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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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『杖の勇者ジージー』第12話 蠍鍋の夜と、遠くに揺れる旗

【前書き】


デス・スコーピオンとの初戦を切り抜けたサンドイーグル隊。

今回は、その「勝利のあと」の物語です。


蠍鍋を囲むささやかな宴。

笑い声と、焚き火。

その裏側で、静かに近づいてくる“別の影”。


ジージーにとっては、

「ここで生きたい」と初めて心の底から思った夜であり――

同時に、故郷の国の旗を砂漠で見てしまう夜でもあります。




◆ 蠍をばらす音


 デス・スコーピオンの巨体は、

 砂の上に横たわったまま、完全に動きを止めていた。


 日が傾き始め、砂漠の熱が少しだけ緩む。


「よし、やるか」


 モハンの一声で、

 “戦闘モード”から“解体モード”へと空気が切り替わった。


 腰の重刃を抜いた彼は、

 巨大な蠍の腹を見上げ、

 どこから切り込むかを静かに見定める。


「ジージー」


「はい」


「尻尾の残り、持ち上げろ。根元だ」


 言われた通り、

 ジージーはひびだらけの木杖を横に置き、

 両腕で蠍のちぎれかけた尾を持ち上げた。


 ぬるりとした感触。

 甲殻の下に残るぬめりと熱。


(……生き物だったんだよな)


 当たり前のことに、今さら気づく。


「うえっ……」


 隣でリースが顔をしかめた。


「何その顔、弓の腕前のくせに解体は苦手?」


「いや、慣れてるけどさ。毎回見た目だけは無理なんだよ、これ……」


「喋るな。唾が飛ぶ」


 モハンが短く言って、

 毒袋の位置を慎重に探っていく。


「ここ。――誰も触るな」


 重刃の腹で、

 膨らんだ袋の周りをそっとなぞる。


「毒袋は破ったら全員地獄を見る。

 袋ごと取り出して、別に埋める」


「料理にも使わないの?」


「使う気か?」


「冗談だよ!」


 リースが両手を振った。


 ジージーは、

 自分の呼吸が浅くなっているのを自覚しながら、

 尾の重みに耐える。


「手、震えてるぞ」


 モハンがちらりと見た。


「怖い?」


「……正直、ちょっと。

 落としたら終わりでしょ、これ」


「落とすな」


「うん」


「震えてもいい。落とさなきゃいい」


 それだけ言って、

 モハンは再び毒袋の付け根に刃を入れた。


 ザクリ。

 嫌な音がして、

 一塊になった組織が、ぬるりと剥がれる。


 モハンはそれを刃ごと持ち上げ、

 砂の上に用意しておいた穴へと運んでいった。


「ジージー、もう少し上げろ」


「はいっ……!」


 腕が悲鳴を上げる。

 だが、今度こそ落とすわけにはいかない。


(戦いが終わっても、まだ“続き”があるんだな)


 殺すだけじゃ終わらない。

 食べるために、毒を避けるために、

 明日に繋げるために――。


「よし、もう楽にしていい」


 モハンの声に、

 ジージーは尾をそっと砂の上へ下ろした。


「はぁぁぁ……腕、もげる……」


「その腕でさっき尻尾叩き上げたんだから、大したもんだよ」


 リースが肩を叩いてくる。


「生きてる筋肉は使わないとね」


「褒めてるのか、それ」


「褒めてる褒めてる」


 サルーシャが少し離れたところで、

 ちぎれた脚から甲殻を剥がし始めていた。


「こっちは殻を砕いてスープ用ね。

 関節の内側に残ってる肉も、ちゃんと取り出す」


「お前、意外とえげつない仕事するよな」


「なにそれ」


「褒めてる」


「それ、さっきジージーにも言ってなかった?」


 くだらないやり取り。

 それでも、その声が焚き火の準備を急かす。


 セルグレンが、周囲を見回しながら言った。


「隊長、警戒はどうする?」


「いつも通り二名ずつ交代で見張り。

 蠍は派手だったが、匂いにつられて他の獣も来る」


 エイリアスの視線は、

 デス・スコーピオンの死体から少しだけ離れた場所――

 砂に残る、不自然に真新しい轍へ向けられていた。


(……誰かが、ここを通ってる)


 そう見える線が、薄く砂丘の向こうへ伸びている。


 ジージーはまだ、その意味を知らない。



◆ 蠍鍋は意外と旨い


 日が暮れると、

 砂漠の温度は嘘みたいに落ちていく。


 焚き火がぱちぱちと音を立て、

 大鍋の中で何かがぐつぐつと煮えている。


「はい、お待ちかねー」


 リースがふざけた口調で、木の器をくるくる回しながら配っていった。


「本日のメインは、

 “デス・スコーピオンのさっぱり塩鍋〜砂漠の夜風を添えて〜”でーす!」


「名前が長ぇ」


「でも、うまそうでしょ?」


「名前じゃ腹は膨れねぇ」


 セルグレンが器を受け取って鼻を鳴らした。


 ジージーも器を手にする。

 湯気の向こうに、

 白っぽい肉と、溶け込んだ殻のだし。

 香草と塩の匂いが、

 思っていたよりもずっと“食欲”に寄ってくる。


「……これ、本当に蠍?」


「食ってから文句言え」


 モハンが寸胴鍋の横で腕組みしながら言った。


 おそるおそる、一口。


「…………」


 塩気のあとに、

 じんわりとした甘み。

 殻から出た旨味が、舌の奥に残る。


「……うまい」


「だろ?」


 リースが得意げに笑う。


「ね、ジージー、

 一回“うまい”って認めちゃえば、

 あとはいくらでも食べられるから」


「なにその変な説得」


「いやいや、ここから“蠍うめぇ”って言いながらバリバリ食えるようになると、

 もう立派な砂漠民だよ?」


 サルーシャも笑いながら器を持ち上げる。


「いただきまーす。……ん、今日のは当たりね」


「“今日のは”とか言うな」


 セルグレンは豪快にすすり、

 一瞬で半分くらいを飲み干した。


「骨の出汁がいい。“骨”じゃねぇか、“殻”か」


「どっちでもいいですよ、セル」


「よくねぇ。大事だ。

 名前を間違えられる素材は怒る」


 モハンの独自理論に、

 隊員たちは苦笑いする。


 ジージーは、

 スープをもう一口すすった。


(……こんなふうに、皆で飯を食うの、久しぶりだ)


 ギルバート家にいた頃。

 食卓はあった。

 家族が揃う時間もあった。


 けれど――

 こんなふうに、

 笑いながら同じ鍋をつついた記憶は、あまりない。


「どうした、ジージー。手が止まってるぞ」


 エイリアスが問いかける。


「いや……なんか。

 うまいなぁって」


「食え。喋る口は食う口に使え」


「それ、褒めてます?」


「褒めてる」


 エイリアスの口元が、わずかに緩んだ。


 焚き火の光が、

 仲間たちの顔を赤く照らす。


 その輪の中に、自分がいる。


(……あたし、ちゃんとここで笑っていいんだ)


 暖かいスープが、

 胃に落ちていくと同時に、

 胸の穴にも何かが満ちていくような気がした。



◆ セルグレンの“足”の話


 しばらくして、鍋がほぼ空になったころ。


「ジージー」


 と、セルグレンが声をかけてきた。


 彼は片手に器を持ち、

 片手で砂をつまんでいる。


「ちょっと来い」


「え、何?」


「足だ。お前の」


「足……?」


 ついていくと、

 焚き火から少し離れた平らな砂地に出た。


 セルグレンは、

 自分のブーツの裏を見せてくる。


「さっきの戦いの時の、お前の踏み込み。

 悪くはねぇ――悪くはねぇが、

 砂漠用じゃねぇ」


「砂漠用……」


「ここは地面が“動く”。

 岩の上と違って、

 踏めば沈むし、蹴れば崩れる」


 セルグレンは、

 砂の上にわざと深く足を踏み込んで見せた。


 ずぶり、と音がして、

 足跡が残る。


「これが“ダメな踏み方”。

 力が全部、下に抜ける」


 次に、

 今度は浅く滑るように踏み込む。


 砂はわずかに沈むだけで、

 足の跡が薄くついた。


「こっちが“砂漠用”。

 踵からじゃなく、土踏まずと指で乗る。

 上からじゃなく、“横から”」


「横から……」


 前世で師匠に言われたことを思い出す。

 相手を押すな、流せ。

 下に打つな、横にずらせ。


(なんか……似てる)


「お前の踏み込みはな」


 セルグレンが、ジージーの足を見た。


「無駄に綺麗だ。

 “固い地面”で習った動きだ。

 砂がない場所の踏み込みだ」


「う……」


「悪いって言ってねぇ。

 むしろ、筋が通ってて気持ちがいい。

 だが、ここでは、ちょっと“崩してやる”必要がある」


 セルグレンは、

 ジージーの足首を軽く持ち上げた。


「力を抜け。

 ほら、こうやって――」


 彼の掌が、

 足の甲をぐい、と押す。


「くすぐったい」


「我慢しろ。

 足の裏の“どこに砂が触れてるか”を意識しろ。

 かかと、土踏まず、指。

 今、どこだ」


「……土踏まず」


「じゃあ次、指に乗せる。

 ほら」


 少し重心を前に乗せると、

 砂の感触が、足裏の別の部分に移動した。


「……あ、変わった」


「それだ。

 砂漠では、この感覚を覚えておけ。

 それだけで、戦場で転ぶ回数が半分になる」


「……半分かぁ」


「生き残る確率も、半分伸びる」


 セルグレンは真顔で言った。


 その言葉が、

 冗談じゃなく“本気”であることは、

 ジージーにもすぐわかった。


「……覚える。ちゃんと」


「覚えろ。

 生き残ってから、死に方を選べ」


「縁起でもないこと言わないでよ」


「生き残る奴ほど、死に方にうるせぇんだよ」


 セルグレンの笑いは、

 どこか寂しさを孕んでいる。


(この人も、きっと色々見てきたんだ)


 ジージーは、

 足裏の砂の感触をもう一度確かめた。


(この感覚――

 きっと、ずっと忘れない)


 そんな予感だけが、

 胸の奥にそっと残った。



◆ 隊長の見ているもの


 焚き火の輪に戻ると、

 エイリアスが一人、少し離れた岩の上に腰を下ろしていた。


 膝に肘を乗せ、

 指の間に挟んだ小石を弄びながら、

 じっと闇の向こうを見ている。


「隊長」


 リースが近づいていった。


「また難しい顔してる。

 蠍鍋、口に合わなかった?」


「うまかったよ」


「じゃあ何考えてるのさ」


 エイリアスは、

 少し間をおいてから言った。


「……北だ」


「北?」


「さっきのデス・スコーピオン。

 “あの辺り”を縄張りにしている個体じゃなかった」


 ジージーがのそのそ近づいて、

 会話を聞いてしまう。


「蠍に縄張りとかあるの?」


「ある。

 あいつは、本来もっと“東寄り”に出る種だ」


 モハンが、いつの間にか背後に来ていた。


「ここは、本来なら“別の獣”の狩場だ」


「……ってことは?」


「何かが、獣の縄張りを押し広げたか、

 獣を外へ追いやったか。

 ――どっちにせよ、あんまりいい話じゃねぇ」


 エイリアスは、小石を指で弾いた。


 石が砂の上を転がって、

 ひとつ小さな穴を作る。


「国境の向こう、だよね?」


 リースが、少し真剣な声を出した。


「王都のほう」


「ああ」


 短い肯定。


「最近、シャール=ダン国軍の動きが妙に早い。

 オアシスを潰す速度も上がってる。

 背後で誰かが、金と武器を入れてる」


 モハンが低く唸る。


「また、他所の国か」


「他所の国が“火”をくべれば、

 ここは勝手に燃え上がる。

 砂漠は乾いてるからな」


 エイリアスは、

 焚き火の火をじっと見つめる。


 その目は遠く、

 この場にいながら、どこか別の場所も見ているようだった。


(……隊長も、怖いんだろうか)


 ジージーはふと、そんなことを考えた。


 いつも冷静で、指示が的確で、

 大声を上げることも少ないエイリアス。


 けれど、

 彼だって“人間”だ。


 怖さも、迷いも、きっとある。


(それでも、前に立ってくれている)


 だから自分も、

 その背中を見て立ちたいと、

 思ってしまう。



◆ 星の下で見張る夜


 夜半過ぎ。


 ジージーは、

 セルグレンと一緒に見張りの番を割り当てられた。


 焚き火の火は少し落とされ、

 代わりに星々が砂漠を照らしている。


「眠い?」


「そこそこ」


「我慢しろ。

 寝るのは番が終わってからだ」


「わかってるって」


 砂丘の向こうから、風が吹いてくる。

 昼間の熱気は、もう感じられない。


 遠く、ラクダが鼻を鳴らす音。

 砂が小さく崩れる音。


 そのすべてを、

 耳と足裏で拾いながら、

 ジージーは目を凝らす。


 ふと――

 遠くの地平線のあたりで、

 小さな光が揺れた気がした。


「……セル」


「見えてる」


 セルグレンの声が、

 急に硬くなる。


「焚き火じゃない。

 行軍の灯りだ」


「行軍……」


 胸がざわつく。


「シャール=ダンの軍隊?」


「……いや」


 セルグレンは、

 目を細めてじっと凝視した。


「焚き火の組み方が違う。

 砂漠の軍隊は、もっと散らして火を使う。

 あれは……外から来た連中だ」


「外から……?」


 その言葉が意味するところを、

 ジージーはすぐには理解できなかった。


 そこへ、

 別の見張りから走る足音。


「隊長!!」


 若い隊員が息を切らして駆け寄る。


「さっき、北東の谷間を偵察してた斥候が戻りました!

 “見慣れない兵士”が集まってるそうです!」


 エイリアスがテントから出てくる。

 まだ完全には休んでいなかったようだ。


「どこの旗だ?」


「それが……」


 隊員は言い淀んだ。


 そして、ゆっくりと続ける。


「旗には、青い獅子の紋章。

 地の色は白。

 ……斥候は“エルビアンヌ王国”のものだと言っていました」


 ジージーの心臓が、

 一瞬止まった。


 目の前が暗くなる。


(エルビアンヌ……)


 口の中がからからに乾く。


(あたしの……いた国)


「……本当か」


 エイリアスの声も、わずかに低くなった。


「間違いないと言ってます」


「エルビアンヌが、こんなところまで?」


 リースが信じられないという顔で言う。


「何しに来たのさ、こんな砂漠の端まで」


 セルグレンが、

 横目でジージーを見た。


 ジージーは、

 拳をぎゅっと握りしめたまま、

 何も言えなかった。


(……あたしを売った連中と、同じ旗)


 頭の奥に、

 父と母の顔がちらつく。

 兄の叫び声。

 燃える家。

 槍の列。


 それらが波のように押し寄せてくる。


「隊長」


 モハンが、低い声で問う。


「どうする?」


 エイリアスは、

 夜空を一度だけ見上げた。


 星々は、何も答えない。


「――まずは、様子を見る」


 静かな決断。


「シャール=ダンの軍にしては不自然だ。

 エルビアンヌの軍なら、なおさらだ。

 放っておいて被害が出れば、結局この砂漠に住む連中が困る」


 リースが苦く笑う。


「結局どこまでいっても、

 一番損するのは“こっち側”なんだよね」


「それでも、見ないふりはしねぇ」


 エイリアスは、

 ジージーのほうをちらりと見た。


 ジージーは、その視線を受け止めることができなかった。


(エルビアンヌ……)


 胸が痛い。

 苦しい。

 息の仕方がわからなくなる。


「ジージー」


 セルグレンの声。


「お前、今日はもう寝ろ」


「……でも」


「関係ある国だろうが」


 図星を刺されて、

 ジージーは顔を上げた。


「そんな顔で見張りに立たせたら、

 俺が落ち着かねぇ」


 セルグレンの声は荒っぽいが、

 その目は優しかった。


「……あたし」


「聞きたくなったら話せ。

 話したくないなら、黙ってていい。

 だが、立ってるなら前を見ろ。

 今のお前は、“別の場所”を見すぎてる」


 言葉が、胸に刺さる。


(そうだ。

 あたしは今、ここにいるのに……

 目だけ、まだあの屋敷の中にいるみたいだ)


 ジージーは、

 ゆっくりと息を吸った。


「……わかった。

 今日は、寝る」


「寝ろ。

 明日も、砂は動く」


 セルグレンの言葉は、

 どこか祈りのようでもあった。


 焚き火のそばに戻りながら、

 ジージーは一度だけ、

 北東の暗い地平線を振り返る。


 闇の向こうで、

 青い獅子の紋章がひらめいている気がした。


(エルビアンヌ……)


 故郷は、もうない。

 家族も、いない。


 それでも――

 その旗を無視することは、きっとできない。


(あたしの冒険は、

 ここから本当に“始まる”のかもしれない)


 砂漠の夜風が、

 木杖のひび割れた先端を、そっと撫でていった。


【後書き】


蠍鍋で笑う夜。

セルグレンに“足の感覚”を教わるジージー。


ジージーの「過去」と「現在」が、

ここで初めて真正面からぶつかる気配を見せました。

エイリアスの静かな不安。


そして――

砂漠の向こうに現れた、

エルビアンヌ王国の旗。

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