山谷を越えて
◆前書き
山は息をしている。
レーヌ湖畔の町を出たとき、
はるか遠くに見えていた山脈は
今や真上へ突き刺さるほど巨大だった。
岩肌は鋭く、
木々は風を切り裂き、
雲が斜面を這い上る。
太陽は頂に遮られ、
谷は常に影だ。
風は冷たく、
時折、何かの低い唸り声を運ぶ。
ジージーは息を吐いて背筋を正し、
前を見据える。
険しい道が、
まだその先に続いている。
◆
岩に囲まれた山路を進みながら、
ジージーたちは
近くの村へ向かっていた。
セルグレンが、
斜面の上を指差す。
「前方に分かれ道。
どっちだ?」
ジージーは星鏡を取り出して確認した。
「左。
海の方角に向かっちゃうと戻っちゃうから」
リゲロが周囲を警戒しながら言う。
「魔物の痕跡がある。
気をつけろよ」
ミナはふわりと漂いながら
指を顎に添えた。
「山の気配……ざらざらしてる。
なにかが荒れてる」
セルグレンが顔をしかめる。
「こんな山奥で“荒れる”って……
大抵、魔物の増殖か」
ジージー
「……魔物が増えると
近くの村に影響出ちゃうよね」
リゲロ
「そのための冒険者や傭兵なんだが……
この辺りにはいないらしいしな」
ミナ
「じゃあ、わたしたちのおしごとだよ」
ジージー
「うん。
頼られたいってわけじゃないけど……
困ってる人がいるなら、助けたいよね」
セルグレンとリゲロは
顔を見合わせて苦笑した。
(この子は本当に……)
◆
しばらく歩いていると、
荷車を押した男が見えた。
小柄で、
背中には大きな背負い袋。
帽子を深くかぶった旅の商人だ。
男は驚いたように
目を丸くした。
「お、おお!?
こんな場所で人に会えるとは!」
ジージー
「こんにちは!
どこから来たんですか?」
商人
「も、モンテーヌの方からです!
最近、魔物がやたら出没してて……
道が危なくてですね……」
セルグレン
「やはりか」
商人
「特にこの先の谷に
“黒角の獣”が現れるようでしてね」
リゲロが目を細める。
「黒角……
オーグホーンか?」
商人
「いえ!そんな大物じゃ……
たぶん、ミノタロスの下位種かと」
ミナがぽつり。
「怒ってる匂い。
すごく、怒ってる」
商人
「冒険者ギルドがないもんで、
住民は侵入を防ぐため、必死に柵を……」
ジージー
「大変そう……!」
商人
「し、しかし!
あなた方、まさか冒険者!?」
セルグレン
「まあ、戦える程度の旅人だ」
商人
「お助けください!とは言いませんが……
いえ、言いたいですが……!
生きてたら村へ寄ってやってください!」
リゲロ
「生きてたらな」
商人
「ほ、本当に気をつけてください!」
ペコペコと何度も頭を下げ、
商人は急ぎ足で去っていった。
ジージー
「……お願いされたら、放っておけないよ」
セルグレン
「同感だ。
ただ、無茶はするな」
リゲロ
「敵の規模も分からんしな」
ミナ
「でも、大丈夫。
みんな一緒だから」
ジージーは頷き、
再び険しい道を進んだ。
◆ 夜営
日が山に沈み切る前に、
平らな岩場を見つけた。
焚き火の光が、
岩肌に赤い影を作る。
ジージーは火の前にしゃがみ込み、
缶詰のような食糧を温めているとクッキーのような食糧をリゲロが投げてきた。
リゲロ
「食え。
腹減りゃ動けない」
ジージー
「あっ、ありがとう!」
セルグレン
「俺の分もあるぞ。
食べておけ」
ミナ
「ジージー、元気戻れ」
みんながいてくれる。
それだけで、
寒い夜も心が温かくなる。
静かな夜風の中、
星が遠く瞬いていた。
(守りたい。
そのために強くなる)
ジージーは小さく
胸の加護を握る。
焚き火の火が
小さな決意を映した。
◆ 翌朝
太陽が背後の山から
ようやく顔を出す頃。
リゲロが立ち止まる。
「……聞こえるか?」
耳に届く
かすかな叫び声。
セルグレン
「悲鳴だ!」
ジージー
「急ごう!!」
道を駆け下りると、
谷の入り口で光景が広がった。
背丈より大きな黒角の獣。
ミノタロスの下位種、オーグホーン。
その足元に
獣耳と尻尾を持つ少年。
亜人だ。
怯え、
足を引きずり、
今にも倒れそう。
「や、やめろ……! 誰か……ッ!」
角獣が吠え、
少年へ向けて踏み込む。
ジージー
「させないッ!!」
杖を構え、全力で駆け出した。
次回:
角獣討伐!
亜人の少年を救え!




