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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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薬草庫の囁き ― 夜を支配する者たち

翌朝。

 リルモアの街に淡い靄が漂っていた。

 夜気が残る通りを歩きながら、

 ジージーは自分の手に握られた杖の重みを確かめていた。


(昨日見た裏口……)


 施薬院のあの裏道に並んでいた帳簿。

 送致候補表。

 治療優先度。


 すべてが、

 今朝のうちに“どこか”へ持ち出される。


 その事実が、胸の奥でもやもやと燻っている。


「今日は静かに歩けよ」


 隣でセルグレンが言った。


「監査局が裏口の回収に来る日だ。

 騒ぎを起こせば一発でマークされる」


「マーク……」


「昨日見た帳簿、忘れたか?」


 ジージーは唇を結んだ。


「……忘れてません」


「なら、なおさらだ」


 セルグレンの声は柔らかいが、

 その奥には固い芯があった。


「“蝶番に触れる前”の奴ほど危険な存在はない。

 自分の立場を理解するまでは、

 何をしても全部“反逆”として記録されるからな」


「……はい」


 ジージーは胸の奥でゆっくり息を吐いた。


 わかっている。

 わかってはいる。


 でも――

 昨日触れた帳簿の角の冷たさが、まだ指先に残っている。


(いつか、あれを……)


 その思いを胸に押し込めながら、

 二人は施薬院の裏道へ向かった。



◆静かな裏道に集まる影


 昨日潜り込んだ裏口は、

 朝日がまだ差し込まない薄暗い路地にあった。


 その入口に立つと、

 すでに二つの影が動いていた。


 一人は――施薬院の看護係の青年。

 もう一人は――見たことのない人物だった。


 高い襟の黒い外套を羽織り、

 胸元には小さな羽根の紋章。


(帝国……の人?)


 違う。

 紋章が少し違う。


 セルグレンが小声で言った。


「――ルーデンス聖教国の“監察教士”だ」


「聖教国!?」


「声を抑えろ」


 ジージーは慌てて口をつぐんだ。


「聖教国は帝国と違って武力で圧してこない。

 代わりに“帳簿”と“記録”で攻めてくる。

 あいつは“数字の巡礼者”って呼ばれる連中の一人だ」


(数字の……巡礼者?)


 名前の響きに背筋が冷たくなる。


「この街の“従順度”を管理してるのは理事会だが、

 その帳簿の“形式”を作ったのは聖教国だ」


「じゃあ……昨日の帳簿も?」


「そうだ。

 あの項目――従順度、不満度、送致適性――

 全部“あいつら”が編み出した」


 ジージーの手が僅かに震えた。


(あんな残酷な判断基準を……

 “祈りの国”が作った?)


 施薬院の裏口では、

 看護係が怯えたように書類を差し出している。


「こ、こちらが今朝の帳簿で……」


「昨夜の分は?」


「す、すべてこの箱に……!」


「ご苦労」


 外套の男――監察教士は、

 淡々と箱を持ち上げた。


 その指は細く、

 白い。


 まるで人の生き死にを左右する帳簿を、

 日常的に扱っているように見えた。


(この人が、この帳簿を……

 帝国に? 聖教国に?)


 男はふと、周囲を一瞥した。

 黒い瞳が冷たく路地を走査する。


「っ……」


 ジージーは思わず身を固めた。


 だが男はジージーたちを見つけることなく、

 静かに踵を返して歩き始めた。


 細い路地を抜け、

 石畳へ。

 監査局の方向とは逆――北へ向かっている。


「北……?」


「ああ」


 セルグレンが低く頷いた。


「“北の帝国”と同じ方角だ」



◆帝国へ向かう黒い箱


「セルグレン……

 この街の帳簿って……

 帝国に送られるんじゃないんですか?」


「その通りだ」


「でも今の人、聖教国で……」


「帝国と聖教国は、

 “帳簿と情報”だけは繋がってるんだよ」


「え……?」


 ジージーは耳を疑った。


「帝国が“労働力”を欲しがるだろ。

 聖教国は“裏切り者の記録”を欲しがる。

 両方の利害を満たす仕組みが“従順度帳簿”ってわけだ」


(そんな……

 あの帳簿一つで、そんなものが動いてるなんて)


「しかも――」


 セルグレンは路地の先を睨んだ。


「この街の“誰を売るか”の最終判断は、

 帝国でも理事会でもなく“帳簿の書式”が決める」


「書式……?」


「そうだ。

 数字の巡礼者が作った“基準”そのものが、人を裁く」


(つまり、

 帳簿そのものが“法律”の代わり……)


 ジージーは背筋を冷やした。



◆薬草庫での再調査


「ジージー、もう一度薬草庫を見に行くぞ」


「今からですか?」


「ああ。

 あの監察教士が何か残していったかもしれん」


 昨日潜り込んだ裏口の扉は、

 鍵がかかっていた。


 セルグレンは壁を探り、

 外れかけた木板を持ち上げた。


「ここから入れる。

 昨日もここから匂いが漏れてた」


「すごい……よく気づきましたね」


「俺は昔、この街の“下働き”だったからな」


 言葉の裏に、

 ほんのわずかに陰が差した。


(セルグレン……)


 二人は薄暗い隙間から中へ滑り込んだ。


 薬草庫は夜と変わらない静けさだった。

 乾いた薬草の匂いだけが漂っている。


「昨日の帳簿は……持ち出された後か」


「セルグレン、これ……」


 ジージーは棚の下、

 床の木板に奇妙な痕跡を見つけた。


 浅く刻まれた“印”。


 三つの短い線が斜めに交差して、

 丸を描いている。


「……これは?」


 セルグレンの顔が曇った。


「……“追跡印”だ」



◆“追跡印”の正体


「追跡印……?」


「ああ。

 “選別対象”がここを通ったときにだけ残される印だ」


「選別……対象」


 ジージーの心臓が跳ねた。


「ちょ、ちょっと待ってください。

 誰が残したんですか?」


「十中八九、監察教士だ」


「ということは……

 帳簿の“候補者”の中に……

 ここに来た人がいたってこと!?」


「そういうことだ」


 ジージーの喉が乾いた。


(誰……?

 昨日会った誰か……?

 施薬院で見た人……?)


 グレンの顔が浮かんだ。

 ミーヤの弟の顔も浮かんだ。


「セルグレン……!

 これ、消せませんか!?」


「ダメだ。

 追跡印は“上書き”されると、

 逆に“反抗あり”として記録される」


「なんでそんな……!」


「聖教国のやり方だ。

 “痕跡を消したい人間”=“後ろ暗い人間”という理屈だ」


(最低だ……!)


 拳に力が入り、

 杖を握る手が震えた。


(こんな……

 人の弱さにつけ込んで、何を……!)


「落ち着け、ジージー」


「……!」


「怒るのはいい。

 だが、“今ここで動くな”」


 セルグレンの声には、

 強い制止があった。


「印が残ってるってことは、

 今日はまだ“確定”していない。

 今日の“朝会議”で決まる」


「じゃあ……

 どうすれば……」


「今日は――待つしかない」


 ジージーは、

 無力感に歯を食いしばった。



◆朝の施薬院前で


 二人が薬草庫を出ると、

 すでに施薬院前には人が並び始めていた。


 その列の中に――

 ミーヤの姿があった。


 ジージーは走り寄る。


「ミーヤ!」


「……何?」


 ミーヤは疲れた目で振り返った。


「弟さんは……今日、どうなんですか?」


「あの子ね、今朝は少しマシよ。

 熱も昨日より下がった」


「よかった……!」


「でも――」


 ミーヤは、

 施薬院の屋根を見上げる。


「今日“順番が回ってこなかったら”、

 また……昨日みたいになる」


 ジージーは拳を握りしめた。


「大丈夫。

 今日は――」


 そう言いかけて、

 言葉を飲み込んだ。


(あの追跡印……

 もし弟さんが選別候補だったら……

 “朝会議”次第で……)


 ミーヤはジージーの表情を見て、眉をひそめた。


「アンタ……何か隠してない?」


「……いえ」


 ジージーは首を振った。


「ただ……

 今日は何かが決まる、そんな気がします」


「気がする、ね」


 ミーヤはため息をついた。


「じゃあ祈っといてよ。

 弟の順番が来るようにって」


「……はい」


 本当は祈りではなく、

 “帳簿を止めたい”。


 だが言えなかった。


(いずれ……必ず)


 ジージーは胸の奥で静かに誓った。



◆セルグレンの小さな告白


 施薬院から少し離れた場所に戻ると、

 セルグレンがぽつりと言った。


「……ジージー」


「はい」


「俺は昔、“あの帳簿の側”にいた」


「……!」


 ジージーは思わず足を止めた。


「どういう、ことですか?」


「俺は“理事会の兵士”だった。

 帳簿を運ぶ隊の護衛だった」


「セルグレン……」


「だから、あの箱に何が入ってるか知ってる。

 誰が売られ、

 誰が残され、

 どの家族が泣いていたか――全部」


 セルグレンの声が震えた。


「だから俺は……

 あれを壊したい。

 自分の手で」


「……」


「ジージー。

 お前の怒りも、

 お前の優しさも、わかる」


 彼は静かに続けた。


「だから頼む。

 焦るな」


 ジージーはゆっくり頷いた。


「わかりました」


 その返事は、

 本心だった。



◆“朝会議”の鐘が鳴る


 遠くで――鐘が鳴った。


 低く、鈍く、腹の底に響く音。


「朝会議が始まった」


 セルグレンの表情が固くなる。


「今日、“選ばれる”者が決まる」


(ミーヤ……

 弟さん……

 そして昨日出会ったあの人たち……)


 胸の奥が痛む。


(今日、誰かの世界が変わる)


 それが、

 たとえ理不尽でも――

 帳簿が全てを決める。


 ジージーは杖の先を地面に押し当てた。


(いつか、あれを止める)


 言葉にせず、

 心の奥で強く刻んだ。


 施薬院の上に、

 朝の光がゆっくりと広がっていく。






◆後書き:用語解説 ― “数字の巡礼者(監察教士)”と“追跡印”


■ 数字の巡礼者(監察教士)


ルーデンス聖教国の特殊官僚で、

人々の“従順度”“不満度”を記録し、帳簿の形式を作る専門家。

•祈り(宗教)ではなく

•記録(数字)を神とする思想を持ち

•帳簿が“正義”だと信じている


帝国にも理事会にも干渉できるため、

彼らが動くと“街が丸ごと数字化される”危険がある。



■ “追跡印”


監察教士が残す“選別対象”の痕跡。

•消そうとすると“反抗あり”として記録される

•そもそも普通の人間は印に気づけない

•印がついた建物・場所・人は“朝会議”で議題に上がる


つまり、

追跡印がある=その人の未来が帳簿に載った ということ。



次回予告


第27話『朝会議の決定 ― 誰が送致されるのか』


ミーヤの弟の運命、

グレン老人の優先順位、

そして“意外な人物”が帳簿に載っていたことが判明します。


さらに、

帝国・聖教国・理事会の“情報の流れ”が初めて明らかになります。


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