話 薬草庫の秘密 ― 壁の向こうの“配分”
◆前書き
リルモア施薬院編・第2話。
今回は「薬の配分」という“街の蝶番”に触れる回。
新キャラの メリンダ/ダン少年/ミーヤ/グレン老人 が登場します。
⸻
◆1 昼下がりの施薬院前
午後になると、施薬院の前にかすかに列ができる。
石畳の影には、痩せた人影。
着古された服。
咳き込み、ぐらつく子どもの手を引く母親。
その中に――ジージーは立っていた。
セルグレンが横で腕を組む。
「さっきの医者は、
“従順度”で薬を配分してる可能性が高い」
「従順度……」
ジージーはその言葉を噛みしめた。
「理事会寄りか、そうでないか……それで?」
「病状の重さじゃなくて“忠誠”で順番が決まる」
「最低ですよ」
「最低だ。でも正しい暴れ方を知らねぇと、
こういう連中と戦う時に――死ぬ」
セルグレンは軽く顎をしゃくり、
施薬院の裏手を指した。
「あそこが薬草庫だ。
まずは“蝶番”を見る」
「裏から?」
「当然だろ。
正面は鍵穴だ。鍵穴を見に行く奴は、素人だ」
(……蝶番)
昨日聞いた言葉が、胸で静かに鳴る。
⸻
◆2 薬草庫の裏口で
建物の裏手に回ると、
埃っぽい空気の中、小さな扉がひとつ。
「ここ……?」
ジージーが首をかしげたとき、
扉が静かに開いた。
「あ……あの。誰?」
紺色の作業服を着た女性が顔を出した。
四十代半ばくらい。茶色の髪をゆるく後ろで束ねている。
目が合った瞬間、
彼女は怯えたように肩をすくめた。
「ご、ごめんなさい……!
理事会の方ですか!? 私、怠けてなんて――!」
「違う違う。落ち着け」
セルグレンが優しく手を上げる。
「俺たちは旅の者だ。
薬草庫を見せてもらえないか?」
「見……見せる……?」
女性は躊躇したが、
ジージーがそっと頭を下げたら、
少しだけ柔らかい表情になった。
「……どうぞ。散らかっていてすみません」
「助かります」
ジージーは微笑んだ。
女性の目が少し揺れた。
「わ、私、施薬院の薬草係の メリンダ です。
平和理事会の“衛生監査”が近くて……その……」
「監査……?」
セルグレンが目を細めた。
「何を監査する?」
「薬草の“使用量”です。
足りなかったり、配分がずれていたりすると……
叱られるんです」
(叱られる……)
(この人は悪人じゃない。明らかに“怯えてる”)
⸻
◆3 薬草庫の異常
薬草庫の中は、
棚が三段、奥の壁には木箱が並んでいる。
ジージーは入ってすぐ、違和感を感じた。
(薬草の種類は多い……けど……)
箱の一部にだけ、
“紙が貼られていない”。
本来、薬草には必ず名前と分量の札が必要だ。
だが――数箱だけ無札で、封が固く閉じられている。
「これ……何ですか?」
「あ、それは……」
メリンダが口を噤んだ。
「理事会の“特別配分”です。
開けるなと言われていて……」
「中身を知らない?」
「し、知りません……」
セルグレンも箱を手に取った。
「重いな。
薬草にしちゃ、重すぎる」
「そ、それは……!
触れない方が……!」
メリンダが青ざめた。
「ここの薬、全部“平民用”と“理事会用”に分かれてます」
「二種類……?」
ジージーは息をのんだ。
「はい……。
平民にはこちらの箱の薬を、
理事会の方には、あちらの箱の薬を……」
彼女は棚の下段を指差す。
ジージーは膝をついて覗き込んだ。
(下段の薬は色が薄い……)
瓶に入った乾燥薬草。
どれも色が褪せ、力が弱い。
「こっちは……効き目が薄いですよね?」
「……はい」
メリンダは涙目で頷いた。
「本当は、全部の薬を平等に配りたいんです。
でも……理事会の指示で……」
「抵抗したら?」
セルグレンがたずねると、
メリンダは震える声で答えた。
「……家族が……連れていかれます」
(やっぱり……)
胸の奥が締めつけられた。
「やっぱり、何か……おかしいですよね?」
メリンダが震えた声で言った。
「ええ。……おかしいです」
ジージーは静かに答えた。
(この人は被害者……殴ればいい相手じゃない)
⸻
◆4 ダン少年
「おばちゃん……!」
突然、薬草庫の扉が開き、小さな影が飛び込んできた。
痩せ細った男の子。
髪はぼさぼさ、頬はこけている。
「ダン!?
診察は終わったの?」
「終わったけど……お薬、また“あの赤いの”だったよ」
ダンは不満げに下唇を噛んだ。
「あれ、苦いだけで、全然効かないんだ……!」
メリンダの顔がさらに曇る。
「ごめんね……ダン。
本当は違う薬をあげたいの。でも……」
ダンは咳き込んだ。
身を折るように、激しい咳。
「ダン……!」
ジージーは思わず手を伸ばした。
「平気だよ……これくらい……」
「平気じゃないでしょう」
ジージーは膝をつき、目の高さを合わせた。
(息が浅い……胸が鳴ってる……
この咳は“抑えられてるだけ”の咳)
ジージーの胸に“怒り”が湧いた。
(効かない薬を、わざと与えてる……?)
拳が震えた。
⸻
◆5 ミーヤという女
その時、裏口が乱暴に開いた。
「ちょっとアンタたち……何してんの?」
腰に手を当て、険しい顔をした若い女性が立っていた。
短い赤毛。
吊り目。
気の強そうな顔。
「ミーヤ!」
メリンダが声を上げる。
「ダンの兄妹……?」
「違うわよ。
同じ地区の住民ってだけ」
ミーヤはジージーを睨むように見た。
「旅人?
何よ、善人ぶって。
ここは“可哀想な人を助ける場所”じゃないの」
「……?」
「ここはね、
“従わない人が苦しむ場所”よ」
吐き捨てるように言った。
「理事会に逆らったら、
薬も順番も……全部奪われる。
だから、私たちは――」
その時、ミーヤの声が震えた。
「弟が……後回しにされて……
悪くなったのよ」
メリンダがミーヤの腕を掴む。
「やめて、ミーヤ……!」
「なんでよ!?
言わなきゃ何も変わらない!」
ジージーはそっと近づいた。
「……弟さん、ここに?」
「いないわ。
もう……」
ミーヤは唇を噛み、目をそらした。
(亡くなった……?
順番を後回しにされたせいで……?)
胸が痛くてたまらなくなる。
⸻
◆6 グレン老人
すると奥の棚の影から、
杖をついた老人が姿を見せた。
「ミーヤや……その辺にしておけ」
ぼろぼろの外套を着ている。
背中が丸い。
手の震えが止まらない。
「グレンさん!?
今日は……何しに?」
「薬をな……もらいにな……」
老人は、
手を差し出した。
メリンダが“薄い薬”の瓶を渡そうとした時――
「それじゃ……治らん」
セルグレンが低い声で言った。
全員が息をのむ。
「今日の老人は……心臓が弱ってる。
その薬じゃ……“ただ苦しみを先延ばしにするだけ”だ」
「で、でも……理事会用の薬は……」
メリンダは視線を落とす。
「いいんだ。俺が決める」
セルグレンは棚から“濃い薬”を一本取った。
「メリンダ、交換しろ。
責任は俺が持つ」
「だ、だめ……
見つかったら……!」
「見つからねぇようにする」
セルグレンの声は、静かながら強かった。
メリンダは震える手で、
“濃い薬”を老人に渡した。
グレンは深く頭を下げた。
「ありがとう……ありがとう……」
⸻
◆7 ジージーの胸に芽生えた衝動
老人が去ってしばらくして。
ジージーは、
胸の奥が焦げるような感覚に襲われていた。
(殴りたい……)
白衣の医者の顔が、
脳裏に浮かぶ。
(許せない……)
怒りで呼吸が乱れた。
「ジージー」
セルグレンが肩に手を置く。
「今殴れば、
メリンダもダンもミーヤも……巻き込むだけだ」
「…………」
「怒りで殴るな。
怒りは“蝶番”を探すために使え」
「蝶番……」
「殴るんじゃなくて、
扉の流れを変える。
それが、お前の杖だ」
ジージーは目を閉じ、
深く呼吸した。
(怒りを……力じゃなく、“気づき”へ)
日本の道場で習った、
いちばん大事なこと。
“呼吸を整えろ。
折れる前に、折れを読む。”
ゆっくりと、
杖を握り直した。
「……行きましょう。
止める場所を、見つけたい」
「いい目になったな」
セルグレンがわずかに笑った。
⸻
◆後書き(用語解説):蝶番の場所「配分」
今回のテーマは “薬の配分=蝶番”。
表から見れば
「ただ薬を配るだけ」
に見えるが、
実際には――
薬の配分は、権力の“裏側の支点”そのもの。
•誰に“強い薬”を渡すか
•誰を“後回し”にするか
•誰を“弱らせるか”
•誰を“助けるか”
この判断ひとつで、
街の空気が変わる。
誰が生きるか、誰が死ぬか、
誰が従順になるか、誰が不満を抱くか――
全部が変わる。
だから理事会は医療を握り、
だからメリンダは怯え、
だからミーヤの弟は亡くなり、
だからグレン老人は弱い薬しか与えられなかった。
“蝶番”とは、
殴れない場所のことであり、
殴らなくても扉(流れ)を変えられる場所だ。
次回は
診察順の“操作”という第二の蝶番へ入ります。




