4.ピンチにヒーロー
念のため一日休んで、土日を挟んで月曜日から学校に行った。
休んでいるあいだ桂からは何度も連絡が来ていたから、そのたびに喜びを噛みしめてしまった。桂は結構心配性で、そんなところも好きだ。
またご飯を作りに行こうかと提案されたけど、すごく心惹かれる提案だったけど、もう元気なのに家に呼んだら反則だろう。
代わりにというか、久しぶりにツイスタグラムへ写真を投稿してみた。腹チラで、元気だよって証明だ。桂が見てるのかわかんないけど。
なんだか久しぶりな気のする学校について教室へ入ると、クラスの男子生徒が僕の方をチラチラと見てきた。普段の存在感が空気なので、それだけでちょっと違和感がある。金曜休んでたからか?
そのあとはやり忘れた宿題や移動教室で忙しくて、朝の違和感も忘れてしまっていた。だから四限の終了を告げるチャイムが鳴ったとき、僕はいつも通り鞄を抱えて多目的室へ向かおうとした。
だが、僕が昼休みに消えようが全く気にしていなかったはずのクラスメイトは今日、なぜか僕の前に立ちはだかった。
「みくるべく~ん、このアカウント、知ってる?」
「……え?」
「いやなんか長野がさぁ、これ三廻部に似てね? って言いだしたんだよ」
長野の肩に腕を置いた山梨が、僕に向かって長野のスマホの画面を見せてくる。あの日のデジャヴのように、そこにはジーナのアカウントが表示されていた。
さあっと、顔から血の気が引く。
「し、知らない」
「そうだよなぁ、三廻部がキショイ女装して投稿なんてするわけないよなぁ。でもなーんか体の線が似てる気がしてくるっつーかさ」
「なあ三廻部、ちょっと腹か鎖骨見せてくれよ。写真でわかるのそこだけなんだよねー」
「い、いやだ……」
二人が僕を挟むようにして迫ってくる。どうすればいいんだろう。振り向く勇気もないけれど、教室中の視線が僕に刺さっている気がする。
「まじでこれ三廻部だったらヤバくね? 裏アカってやつじゃん。フォロワー数何気に多いしさぁ……地味モブくんに衝撃の裏の顔! あははウケる~」
「おい渋るなよ。違うなら見せられるだろ? 男の体なんて俺らだって見る趣味ねーっつーの!」
あとずさるも、机が僕を阻む。ついには山梨に腕を掴まれてしまって、長野が僕のシャツを引っ張った。
正直、見られたとしても特徴的な体型でもないからバレないと思う。しかし似てようが似てまいが、二人は僕が「ジーナだ」と断定してくる気がした。
桂のときだってかなりビビってたけど、こんな人前で、二人がかりで脱がされるなんてひどすぎる。抵抗しても拘束からは抜けられず、ついにシャツの裾が引き抜かれた。
なんで? どうしてこんなこと、されなきゃいけないの……?
「やめて……!」
絞り出した声は情けないほど小さかった。――でも。
「純那!! ……お前ら、何してんだよ!」
彗星のように金色が飛び込んできて、二人を薙ぎ払った。
二年の桂が突然三年の教室に登場したことに、山梨と長野はかなり驚いたようだった。
「いってぇ! って、森苑!?」
「なんだよお前……別にイジメじゃねーよ? これが三廻部じゃないかって、確認したかっただけだから」
「はあっ? 口で聞けよ馬鹿なの? どうせ違うって言われたんだろ? 二人がかりで掴みかかって……どう見ても暴力じゃねーか!」
山梨の言葉に、桂は完全に馬鹿にした口調で応戦した。輩のようにメンチを切っている。見たことのない態度だけど、金髪だからか恐ろしくしっくり来てしまう。
「森苑ぉ……お前年上の前でその態度なんなんだよ」
「三廻部先輩に暴力を振るった人への態度なんてこんなもんですけど???」
山梨は桂に突っかかり、近寄って桂の胸ぐらを掴んだ。お返しのように桂も山梨の胸ぐらを掴み、間近で睨み合っている。
ぼんやりと見てしまっていた僕は、一触即発の雰囲気にハッとして、ようやく声を上げた。
「桂っ、いいから!」
「でもこいつ純那のこと……」
完全にキレている桂は今にも山梨を殴ってしまいそうだ。さすがにそうなったらまずい。
僕は袖口を引っ張って、ようやく桂を引き剥がした。そのまま教室の出入口へと向かう。
「なんなのお前らホモなの?」
「そのアカウントは俺だ! ばーか」
「……桂」
長野が掛けてきた言葉に、桂が謎の返しをする。長野もポカンとして黙ってしまい、僕も声に嗜めるような響きを乗せた。
きっと長野たちは写真を見て「これが森苑……?」となるだろうし、改めて「なわけないだろ」と突っ込むに違いない。ある意味上手く煙に巻いたのか。
小走りで教室を出て、いつもの教室に入ってドアを閉めた。殴り合いの喧嘩勃発を切り抜けた感覚に、ふぅ〜〜っと大きな息をついてしまう。
大人しくついてきていた桂を見上げ、僕は眉を下げた。
「助けてくれて、ありがと……。ごめんな? めんどくさいことに巻き込んじゃって」
「いや悪いのはあいつらだし。肌見られなかったか?」
「うん」
こうなってしまっては、かつて桂にバレたときの投稿も消しておいてよかったと思う。腕のホクロの位置とかで特定されたらたまったものじゃない。
今日のは……なんだろ? 日曜に上げた写真は、いつもと変わりない投稿だったと思うんだけど。
「日曜のやつ……話題になってたもんなー……」
「え。そうなの?」
アプリの通知を切っているので、自分から見に行かなければ反応にも気づけない。前まで家にいるときなどは常時反応を監視していたけれど、今はそんなこともなくなっている。
僕は確認のためにスマホでアプリを開こうとして、やっぱりやめた。元々学校では見ないようにしているし、桂の前で自分の写真を見るのは……ちょっと。
ていうか桂、知ってるってことはフォロワーだったんだな。
「あれ? じゃあ長野もフォロワーだったってことか?」
鍵アカにしてから、フォロワーじゃないと投稿は見れないのでわざわざ申請したか、前からフォロワーだったってことだ。しかも最近は申請もスルーしている。
「はあ……純那、自覚が甘いけど昨日の写真はまじエロい。変な男に捕まらないように気をつけろよ?」
「エロい……?」
女の子が胸や太ももを見せてるわけでもなく、チラッと薄くて白い腹しか出していない写真のなにがエロいのかわからない。ま、露出しない選択肢はないんだけど……ただの制服写真になっちゃうし。
昨日投稿した写真は光の加減がいい感じに撮れて、エモい写真になったとは思う。もしかして今って、エモいのがエロい時代……?
僕が首を傾げると、桂はキッと目尻を吊り上げた。
「もー無自覚すぎ! バレたら危ないだろ!」
「桂がそれ言うんだ……」
「俺はいーの」
「なんかずるい」
(俺はいーの、って……かわいいなおい! 確かに桂にならなんでも許しちゃいそう)
バレないようにって、一体どうすればいいのだろう。細身の男子なんてたくさんいるし、みんなどうやって気づいたのか教えてほしいくらいだ。
とにかく、もう少し毅然とした受け答えができれば、あんな風に強引に迫られることもなかったかもしれない。でも……できるかなぁ。
僕は存在感が薄く声も小さくて、毅然とした雰囲気からはかけ離れている。脅されたり謝られたり最初に色々ありすぎて、桂とだけは普通に話せているけど。一方的に話されるとどうしても萎縮してしまうのだ。
とにかく、また訊かれたら「知らない」で押し通そう。脳内で毅然とした態度をシミュレーションしていると、急に桂が叫んで僕の腕を持ち上げた。
「あ! 肌赤くなってんじゃん!」
「ん? ……ああ、掴まれたとこか。別にこんなの、すぐ治るって」
山梨に掴まれたところが、赤く指の痕になっている。僕は肌が白いからか、昔からすぐに赤くなったり痣になったりするのだ。でも、すぐに治るのは本当。
そう説明しても、桂は「くそ~」と悔しそうに顔を顰めている。半袖から覗く腕には力が入っているのに、僕の腕に触れる手は優しい。壊れ物に触れるみたいに、親指でそっと赤い場所を撫でられる。
「やっぱあいつ殴っておけばよかった!」
「…………」
殴っちゃ駄目でしょって突っ込みを入れる場面なのに、僕は何も言えなかった。手や顔にどんどん熱が上ってくるのを感じ、いかにそれを誤魔化せるか必死に考えていたからだ。
父親の間抜けづらを思い出そうとしても、昨晩食べたメニューを思い出そうとしても、冷静にはなれなかった。意識は桂に触れられている一部分にばかり向かっている。
ただ、腕を持たれているだけなのに……嬉しくて恥ずかしくて、心臓がぎゅうって痛くなる。
数日前、衝動的に抱きついた自分はやはりおかしくなっていたに違いない。まだ好きだって自覚していなかったのもあるけど、熱に浮かされて正常な判断ができなくなっていたのだ。
「あれ、純那どうした? どっか痛い!?」
「違……」
結局顔を覗き込んできた桂に、赤いことを指摘されたときだった。ピンポンパンポーン、と校内放送の案内が流れてきて口を閉じた。
『森苑桂くん、森苑桂くん、今すぐ職員室まで来てください』
「「…………」」
家に帰ってツイスタグラムのアプリを開くと、数千件の通知数が目に入ってくる。
「うわっ、なんだこの数字!」
鍵アカにしてから見たことのない数字に、思わず声を上げてしまった。しかも「いいね」の数に負けず劣らず「コメント」数が多い。ずっとフォローしてくれていた人まで初めて「今回の写真、過去一で刺さった!」とコメントをくれていたりして、思わずにまにましてしまう。
今回の写真は確かに自分でも自信作だったけれど、ここまで反応が大きいとは思わなかった。
いつもはベッドの上に座ってだったり、コンクリートの壁を背景に立って写真を撮っていた。ぼかし加工はもちろんしているが、生活感が見えにくいからだ。
腹チラで写真を撮るときは重力があるため自分で服の裾を持つ必要があり、構図がマンネリ化しがちだったのだ。
だから今回は思い切って、シーツの上に寝転がって写真を撮った。三脚を傾けたりして上から撮る構図を作るのは大変だったものの、いつもと違う陰影が出て編集もわくわくしたんだよな。
シーツも敢えて皺のあるままにした。我ながら「これはちょっとだけエロいかも?」と一瞬考えたことは認めよう。しかしこのために少しだけ鍛えている腹の縦線は間違いなく男のもので、「やっぱ気のせいだったわ」と首を振ったのだ。
「あ、ケイゾーさんのコメントみっけ。『ジーナがエロ美しすぎる』だって。はは、エロいのレパートリー謎に多すぎ」
フォロワーの民度を上げてくれたケイゾーさんはいつも「エロい」と言ってくれるけど、下ネタを投げかけてくることもないから嫌な感じはしない。
「そういえば、桂も今日『エロい』って言ってたな~。って……あれ。もしかして桂がケイゾー?」
まさかそんなはず、と思うも、名前だけ見れば森苑桂から簡単に連想できる。でも……もしそうだとしたら、わりと初期からの熱心なファンが桂だということになるのだ。ちょっとそれは想像できない。
「ま、まさかね。あはは……」
その夜はこれまでケイゾーさんから貰ったコメントを読み返し、「まさかね……」を繰り返して眠れなくなった。




