作業によってひどく消耗し、諦めの色が濃く滲んでいた。
「黎……人間よ。私を置いて逃げなさい。私の残った全ての命を魔力に変換して自爆すれば、この分身体と、王が這い出る穴を数十年は塞げる。あなたたちの短い寿命なら、それで十分やり過ごせるはずよ」
凛は悲しげに微笑み、自らの胸に手を当てて最後にして最大の氷結魔法を詠唱しようとした。
だが。
「……ふざけるな」
黎は、凛の詠唱を遮るように、彼女の冷たい体を強く抱き寄せた。
「俺は、お前と一緒に王を倒すために、三年かけて黄土の街をまとめ、エルフの森の結界をこじ開け、ドワーフの扉を叩き割ってきたんだ。お前一人が自己犠牲で格好をつけて、泥の底に沈むなんて絶対に許さない」
黎の言葉は、エルフの長老たちのような高尚なものではなかった。泥臭く、不器用で、しかし圧倒的な『熱量』を帯びていた。
黎の右腕——エルフの聖域で銀霊樹の核を掴み、魔力と気が融合したその腕から、赤黒い『陽の気』が爆発的に噴き出し、凛の凍てついた経脈へと流れ込んでいく。
「な……! 私の魔力回路に、人間の気が……反発しない!?」
凛が目を見開く。
相反するはずの二つのエネルギー。しかし、彼女の『陰』と黎の『陽』は、まるで元から一つであったかのように、黎の丹田と凛の心臓を繋ぐ強固な循環の輪——『太極』を作り上げていたのだ。
「俺の火を全部お前に貸す。だから、お前の氷で俺の剣を研ぎ澄ませてくれ、凛!」
黎が叫び、黒剣を天へと掲げた。
「……本当に、無茶苦茶な泥の子ね」
凛の頬に、初めて命の血色が戻った。彼女の瞳から絶望が消え、代わりに、人間から受け取った激しい『闘志』の火が灯る。
凛が黎の黒剣の刀身に、そっと白い手を添えた。
「——万象の冷気よ。この燃え盛る泥の剣に、白銀の絶対零度を授けよ」
瞬間。
黎の黒剣から放たれていた赤黒い炎のような気が、凛の純度の高い魔力と完全に融合し、白と黒が螺旋を描く『極光の刃』へと昇華した。
その異常なまでのエネルギー密度に、泥の龍の八つの首が一斉に動きを止め、本能的な恐怖に震えた。
「燕、剛、牙狼!! 俺が道をこじ開ける! お前たちは龍の足止めをしろ!!」
黎の号令が飛ぶ。
「任せとけ、俺たちの隊長殿!!」
「行くぞ野郎ども! 隊長を信じて死ぬ気で足を踏ん張れェ!」
剛と牙狼の咆哮と共に、三百の連合軍が陣形を広げ、龍の八つの首に向かって一斉に特攻を仕掛ける。彼らの放つ気が、龍の動きを一瞬だけ完全に鎖のように縫い留めた。
「今よ、黎!!」
凛が黎の背中に手を当て、魔力のブーストをかける。
「おおおおぉぉぉォォッ!!!」
黎が地を蹴った。
『極光の刃』を両手で上段に構え、真っ向から迫り来る泥の龍の最も巨大な中央の首——そこに隠された巨大な瘴気の核を目指して、砲弾のように飛翔する。
龍が黎を噛み砕かんと巨大な口を開き、死のブレスを吐き出そうとした。
だが、黎と凛の『太極』の刃は、ブレスごと龍の巨体を脳天から真っ二つに切り裂いた。
「陰陽双連……極光・天地両断ッ!!!」
ズバァァァァァァァァンッ!!!!
世界が、白と黒の閃光に染まった。
黎の放った絶対的な一撃は、分身体の核を完全に粉砕し、さらにその下、泥濘の王の本体が蠢く火口の奥底にまで達する巨大な『気功と魔力の十字傷』を刻み込んだ。
「グ、ギィィ、ギャアァァァァァァァァッ……!!」
泥の龍が断末魔の絶叫を上げ、その巨体が内側から凍りつき、直後に超高熱によってガラスのように砕け散った。
さらに、火口の底に封じられていた『王の本体』すらも、この一撃に深い痛手を負い、凄まじい地鳴りと共にさらに深い地底の奥底へと身を潜めていったのだ。
太極の淵に、信じられないほどの静寂が戻った。
「や、やった……! 倒したぞォォッ!!」
剛が血だらけの顔で快哉を叫び、燕が膝から崩れ落ちて荒い息を吐く。
亜人の戦士たちも、人間たちと抱き合って互いの生存を喜び、雄叫びを上げていた。種族の壁は、この死線を共に越えたことで完全に崩れ去っていた。
黎は黒剣を鞘に収め、荒い息を吐きながら振り返った。
すぐ後ろで、凛が信じられないものを見るような目で、黎と、歓喜に沸く泥の連合軍を見つめていた。
「……信じられない。人間の短い寿命と気功だけで、神話の分身体を砕き、王の本体を深い眠りへと押し戻すなんて……」
「俺一人の力じゃないさ。三百の仲間の熱と、お前がくれた魔力のおかげだ」
黎は泥だらけの手を伸ばし、凛の白い手を取って彼女を立たせた。
「俺たちの勝ちは、まだ『第一歩』だ。王の本体を完全に滅ぼしたわけじゃない。いずれまた、奴は必ず地上を飲み込もうと這い上がってくる」
黎は、地底の奥深くへと続く暗黒の淵を見下ろし、静かに、しかし燃えるような声で言った。
「だからこそ、俺たちはここから始めるんだ。黄土の街に戻り、連合軍をさらにデカくする。エルフも、ドワーフも、大陸中の全ての種族を巻き込んで、泥濘の王を完全に討つための『歴史』を、俺たちの手で作る」
黎が凛の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「お前も来い、凛。冷たい氷の中で一人で世界を背負うのは、今日で終わりだ。これからは、俺の泥臭い熱に巻き込まれてもらうぞ」
凛は、黎のその真っ直ぐすぎる言葉に、ふっと吹き出すように笑った。
それは、白銀の巫女が数百年の人生で初めて見せた、年相応の少女のような、暖かく美しい笑顔だった。
「……ええ。あなたのその異常な熱に当てられたら、もう冷たい森には戻れないわ。地獄の底まで、あなたの泥に付き合うと約束する」
二人の手が、硬く握り合わされた。
地下空洞の天井の隙間から、一筋の陽光が差し込み、黎と凛、そして泥の連合軍を暖かく照らし出した。
こうして、若き英雄・黎の、一つの大きな戦いは幕を閉じた。
黎の魂の熱は、これから何十年も続く彼の戦いの生涯を経て、やがて次の世代へと確かに受け継がれていくことになる。




