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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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施薬院の白い部屋で ― 治すための嘘、止めるための真実

◆ 街で一番「静かな場所」


 リルモアの西側。

 石畳が突然、土の道に変わる区域。

 その真ん中に――古びた白壁の小さな建物がぽつんと建っていた。


 扉の上には剥げた文字でこう書かれている。


施薬院せやくいん――無料診察》


「街に来たら、まずはここを見るって決めてるんだ」


 セルグレンが言った。


「理由があるんです?」


「ああ。

 “街の蝶番”は、だいたいこういう所に固まってる」


 その言葉の意味がすぐには理解できず、

 ジージーは首をかしげたまま扉を押した。


 中は、驚くほど静かだった。


 木のベンチに縮こまって座る老人。

 むせるように咳き込む子ども。

 薬草の匂い。

 薄暗い灯り。


 そして――

 壁に貼られている、どこかで見た印。


(丸と十字……)


 国家平和理事会の紙。

 そこには大きく、

《施薬院は国家平和理事会の管理下にあります》

と書かれている。


「……理事会、どこにでもいますね」


「いるさ。

 病人を支配できりゃ、人の心も支配しやすい」


 セルグレンは小声で答える。


「“医療”ってのは、

 王国じゃ力と同じくらい価値のあるもんだ」


 ジージーは受付の前に視線を向けた。


 真っ白なローブの“看護師”のような若い女性が、

 次々と患者をさばいている。


「次の方、どうぞ」


 ジージーたちも列に並び、

 しばらくして診察室に通された。



◆ 白衣の「優しい声」と、見えない鎖


 診察室の中は、

 さらに白かった。


 壁も、棚も、布も。

 その白さは“清潔”というより――

 “余計なことを考えさせない”ための白に見える。


「旅のお方ですね。

 どちらから?」


 椅子の向こうには、

 柔らかな笑みを浮かべた男が座っていた。

 白衣を着て、髪は七三分け……ではない。

 とはいえ、妙に整った笑顔だ。


「ああ、街道のほうからな」


 セルグレンが軽く答える。


「軽い検査だけ頼む」


「はい、もちろん。

 旅人の健康は街の治安にも関わりますから」


(……治安?)


 医者の言葉に、

 ジージーは小さく眉をひそめた。


 男は、

 金属の冷たい器具をジージーの手首に当てた。


「少し脈が早いですね。

 疲れでしょうか。

 それと――」


 医者は、目を細めた。


「あなたの杖。

 それで何を?」


「護身……くらいです」


 ジージーは、

 反射的に口ごもった。


「杖を扱える方には、特別な検診が必要なんです。

 “平和維持のため”に」


 柔らかい声なのに、

 内容が怖い。


(やっぱり……)


 ジージーは医者の目を見返した。


 笑っているのに、

 視線がやけに深い。


「“平和維持”って……

 怪我人を治すため、じゃないんですか?」


「ああ、もちろん治しますよ」


 白衣の医者は笑った。


「ただし――

 国に従順な人から順に、ね」


 その瞬間、

 ジージーの背筋に冷たいものが走った。


(従順じゃなかったら……?)


 答えを聞きたくなかった。


「あなたのように“杖を扱える人”には、

 協力してほしいことがあるんです」


「協力?」


「ええ。

 国家平和理事会の“治安講習”の手伝いを――」


 そこまで言いかけた時、

 セルグレンが割って入った。


「悪いが、うちは急いでんだ。

 また今度な」


「急がなくてもいいでしょう?

 街は平和ですよ?」


 医者の声は穏やかだが、

 部屋の空気が妙に重くなった。


 ジージーは気づいた。


(この人……

 “断られ慣れてる”声だ)


 静かに、

 じわじわと、

 断る余地を奪っていく声。


「今は本当に急ぎだ」


 セルグレンは笑顔を崩さないまま言った。


「腹が減ってね。

 診察終わりってことでいいか?」


 白衣の男の目が細くなった。


 すぐに笑いが戻る。


「もちろん。

 旅の方を引き止めるつもりはありませんよ」


 “今は”

 という言葉がつく気がした。


「また来てくださいね。

 その杖、見事でしたから」


 最後の一言だけが、

 部屋の白さより冷たかった。



◆ 裏通りのパン屋で


 施薬院を出た二人は、

 しばらく無言だった。


 街のざわめきが戻ってきても、

 胸の中のざわつきは消えない。


「……セル」


「なんだ」


「あの医者、

 言ってましたよね。“従順な人から治す”って」


「言ってたな」


「それって……

 もう医者じゃないですよね」


「そういうことだ」


 セルグレンはひとつため息をついた。


「理事会は“病院”って形を使う。

 そのほうが、

 人に逆らわれにくいからな」


「逆らうと……

 治してもらえなくなる?」


「そうだ」


 短く返ってくる答えが、

 やけに重い。


 裏通りの小さなパン屋まで来たところで、

 セルグレンは立ち止まった。


「ジージー。

 今日見たのは“街の蝶番”のひとつだ」


「蝶番……」


「扉の正面じゃなくて、

 横の小さな金具。

 そこを押さえてる奴が、

 “扉の開閉”を握ってる」


 セルグレンの目は、

 街路の先の施薬院を見ていた。


「あの白衣の医者は、

 病気を治すんじゃなく、

 “従わせる”ために健康を使ってる」


 ジージーは唇を噛んだ。


「……止めたいです」


「止められるさ」


 セルグレンはジージーの杖を指した。


「ただし、“殴って”止めるんじゃねぇ」


「殴らない……」


「お前、さっき気づいただろ?」


「何を?」


「白衣の医者は、

 “言葉”で体重をかけてくる」


 ジージーはハッとした。


(あ……)


 そうだ。

 あの医者は、

 声だけで“逃げ道”を塞いできた。


「だから、

 お前の杖で探れ」


「杖で……?」


「杖ってのは、

 “触らずに触る”道具なんだろ?」


 セルグレンの言葉は、

 ジージーの胸の奥に深く届いた。


(触る前に、気づける)


 師匠の声がよみがえる。


「人の手が触れる前に、

 心が何をしてるかを読むんだよ」


(じゃあ――

 あの医者は、最初から“従わせる気”で話してた)


 その気づきだけでも大きい。


「明日、もう一度行くぞ」


 セルグレンが言った。


「施薬院に?」


「今度は“診察”じゃねぇ。

 周りを見る」


「周り……?」


「医者を支える助手。

 薬草の配分。

 患者の流れ。

 誰が薬をもらえるか、誰が後回しになるか」


 全部が蝶番で、

 全部が“止められる場所”になり得る。


「わかった?」


 セルグレンがジージーを見る。


 ジージーは杖を握り直し、

 はっきりと頷いた。


「――止めてみせます」


「その意気だ」



◆ “止めるための杖”に、新しい感覚が増える


 その夜。

 宿屋の薄暗い部屋で、

 ジージーはひとり、杖の先を見つめていた。


(触らないうちに触る……

 殴る前に、自分を止める……

 そして、相手の言葉の重さを読む……)


 砂漠での戦いとは違う。

 殴って、止めて、逃げる――

 それだけでは追いつかない。


 この国では、

 言葉も、制度も、医療すら“武器”になる。


(だったら、あたしの杖も――)


 ゆっくりと構える。

 息を整える。


 廃坑道でも、街路でも、広場でも、

 杖の使い道は無限に増える。


 今、胸の奥に芽生えているのは――

 “もうひとつの止め方”。


(相手の“体重のかけ方”を読むように、

 “言葉の重さ”も読めるようになる)


 ジージーは、

 その新しい感覚を胸に抱きながら灯りを消した。



【後書き:用語解説「蝶番ちょうつがい」その2】


今回の後書きでは、

前回の“蝶番”解説をもう一歩深掘りします。


■「蝶番」は“弱点”ではなく“支点”

•扉の鍵穴=敵の顔・象徴・正面

•蝶番=その歯車を支えている結節点


前回は「弱点としての蝶番」を説明しましたが、

実際には “支点(pivot)” に近い意味があります。


■支点を動かすと、扉全体の動きが変わる


例えば今回の施薬院。

•白衣の医者=大きな歯車

•壁に貼られた理事会の紙=看板

•治療の優先順位=扉の動き

•そして、受付の若い女性や薬草の配分が“蝶番”


蝶番は、

一見どうでもよさそうな“細い部分”。


でもそこが変わると、

•人が集まる先が変わる

•不満が生まれる順番が変わる

•権力が流れる方向が変わる


こういった「動線」が変わる。


■ジージーの杖は、蝶番を“押さえたり緩めたり”するための道具

•正面から殴らない

•でも無視もしない

•触る前に「どこが支点か」感じる


この三つを満たすための道具が、

彼女の杖。


■“殴る前に一拍おけ”とは、“支点を探せ”という意味


感情で殴る前に、


「今、この扉の支点はどこか?」

「そこを外したら何が動くか?」


と考えるクセ。


この思考そのものが、

今後のジージーの生存力と成長につながります。



次の話では、

施薬院の“蝶番”に触れる具体的な事件を扱います。

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