表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/242

診察の順番 ― 待つ者と、待てない者

◆前書き


リルモア施薬院編の3話目。

今回は「診察の順番」という、

目に見えにくい“蝶番”を追いかける回です。


昨日は薬の配分。

今日は「誰が先に診てもらえるか」という、

もっとささやかな……けれど、命に直結する支点を見ていきます。



◆1 朝の列


 翌朝。

 太陽がまだ低い位置にあるうちから、施薬院の前には列ができていた。


 ジージーは、

 昨日と同じ場所――通りの角から少しだけ離れた位置に立っていた。

 杖を軽く地面に立て、列を眺める。


(今日は、“自分は並ばない”側)


 列の先頭には、

 あのグレン老人がいた。

 昨日、“濃い薬”を少しだけ渡した老人だ。


 その後ろに、痩せた母親と幼い子ども。

 さらに後ろに、荒れた手をした男。

 そのまた後ろに、ミーヤの顔も見える。


 施薬院の扉が軋む音を立てて開いた。


「順番にお入りくださいー。

 お年寄りと子どもは優先しますのでー」


 白衣の看護係が笑顔で告げる。

 その声だけ聞けば、

 ごく普通の“善意の朝”に見えた。


(言ってることは、正しいんですよね)


 ジージーは、扉の中にちらりと目を向けた。


 奥の待合室まで続く廊下。

 いったん中に入ってしまえば、

 誰が先に診察室へ呼ばれるのか、

 外からはわからなくなる。


(だからこそ、“順番”はいくらでもいじれる)


「ジージー」


 セルグレンが、

 露店のパンを片手に歩いてきた。


「今日の役、覚えてるか?」


「はい。

 “外の列と、中の順番を見比べる”ですね」


「そうだ」


 セルグレンはパンを噛みながら

 施薬院の玄関を一度見やる。


「お前は中。

 俺は外から“誰が何時に入って、何時に出てくるか”を見る」


「中って……診察受けるふりですか?」


「受けなくていい。

 “付き添い”で行け」


 セルグレンは、

 ミーヤと目配せした。



◆2 ミーヤのお願い


「……アンタ、本当に来たのね」


 施薬院の脇道で、

 ミーヤが腕を組んで待っていた。


「昨日の話、

 ただの“よそ者の憤り”だと思ってたけど」


「よそ者ですけど」


 ジージーは苦笑した。


「でも、“よそ”だから見えるものもあります」


「生意気ね」


 そう言いつつ、

 ミーヤの口元はほんの少しだけ緩んだ。


「お願いしていい?

 今日、グレンさんを中で見てて」


「グレンさんを?」


「そう。

 あの人、毎日いちばんに来るのに、

 いちばん後ろにされるのよ」


 ミーヤは視線をそらす。


「弟もそうだった。

 あの白衣の医者が、わざと順番を後ろに回すの」


「何を理由に?」


「“平和理事会の指示”よ」


 吐き捨てるような言い方。

 その裏にある悔しさと、自分を責める気持ちが透けて見える。


「だから昨日……

 あんたが“杖で止める”とか言ってるの、

 すごく腹立った」


「……ごめんなさい」


 ジージーは素直に頭を下げた。


「“止める”って言葉、便利すぎますよね。

 言うだけなら、いくらでも言えるから」


「わかってるならいいわ」


 ミーヤは肩をすくめる。


「せめて、今日は“順番”だけでも見張ってて。

 あんたの目で」


「わかりました。

 ちゃんと見ます」


 ジージーは杖を握り直した。


「“止めるために”。

 ……いつになるかはわかりませんけど」


「それでいい」


 ミーヤは施薬院の扉を顎でしゃくった。


「行きましょ。

 “待つ者”と“待てない者”が同じ部屋に詰めこまれる時間だ」



◆3 待合室の静かな戦場


 施薬院の待合室は、

 白と灰色と、少しばかりの色つき毛布でできていた。


 壁には、やはりあの丸と十字。

 《国家平和理事会の管理下にあります》の字。


 長椅子には、

 老人、母親、子ども、働き盛りの男たちが座っている。


 ジージーとミーヤも、

 一番後ろの椅子に並んで腰を下ろした。


「番号札とか、ないんですね」


 ジージーが小声で言うと、

 ミーヤは鼻で笑った。


「番号なんか渡したら、

 “順番をいじった”ってバレるでしょ」


(……なるほど)


「次の方、こちらへどうぞー」


 白衣の看護係が、

 笑顔のままドアから顔を出す。


 待合室の奥で、

 理事会の腕章をつけた男が

 さりげなく誰かに視線を送った。


「マルクさん、お入りください」


 一番最初に呼ばれたのは、

 明らかに列の真ん中あたりにいた男だった。


 腰に革の財布を下げ、指には指輪。

 服の質も悪くない。


「ね?」


 ミーヤが小さくささやく。


「あれ、理事会の“協力者”。

 税の取り立てで手伝ってる人」


(病状じゃない。立場で選んでる)


 ジージーは、

 待合室の端に座るグレン老人をちらりと見た。


 老人は、

 両手で帽子を抱えたまま、

 ただ視線を落としている。


「次、ボラさんー」


 呼ばれたのは、

 街のパン屋の主人だった。

 表通りで見かけた顔。

 理事会寄りの噂を、昨日セルグレンから聞いた覚えがある。


 どれだけ待っても、

 グレンの名前は呼ばれない。


 咳がひどい若い母親も。

 顔色の悪い子どもも。


「順番、めちゃくちゃですね……」


「めちゃくちゃじゃないわ」


 ミーヤの声が低くなる。


「ちゃんと“決めて”るの。

 理事会にとって、

 役に立つ順番に」


 ジージーは、

 白衣の看護係と、

待合室の端に座る腕章の男を順に観察した。


 視線の流れ。

 合図。

 小さな頷き。


(看護係は、“名前を言ってるだけ”)

(決めてるのは、あの腕章の男)


 蝶番は、

 白衣の笑顔ではなく、

 端でメモ帳に何かを書きつけている事務官の手元にあった。



◆4 「順番」による罰


 やっと昼頃になって、

 看護係がこう言った。


「午前の診察はここまでですー。

 午後の方は、一旦お帰りになって――」


「ちょっと待てよ!」


 ミーヤが、

 椅子から勢いよく立ち上がった。


「グレンさんは!?

 この人、朝からずっと待ってる!」


 待合室の空気が一瞬凍る。


 腕章の男が、

 ゆっくり顔を上げた。


「順番通りにご案内している」


「どこがよ!?」


 ミーヤは怒鳴った。


「税をちゃんと払ってるやつから先で、

 声を上げない老人は後回し。

 それのどこが“順番通り”なのよ!」


「……騒がないでください」


 看護係が慌てて近づく。


「ここは施薬院です。

 静粛に――」


「黙らないわよ!」


 ミーヤは顔を真っ赤にして、

 グレン老人の肩を支えた。


「この人が倒れたら、

 誰が責任を取るの!?」


(やばい)


 ジージーは胸の鼓動が早くなるのを感じた。


(ここでミーヤを止めるのか、

 それとも――)


「責任なら、本人だ」


 腕章の男が冷たく言った。


「自分で早く来るなり、

 もっと医者の役に立つよう働くなりすればよかった」


「朝いちばんに来てるでしょ!!」


 ミーヤが叫ぶ。


 その瞬間、

 ジージーの中で何かがぷつんと切れかけた。


(殴りたい)


 喉元のあたりまで、

 言葉にならない怒りがこみ上げる。


 だが――

 同時に、昨日セルグレンが言った言葉が

 頭の中で鳴った。


(“殴る前に、一回止まれ”)


 ジージーは一度、

 深く息を吸った。


(今、殴ったら――

 ミーヤも、メリンダも、グレンさんも巻き込む)


 杖を握った手に力が入る。

 だが、地面はまだ叩かない。


「……待ってください」


 ジージーは一歩前に出た。


「“順番通り”って言いましたよね」


 腕章の男が不快そうに眉をひそめる。


「旅人か。

 口を出すな」


「番号札はない。

 紙に名前も書いてない。

 じゃあ――どこに“順番”があるんです?」


「我々は記録している」


 男はメモ帳を軽く叩いた。


「必要な順番を、ここに」


「その順番、

 ちょっと見せてもらえませんか?」


「機密だ」


「じゃあ、“順番通り”って証拠はどこにあるんでしょう」


 ジージーは、

 わざと少し大きめの声で言った。


 待合室の視線が、

 じわりと男に集まっていく。


(怒りを、“殴る力”じゃなくて、“集まる視線”に変える)


 師匠が言っていた。

 組手のときも同じだ、と。


“力だけじゃない。

 観客の目も、時に武器になる。”


 腕章の男は、

 しばらくジージーを睨んでいたが――

 やがて、鼻で笑った。


「……いちいち説明する義務はない」


「義務はないかもしれません。

 でも、“信頼される義務”はありますよね?」


「何だと」


「だって、“平和理事会”なんですよね」


 ジージーは壁の紙を指差した。


《国家平和理事会の管理下にあります》


「“平和”って書いておいて、

 “順番が公平かどうかもわからない”って――

 ちょっと、看板に傷がつきませんか?」


 待合室のあちこちで、

 小さなざわめきが起こった。


「順番、おかしいと思ってたんだよな……」

「俺もずっと後回しにされて……」


 誰かがぽつりと言う。


 それが伝染していく。


 腕章の男は、

 明らかに不機嫌になっていた。


「不満があるなら、

 後日“窓口”に申し出なさい」


「窓口って、どこです?」


「……地方監査局だ」


「ああ、あの七三――」


 言いかけて、

 ジージーは慌てて口をつぐんだ。


(危ない危ない)


 テレンスの顔を、ここで出すわけにはいかない。


「とにかく」


 男は苛立ったように言い捨てた。


「午前はもう終わりだ。

 老人一人くらい、午後でも変わらん」


 そのときだった。


「変わるわよ」


 ミーヤが、

 今度は静かな声で言った。


「この人、午後までもつかわからない」


 グレン老人の肩が、

 小刻みに震えている。


 ジージーは、

 杖の先をそっと床についた。


(今だ)


「“順番通り”って言うなら」


 ジージーは言った。


「今日午前に来た中で、

 “いちばん朝早く”来た人から診るのが、

 一番わかりやすいですよね?」


「理事会の指示を――」


「じゃあ、こうしましょう」


 ジージーは、

 わざとらしいくらい明るい声を出した。


「今日は“特別芸”の日です」


「は?」


「玄関の前に立って、

 “誰が何時に来たか”を杖で指します。

 街道で鍛えた記憶力と、杖の芸当を使って」


 それは、ほとんど“ハッタリ”だった。

 実際には、そんな芸を鍛えたことはない。


 だが――

 セルグレンは外で見ている。

 少なくとも、グレン老人が本当に一番だったことは、

 証言できる。


「……何が言いたい」


「玄関の前で、もう一度“順番”を並び替えましょう」


 ジージーは、

 あえて腕章の男ではなく、

 看護係の女性に向き直った。


「“平和理事会の管理下”なんですよね、ここ。

 だったら――

 “わかりやすい平和”があったほうが、

 みんな安心すると思いません?」


 看護係の顔が、

 困惑と不安で揺れる。


「わ、私には……

 その……」


「“従順な人”ほど、

 見える不公平に耐えられなくなりますよ」


 ジージーは、

 やさしく、しかしはっきりと言った。


「あなたが一番よく、

 それを知ってるんじゃないですか?」


 看護係は、

 一度だけ腕章の男を見た。


 男は苛立たしげに舌打ちした。


「……なら、こうしよう」


 悔し紛れなのか、

 妥協案を出す。


「今日だけだ。

 今日だけ、“老人優先”を少しだけ徹底する」


「少しだけ?」


「一人くらいだ。

 この老人だけ、先に診る」


 看護係の表情が一瞬明るくなり、

 グレン老人の手を取った。


「では、グレンさん。

 こちらへどうぞ」


「わ、わしが先で……いいのかね……?」


「はい。

 今日は“お年寄り優先”ですから」


 ジージーは、

 老人の背中が診察室へ消えていくのを見届けた。


(全部を変えられたわけじゃない)


 他の患者は、

 相変わらず不公平な順番の中にいる。


 それでも――

 ひとつの命の“順番”が、

 今、確かに変わった。



◆5 小さな勝利と、大きな負債


 待合室を出たところで、

 ミーヤがジージーの腕を掴んだ。


「……ありがとう」


「え?」


「さっきの、

 “芸です”とか何とか言ってごまかしたやつ」


 ミーヤの顔は、

 悔しさと安堵が入り混じった複雑な表情だった。


「本当は殴りたかったでしょ」


「はい」


 ジージーはあっさり認めた。


「殴って、

 あのメモ帳も、丸い紋章も、

 全部ぶっ壊したかったです」


「なのに、殴らなかった」


「殴ったら負けだから」


 ジージーは自分に言い聞かせるように言った。


「腕章の人が一番喜ぶのは、

 “暴れる杖使い”で、

 “扱いやすい反乱者”だと思います」


「扱いやすい……?」


「“危険人物”ってラベル貼るだけで、

 全部片づくから」


 それは、

 自分にも向けた釘だった。


(あたしの杖は、“危険な杖”に見せちゃいけない)


 止めるための杖。

 支えるための杖。

 流れを変えるための杖。


「それでも……」


 ミーヤは、

 視線を落としたまま続けた。


「弟の番は、

 たぶんもう回ってこない」


「……ごめんなさい」


「謝る相手が違うでしょ」


 ミーヤは、

 壁の丸い紋章を睨んだ。


「謝るなら、

 あいつらよ」


 ジージーは、

 何も言えなかった。


「でも、今日のことは……覚えておく」


 ミーヤがぽつりと言った。


「“順番を変える杖”の話。

 いつか、この街がもっとひどくなった時、

 思い出すかもしれない」


「ひどくならないように、

 ちょっとずつ止めたいです」


「ちょっとずつじゃ間に合わない時もあるわよ」


「間に合わなかったら、

 その時は――」


 ジージーは、

 自分の杖を見下ろした。


「本当に殴ります」


 ミーヤの口元に、

 ほんのわずかな笑みが浮かんだ。


「その時、

 殴る場所、間違えないでよね」


「“鍵穴じゃなく蝶番へ”」


「……何それ」


「師匠の口癖みたいなもんです」


 ミーヤは小さく鼻で笑った。


「よくわかんないけど、

 ちょっとだけ気に入ったわ」



◆6 セルグレンの答え合わせ


 その日の夕方。

 安宿の一室で、

 セルグレンとジージーは今日の“答え合わせ”をしていた。


「外から見た限り――

 グレン老人は、やっぱり一番乗りだった」


 セルグレンが言う。


「朝、まだ鐘が鳴る前から門の前に立ってた。

 だから、今日の“老人優先”は、

 間違いなく“順番の修正”だ」


「でも、

 明日からはどうなるんでしょう」


「元に戻るだろうな」


 セルグレンはあっさりと答えた。


「腕章の連中は、

 都合の悪い前例を“例外”と言い張るのが得意だ」


「じゃあ、今日のは……」


「“小さな例外”だ」


 セルグレンは椅子の背にもたれた。


「ただし――

 例外は積み重なると、“当たり前”を変える」


「……」


「今日、お前は待合室で

 “声にならなかった不満”を少し掘り起こした」


 セルグレンの目は、

 妙に真剣だった。


「あの場にいた連中は、

 次に少しでも順番がおかしいと感じたとき、

 今日のことを思い出す」


「“おかしいって言ってよかったんだ”って?」


「そうだ」


 ジージーは、

 胸の奥が少し熱くなるのを感じた。


(殴らなくても、

 何かを残せたのかもしれない)


「でも、

 腕章の人には目をつけられましたね」


「つけられただろうな」


 セルグレンは苦笑した。


「テレンスの耳にも入るだろう。

 “杖芸の娘が、順番に文句をつけた”ってな」


「やっぱり……」


「だからこそ、だ」


 セルグレンは指を一本立てた。


「これから先――

 お前の一挙手一投足が“見られる前提”で動け」


「見られながら、杖を振る」


「そうだ」


 セルグレンの声は、

 少し誇らしげでもあった。


「見られてるってことは、

 お前が触ろうとしている“蝶番”に

 あいつらも気づき始めてるってことだ」


「なら、

 もっと上手く触らないといけませんね」


「上手く触れ。

 時々は、わざと“触ってないふり”もしろ」


 ジージーは笑った。


(忍術の稽古みたいだな)


 気配を消し、

 でも、確実に流れだけ変えていく。


 杖の先で刻むリズムが、

 そのうち“街の空気”を変える日が来るかもしれない。


「セル」


「何だ」


「いつか、

 順番を“全部”ひっくり返す日が来ますかね」


「来るさ」


 セルグレンは即答した。


「その時は――

 俺たちだけの手じゃ、足りねぇだろうけどな」


「仲間が必要?」


「そうだ」


 セルグレンの口元に、

 ゆっくりと笑みが浮かんだ。


「砂漠でこぼれた連中も。

 山で耐えてる連中も。

 街で押しつぶされてる連中も」


「みんなで、

 順番を並べ替える」


「そのための、“杖使い見習い”だ」


 ジージーは、自分の杖を見下ろした。


(まだ見習い)

(でも――いつか)


 扉の前に立って、

 堂々と「順番」を言い換える日が来るかもしれない。


 その日まで。


 杖の勇者ジージーの旅は、

 まだ、静かな街の中で始まったばかりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ