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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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20/242

土の街路へ ― 二人旅のはじまり



【前書き】


砂漠の谷で一夜を明かしたジージーたちは、

ついに「砂の端」を越え、

エルビアンヌ王国側の“土の世界”へ足を踏み入れます。


今回は――

•廃坑道を抜ける国境越え

•生き残り同士のささやかな別れ

•そして「セルグレン&ジージー」の二人旅が正式に動き出すところ


までを描いていきます。



◆ 廃坑道という「細い蝶番」


 翌朝。

 谷の上には、うっすらと霧がかかっていた。


 砂漠では見なかった景色だ。

 ジージーは、

 その白さをぼんやりと見上げながら杖を握り直した。


「……なんか、空が薄い」


「湿気だよ」


 サルーシャが、

 マントの襟を少し上げながら笑った。


「砂だけの空気じゃないってこと」


「喉にくっつく感じします」


「それが“土の匂い”だ」


 セルグレンが、

 谷の出口を指さした。


 そこには、

 岩肌の裂け目のような穴が口を開けている。


「あれが、廃坑道の入口」


「……思ったより、怖い見た目ですね」


 ジージーは、

 無意識に空を見上げた。


 砂漠の真ん中では、

 どこまでいっても空は開いていた。

 今、目の前にあるのは「空が消えていく穴」だ。


「関所から行く手もあるが」


 ナジルが肩をすくめる。


「あっちは“理事会の目”がべったりだ。

 今の顔ぶれで正面突破は無理だろう」


「だろうね」


 レム翁も頷く。


「廃坑道なら、

 せいぜい盗賊とコウモリくらいだ」


「盗賊が“せいぜい”って言い方、おかしくないです?」


 ジージーが思わず口を挟むと、

 谷のあちこちから小さな笑いが漏れた。


 笑い声がある。

 それだけで、昨日までの地獄から少しだけ遠ざかった気がする。


「山羊は?」


「先に何頭か入れてある」


 ナジルは、

 坑道の入口で待つ数頭の山羊を顎でしゃくった。


「足場の悪さには、あいつらが一番強い。

 崩れそうな場所があれば、先に足を滑らせて教えてくれる」


「ひどい説明の仕方ですね」


「山羊は丈夫だ」


 ナジルは悪びれもせず言う。


「ま、心配すんな。

 どうせ、一番先に足を滑らせるのはお前じゃなくてセルぐらいだ」


「なんで俺限定だよ」


「Mハゲは滑りやすいんだ」


 サルーシャが悪ノリすると、

 今度は少し大きな笑いが起きた。


 ジージーは、その笑いに紛れて、

 そっと自分の胸に手を当てる。


(大丈夫。

 大丈夫……)


 深呼吸。

 心拍を数える。

 師匠に教わった数息法を思い出す。


 ――一、二、三。

 ――吸って、四で止める。

 ――五から、ゆっくり吐く。


 それだけで、

 洞窟の暗闇が、少しだけ薄く見える気がした。


「行くぞ」


 セルグレンが、

 肩に荷物を担ぎ直した。


「先頭は山羊、その次がナジル。

 真ん中あたりにレム翁たち。

 後ろのほうでジージーと俺が“尻払い”だ」


「尻払いって、かっこよくないですね」


「かっこよく逃げる技術なんだよ。

 よく覚えとけ」


 そんな軽口を交わしながら、

 一行は廃坑道へと足を踏み入れていった。



◆ 空のない道を歩く


 廃坑道は、思っていたよりずっと狭かった。


 岩肌むき出しの通路。

 ところどころに、昔使われていた木の支柱が黒く残っている。


 足元には、

 古いレールの名残のような溝が走っていた。


「昔は、ここから鉱石を運び出してたんだって」


 サルーシャが、小声で説明する。


「でも、質が落ちて採算が合わなくなって、

 全部ほったらかしにされて――今は山羊と反乱軍の通り道」


「なんか、もったいないですね」


「もったいないものだらけだろ、この国は」


 セルグレンが、

 頭上の低い天井に注意しながら進む。


 ジージーは杖を軽く前に突き出し、

 足場を確かめるように歩いた。


 砂漠では、

 杖は「重心を運ぶための脚」だった。

 ここでは――

 「落とし穴を探るための触角」だ。


 木の板が腐っている場所。

 小石が崩れやすい場所。

 水が染み出して滑りやすくなっている場所。


 杖の先から伝わる感触は、

 彼女の足よりずっと正直だった。


「……生きてれば、使い方も変わるもんですね」


「なんだ、急に悟ったようなこと言って」


「砂の上じゃ殴る道具、

 ここじゃ支える道具、探る道具。

 “止めるための杖”って、

 ほんとにいろんな止め方があるなぁって」


「まだまだ増えるぞ」


 セルグレンが前を見たまま答えた。


「そのうち、

 “扉を開けないために突っ張る杖”とか、

 “酒場で寝てる仲間の頭を小突く杖”とかにもなる」


「最後のは、もうなってますよね?」


「言うな」


 ジージーは少し笑って、

 また天井を見上げた。


(大丈夫。

 空はなくなってない。

 ただ岩の向こうに隠れてるだけ)


 そう思うと、

 息のしづらさもほんの少しだけ和らいだ。


 途中、

 コウモリの群れが頭上を飛び立ち、

 小さな悲鳴があがる場面もあった。


「大丈夫、大丈夫! 噛まないから!」


 サルーシャが慌てて声を上げる。


「噛むコウモリもいるけど、

 今のはたぶん大丈夫!」


「“たぶん”って言うな!」


 ライルが顔をしかめる。

 でも、誰も本気で怒ってはいなかった。


 笑いと恐怖が混ざり合った、その空気こそが

 「まだ生きている証拠」だった。



◆ 土の匂いと、水の音


 どれほど歩いただろう。


 やがて、

 前方から風が吹き込んでくるのがわかった。


 乾いた砂の匂いではなく、

 湿り気を含んだ柔らかい匂い。


 それと共に――

 さらさら、と水が流れる音が聞こえてきた。


「……水?」


 ジージーの声が、

 自然と高くなる。


「川だ」


 ナジルが振り返る。


「気を抜くなよ。

 出口の近くほど足場が悪い」


 最後の曲がり角を抜けると、

 目の前にぱっと光が広がった。


 ジージーは、

 思わず目を細めた。


 砂漠の太陽とは違う。

 少しだけ柔らかい光。

 頭上には、

 ちゃんと空があった。


 灰色と青の混じり合う空。

 白い薄雲。

 そして、足元には――


「……水だ」


 見慣れたはずのものなのに、

 まるで初めて見るもののように思えた。


 坑道の出口のすぐそばを、

 幅の狭い川が流れている。

 水面は透き通ってはいないが、

 泥と砂を混ぜたような色をしていて、

 ゆっくりと、しかし確実に下流へと流れていた。


 ジージーは、

 杖をそっと地面に立てかけて、

 川縁に膝をついた。


 手を伸ばす。

 指先に冷たさが触れる。


「冷たい」


 言った瞬間、

 なぜか涙が一緒にこぼれた。


 サルーシャが、

 そっとその隣にしゃがむ。


「砂漠、長かったもんね」


「……まだそんなに、

 長くもなかったのかもしれないですけど」


 ジージーは笑おうとして、

 うまく笑えなかった。


「でも、“終わった場所”たくさん見てきたから……

 “流れてるもの”見ると、

 なんか反則な気がして」


「反則でも、

 手をつけていいんだよ」


 サルーシャは、

 自分の指先にも水を触れさせる。


「死んだ人たちのぶんまで。

 ちゃんと冷たいって感じないと、損」


「……はい」


 ジージーは、

 もう一度、水をすくった。


 生ぬるいような、冷たいような、

 奇妙な感触が掌に広がる。


(生きてる)


 川も、自分も。

 それだけは、はっきりしていた。



◆ 土の街「カルナリオ」


 廃坑道からそう遠くない場所に、

 小さな街があった。


 石と土でつくられた城壁。

 高さはそれほどないが、

 「砂漠の向こう」とは明らかに雰囲気が違う。


 門の上には、

 エルビアンヌ王国の紋章――

 三つの小さな塔が並んだ意匠が掲げられている。


「カルナリオの街」


 ナジルが説明する。


「国境地帯の小さな交易町だ。

 砂漠の品と、エルビアンヌの穀物と鉄が行き来する場所」


「正式な関所は?」


「あの門の先にあるはずだが……

 今は“特別警備中”かもしれねぇな」


 門の前では、

 数人の兵士が往来を見張っていた。


 鎧のデザインは、

 ジージーの家の領兵と似ている。

 ただ、肩や胸の紋章には

 見慣れない小さな印が追加されていた。


「……あれ」


 ジージーは、

 兵士の胸もとにある小さなバッジに目を留めた。


 丸い輪と、その中に簡単な十字。

 どこかで見たような――


「“国家平和理事会”の印だ」


 セルグレンが低く言う。


「だから門は使わねぇ。

 今日は“別の入口”から入る」


「別?」


「商人の荷車は、

 いつも正面から入るとは限らない」


 セルグレンは、

 街の外周をぐるりと回るように歩き出した。


 城壁の隙間。

 小さな裏門。

 荷物だけ出し入れするための、

 半分放置された木戸。


 そういう「隙間」は、

 どんな街にも必ずある。


「ここだ」


 セルグレンが立ち止まったのは、

 城壁の影に隠れるような小さな扉の前だった。


 扉の上には、

 薄くなった看板が掛かっている。


《カルナリオ市 物資搬入口》


 鍵はかかっていない。

 代わりに、

 中にいた老人がのそりと顔を出した。


「今日は、荷車の予定は……」


「ナジルのとこの山羊が、

 ちょっとばかし“寄り道”したいんだとさ」


 セルグレンは、

 懐から小袋を取り出して老人に渡した。


 中身は、

 金貨と、乾いたチーズの塊。


「関所は混んでるだろ。

 こっちから入れてもらえると助かる」


「ったく。

 山の連中はいつも勝手しおる」


 老人は呆れたように言いながらも、

 手はしっかり小袋を受け取っていた。


「今日は兵士どもも忙しそうだ。

 見なかったことにしてやるよ」


 ギィ、と扉が開く。

 街の裏側の匂いが、

 ふわりと流れ込んできた。


 パンを焼く匂い。

 油の匂い。

 石畳と家畜と人の汗。


 砂と血の匂いとはまるで違う、

 生活の匂いだ。


「ようこそ、土の街へ」


 セルグレンが、

 半分茶化したように言った。


 ジージーは、

 胸の奥が少しざわつくのを感じながら、

 一歩、石畳の上に足を乗せた。



◆ 「平和」の顔をしたポスター


 カルナリオの街は、思っていたより賑やかだった。


 狭い通りに、

 屋台と店がひしめき合う。

 砂漠から来た商人たちの服装と、

 エルビアンヌの農民たちの服装がごちゃ混ぜになって歩いている。


 ジージーは、

 そのごちゃごちゃの中に紛れながら、

 必死で目立たないよう振る舞おうとした。


(胸張りすぎない。

 でも、俯きすぎない)


 杖は、

 「杖の勇者」ではなく

 「ただの旅の護身具」に見えるように持つ。


 舗装されきっていない石畳を、

 軽く突きながら歩く。


 ふと、

 壁に貼られた一枚の紙が目に入った。


 白地に黒い文字。

 上部には、

 “平和の印”と説明された小さな紋章――

 丸と十字。


《平和を乱す者に注意!》


 その下には、

 粗い線画で描かれた「反乱者風」の男が、

 槍を構えている姿が描かれていた。


《彼らはあなたの家族と暮らしを脅かします。

 見かけたらすぐに

 国家平和理事会・地方監査局へ通報を》


 ジージーの足が、一瞬止まりかける。


(“彼らは暮らしを脅かします”)


 その言葉が、

 エイリアスやサンドイーグルたちと結びつくのが、

 どうしても許せなかった。


「見るな」


 セルグレンが、

 さりげなくジージーの肩を押した。


「今は」


「でも――」


「“でも”って顔は、

 人混みの中じゃ一番目立つ」


 低い声。

 ジージーは歯を食いしばって、

 ポスターから目を逸らした。


(止めたいものが、また増えた)


 理事会。

 黄砂。

 北の帝国。


 そして――

 それを信じ込まされてしまう人々の「当たり前」。


 全部一度に止めることなんてできない。

 それでも、

 いつかどこかの蝶番を外せるように。


(生きて、ちゃんと見てやる)


 ジージーは、

 胸の中でそう呟いた。



◆ それぞれの行き先


 夕方。

 カルナリオの外れの安宿の一室に、

 生き残りたちが集まっていた。


 粗末な木のテーブル。

 薄い酒。

 固いパンと煮豆。


 豪勢とは程遠いが、

 「戦場の残り物」ではない食事だった。


「さて」


 レム翁が、杯を置いた。


「ここから先の話をしよう」


 部屋の中の空気が、少しだけ締まる。


「ナジルは、山羊隊を連れて北の山へ戻れ」


「……戻る、か」


 ナジルは渋い顔をした。


「戻ったところで、

 俺の里の誰が信じてくれる」


「信じてくれるまで、

 何度でも語ればいい」


 レム翁は穏やかに言う。


「砂漠で何が起こっているか。

 理事会がどんな手を使っているか。

 それを知っている者が、

 山にはお前しかおらん」


「……ったく」


 ナジルは頭を掻いた。


「老人のくせに、

 若いもんにばっか仕事押し付けやがる」


「わしも、まだ少しは働くつもりだよ」


 レム翁は笑った。


「拳の残党とは、

 北東の街道沿いで合流の約束をしておる。

 わしはそちらに向かい、

 あの娘――イレナと落ち合って、

 “街の中”から手を打つ」


「街の中から?」


「砂漠からの一撃はもう潰された。

 ならば次は、

 “街の中から静かに止める”番だ」


 レム翁の目は、

 まだまだ衰えていなかった。


「じゃあ、あたしは?」


 サルーシャが首をかしげる。


「わたし、

 誰について行ったらいいんでしょう」


「お前は、

 どこでもいいだろう」


 ナジルが冗談めかして言う。


「どこ行っても、

 勝手に怪我人見つけて包帯巻いてそうだ」


「ひどい言い方ですね、それ」


 サルーシャは頬を膨らませたが、

 すぐに笑った。


「でも、まあ……そうですね。

 レム翁のほうに行きます。

 街の中のほうが、怪我人多そうですし」


「まったく。

 戦が終わっても仕事を探しに行くとは、

 熱心なことだ」


 レム翁も苦笑する。


「ライル、お前は?」


「俺は――」


 ライルは、

 ジージーのほうをちらりと見た。


 その視線に、

 ジージーは少しだけ胸が痛んだ。


「……ナジル隊長のところに行きます」


「こっちか」


 ナジルが片眉を上げる。


「いいのか、

 “砂漠の負け犬”側について」


「負けたのは負けたんでしょうけど」


 ライルは、

 握った拳を見つめた。


「逃げて生き残ったぶんくらい、

 どこかで“勝ち”に変えないと、

 隊長に怒られそうで」


 その言い方が、

 妙にジージーの胸に刺さった。


(怒られたい人、増えてきたな)


 エイリアス。

 レム翁。

 ナジル。

 イレナ。


 誰かの「こうありたい」を背負って、

 それでも自分の「こうしたい」を探しに行く。


「そして」


 レム翁の視線が、

 セルグレンとジージーに向いた。


「お前たち二人には――

 “別の道”を行ってもらう」


「別の?」


 ジージーが首をかしげる。


「エルビアンヌの内側。

 できれば、北の帝国との“つなぎ目”に近い場所まで」


 レム翁は、

 テーブルの上に簡単な地図を広げた。


 カルナリオから伸びる街道。

 その先にある中規模の都市。

 さらに北へ行けば、

 帝国との国境地帯がある。


「理事会の手先は、

 こういうところに巣を作る」


 レム翁は、

 一つの町に指を置いた。


「地方監査局。

 帝国から来た“顧問”。

 妙に揃った兵の装備」


「“利権チューチュー”の連中が

 顔を出してそうな場所ばっかりですね」


 セルグレンが顔をしかめる。


「そこに、

 ジージーを連れて行け」


「……やっぱりそうなります?」


 ジージーは、

 自分の胸に手を当てた。


「“止めるために戦いたい”って言った罰ですかね」


「罰ではなく、

 仕事だ」


 レム翁は穏やかに言う。


「お前は、“外”から来た目を持っている。

 この世界の当たり前を、

 当たり前として受け入れない目だ」


「それは――」


 ジージーは言葉に詰まった。


 自分ではただ、

 「納得できないだけ」だと思っていた。


「その目で見て、

 その杖で、“今にも折れそうな蝶番”を支えたり、

 そっと外したりしてくれ」


 レム翁の言葉は、

 まだ具体的な指示ではなかった。


 それでも、その大枠は

 ジージーの胸の中にすとんと落ちてきた。


「……やってみます」


「やれ」


 セルグレンが横から言う。


「“やってみます”じゃなくて“やれ”。

 やるまで面倒見るのが、俺の仕事だ」


「じゃあ、

 セルグレンの命令も嫌いになっておきます」


「上等だ」


 二人のやりとりに、

 部屋の空気が少しだけ和んだ。


 こうして――

 砂漠の連合で生き残った者たちの道が、

 それぞれに分かれていった。



◆ 二人旅、看板を掲げる


 夜が明けきる前。

 カルナリオの街路は、まだ人影がまばらだった。


 石畳に夜露が残り、

 早起きのパン屋から香ばしい匂いが漂ってくる。


 ジージーとセルグレンは、

 街の外れの小さな広場に立っていた。


 荷物は最低限。

 ジージーの杖。

 セルグレンの槍と短剣。

 それから、小さな荷袋。


「看板、どうします?」


 ジージーが問う。


「看板?」


「“何者として旅をするか”って意味です。

 ただの通りすがりの二人組ってわけにもいかないでしょ」


「ああ、そういうことか」


 セルグレンは顎に手を当てる。


「行商の護衛って線もあるが……

 俺たち、自分の荷しか持ってねぇしな」


「“杖術の先生と、頭の薄い護衛”とか」


「頭の薄いって言うな」


 セルグレンがむっとする。


「それにお前、

 杖術の先生って柄じゃねぇだろ。

 まだ叩き込まれる側だ」


「じゃあ、“旅の杖使い見習いと、その護衛”とか」


「……それでいいかもしれねぇな」


 セルグレンは少し考えてから頷いた。


「旅芸人ほど派手じゃないが、

 “杖でちょっとした芸当見せます”くらいなら、

 警戒もされにくい」


「止めるための杖なのに、

 見せ物にしていいんですかね」


「“止めるため”に近づく方法はいくらでもあるさ」


 セルグレンは肩をすくめた。


「それに、

 お前の杖さばきは、

 見世物にしても損じゃねぇレベルにはなってきた」


「……それって褒めてます?」


「褒めてる。

 素直に喜べ」


 ジージーは、

 少しだけ照れくさくなって目を逸らした。


「じゃあ、名前も変えたほうがいいですかね」


「名前?」


「“ジョージア・ギルバート”って、

 ちょっと貴族っぽいじゃないですか。

 領地のこと、勘繰られても嫌ですし」


「そうだな」


 セルグレンは腕を組んだ。


「何か“軽い通り名”はないのか」


「前の世界では、

 “ジージー”って呼ばれてました」


「ジージー」


 セルグレンは口の中で転がすように言ってみる。


「……悪くねぇな。

 ちょっと抜けてそうで、実は抜けてない感じがする」


「抜けてないですよ」


「わかってるよ」


 セルグレンは笑った。


「じゃあ、今日からお前は

 “杖使いのジージー”。

 俺は……」


「Mハゲのセルグレン?」


「そこは普通に“セル”でいい」


 そんなやりとりをしていると、

 背後から声が飛んできた。


「ジージーちゃん!」


 振り向くと、

 サルーシャとライル、それからナジルとレム翁が立っていた。


「見送り、来ちゃいました」


 サルーシャが手を振る。


「しばらく会えないかもしれないからね」


「……ありがとう」


 ジージーは、

 胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。


「ジージー」


 ライルが、

 少し照れくさそうに頭を掻いた。


「俺、

 誰かに“止めるために戦いたい”って堂々と言ったの、

 あんたが初めてでした」


「え?」


「だから、

 死ぬのやめます」


 唐突な宣言だった。


「死ぬのやめて、

 どこかでまた笑えるように頑張ります」


「……うん。

 じゃあ、あたしも死ぬのやめます」


 ジージーは笑った。


「どこかで会ったとき、

 “あの時の決意、まだ続いてる?”って

 お互い確認できるように」


「約束ですね」


「ああ、約束だ」


 ナジルとレム翁も、

 少し離れたところから頷いていた。


「行け」


 レム翁の短い言葉。


「二度と砂漠の真ん中には

 戻ってこなくていい。

 だが、砂漠で見たものを忘れるな」


「忘れません」


 ジージーは深く頭を下げた。


 その隣で、

 セルグレンも軽く頭を下げる。


「隊長の分まで、

 ちゃんと面倒見ときます」


「わしの分もな」


 レム翁が笑う。


「あと、エイリアス殿の分も」


「増やすなよ借りを」


 セルグレンが顔をしかめると、

 また小さな笑いが生まれた。



◆ 杖の先で刻むリズム


 カルナリオの街を出ると、

 道はゆるやかな丘陵地帯へと続いていた。


 石と土の混じった街道。

 両側には、低い木々と畑が広がる。

 遠くには、小さな村の屋根が見える。


 ジージーは、

 杖の先で石畳ならぬ土の道をとん、とん、と軽く突いた。


 砂漠とは違う音。

 少し湿った、重たい音。


「……歩きづらい」


「贅沢言うな」


 セルグレンが笑う。


「砂よりはマシだ」


「砂は砂で、

 慣れれば悪くなかったですよ」


「そのうち、

 この土の重さにも慣れる」


 セルグレンは、

 空を見上げた。


「砂の上より、

 隠れる場所も多い。

 敵だけじゃなく、味方もな」


「味方も?」


「この先、

 “味方のふりをした敵”も、

 “敵のふりをした味方”も山ほど出てくる」


 セルグレンの横顔は、

 砂漠にいたときより少し険しく見えた。


「お前は、

 杖で人の足も止めるが、

 “自分の足”もちゃんと止めろよ」


「……どういう意味です?」


「いざって時、立ち止まって考えられる奴が、

 この先一番生き残る」


 それは、

 エイリアスの「生きるほうを選べ」という言葉と

 同じ方向を向いているように思えた。


 ジージーは、

 改めて杖を握り直す。


 止めるための杖。

 支えるための杖。

 探るための杖。


 これから先、

 どんな使い方が増えていくのかはわからない。


 それでも――

 杖の先で刻むリズムだけは、

 自分で決めていける。


「セルグレン」


「なんだ」


「いつか、

 “止めたいもの”がはっきり見えた時は――

 その時は、殴ってもいいですよね」


「その時は、

 俺も一緒に殴る」


 セルグレンは、

 少しだけ笑った。


「殴る前に、

 ちゃんとどこを止めるか考えてからな」


「はい」


 ジージーは頷いた。


 空は、砂漠の上より少し低く、

 土の匂いはまだ鼻に慣れない。


 それでも――

 杖の先が刻む「とん、トン」というリズムは、

 不思議と心地よかった。


 こうして。


 砂漠の蠍殺しの隊からこぼれ落ちた

 ひとりの“杖使い見習い”と、

 面倒見の悪い“逃げ足の達人”との二人旅が、

 静かに、しかし確かに動き出した。


 誰もまだ知らない。


 この細い街道の上を歩き始めた女が、

 やがて「杖の勇者ジージー」として語られ、

 さらに何百年後――

 塔の中で子どもたちを導く

 あのネクロマンサー“ジギー”へと重なっていくことを。



【後書き】


カルナリオ到着から、

それぞれの行き先の決定、

そして「セルグレン&ジージー」の二人旅スタートまでを書きました。

•廃坑道という“細い蝶番”での国境越え

•川の水に触れてしまうジージー

•国家平和理事会のポスターという“情報戦”の片鱗

•生き残りたちの分岐(山・街・そして内側へ)

•「杖使いのジージー」としての通り名と二人旅の看板


ここで砂漠編はいったん〆、

この先は「エルビアンヌ王国編/内側からの“止め”」に入っていく感じですね。


このあと、

•最初のエルビアンヌ地方都市での小さな事件

•理事会の地方監査局&“七三分けデブ”系の連中との初接触

•ジージーの“杖芸”が初めて「見世物」として活きる場面


などを挟んでいくと、

じわじわ「杖の勇者ジージー」への道が見えてくるかなと思います。

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