『杖の勇者ジージー』第10話 モハンの刃物教室 ― 「杖の芽生え」
【前書き】
サンドイーグル隊に拾われてから三日。
ジージーはようやく「死なない生活」に慣れ始めた。
だが、仲間たちの温もりの裏側では、
すでに“砂漠の怪物”が隊へ近づきつつあった。
この回は、
後の“杖の勇者”へ繋がる最重要話。
ジージーの“武”が目覚める瞬間――
その最初の拍である。
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【本編】
◆ 砂漠の朝は痛みから始まる
翌朝――
身体のあちこちが、悲鳴をあげていた。
「いっつ……痛っ……マジで痛ぇ……!」
砂の上で寝返りを打つたびに、
全身からギシギシと音が鳴った気がする。
サルーシャが、顔を覗き込んで吹き出した。
「ほら言ったでしょ? 軍隊アリぜんぶ叩き落としたら、こうなるのよ」
「……なんで、全身が“全部痛い”なんだよ……」
「生きてる証拠だよ、ジージー」
彼女は薄い指で薬草を潰し、
自作の軟膏を背中に塗ってくれた。
ひんやりする感触で、
少しだけ、息がつけるようになる。
と、その後ろから――
「おい新入り、飯だ」
低い声が響いた。モハンだ。
皿に盛られたのは、
香草と豆と、謎の白い肉を煮込んだスープ。
「……これ何の肉?」
「昨日の軍隊アリだ」
「食べたくねぇ!!」
リースが笑いながら介入した。
「ジージー、大丈夫だって。モハンの料理は毒でも旨くなる!」
「その褒め方やめろや」
モハンは無表情のまま、豆をかきまぜた。
ただ、その視線はじっとジージーの手の動きを見ているようにも感じた。
何だろう……嫌な予感がする。
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◆ モハン「おう、新入り。今日から剣だ」
朝食が終わった頃、
モハンが大鍋を片付けながら低い声で言った。
「ジージー、今日から“刃物”教える」
「……え、モハンが?」
「料理人は刃物の達人だろうが」
たしかにそうだが、
剣術教官のイメージはなかった。
サルーシャが横でひそひそ言う。
「気をつけてね。モハン、戦い方の教えは“超ドS”だから」
「おい聞こえてるぞ」
「言ったよ!」
笑うサルーシャ。
しかしモハンは淡々としている。
「行くぞ。まずは木剣だ」
訓練場と呼ばれる平らな砂地に連れていかれた。
ジージーの手に、粗削りの木剣が渡される。
思ったより重い。
「握れ」
言われた通り握る。
だが――
(……なんか違う)
手の中で“剣”という形がしっくりこない。
重心がズレて、腕に変な負荷がかかる。
モハンは眉一つ動かさず言う。
「構えろ」
ジージーは前に出した足を固定し、
剣を構える――が。
(……違う。何かが違う)
腕が固まる。
肩に力が入りすぎる。
剣の角度もわからない。
ジージーは焦った。
「な、なんでだ……? ちゃんとやってるはずなのに……」
「違うな。全部違う」
モハンが歩いてきて、
ジージーの肘を少し押し、
つま先を砂でならした。
「剣ってのはな、“突き刺す”武器だ。
お前の身体は“打つ”動きしかしてねぇ」
「打つ……?」
「前に出るんじゃなくて、“回す・流す・受ける”。
そういう癖が染みついてる」
……前世の棒術。
クラヴマガの受け流し。
少林で見た棍の動き。
(まさか……あれが出てるのか?)
リースが柵からひょっこり顔を出した。
「隊長ー、ジージー、剣が下手ですー!!」
「うるせぇ!!」
叫び返した瞬間――
モハンがジージーの手から木剣を奪った。
「お前は“剣”じゃない」
そして近くの樽から、
一本の木製の棒を取り出した。
先端が丸く、
全体に重さが均等な“訓練棒”。
「こっちだ」
無造作に渡された瞬間――
(……軽い……?
いや、違う。“しっくり来る”。)
手のひらに吸い付くような感覚。
腕が自然に伸びる。
重さが身体の中心に集まるような……そんな手触り。
思わずブン、と振ってしまった。
その一回転――
砂を巻き上げるほど滑らかで、
無駄のない“弧”を描いた。
モハンが目を細める。
「やっぱりな。お前、刃物向いてねぇ」
リースが興奮して叫んだ。
「モハン! 今の見た!? 今の動き!!」
「……ああ。“流派”を持ってる動きだ」
リースが訓練場から飛び出し、
エイリアスを呼びに走って行った。
「隊長ー!!! とんでもねぇの出た!!!」
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◆ エイリアス「……お前、誰に教わった?」
しばらくして戻ってきたエイリアスは、
腕組みをしながらジージーの動きを見た。
ジージーは無意識に、
訓練棒を肩に回し、
足を柔らかく踏み込み、
砂をはね上げない歩法をしていた。
(なんで……なんで身体が勝手に動く……?)
モハンが説明する。
「剣じゃなく棒を持たせたら、
身体の力みが全部抜けた。
あんな素直な動き、滅多に見れねぇ」
リースが満面の笑みで騒ぐ。
「隊長! これスゲぇよ! もう“棒の人”だよ!!」
「棒の人って呼ぶな!」
ジージーが怒ると、
エイリアスが低く笑った。
「ジージー。
その動き――“止める”ための形をしてるな」
“止める”。
その言葉が胸に刺さった。
(……なぜだろう。前世で戦ってたときも、
俺は誰かを殺すためじゃなく、
“止める”ために動いてた……)
エイリアスはゆっくり言う。
「刃は、相手を殺す武器だ。
棒は、“生かす”余地が残る」
ジージーの指先が震える。
「……生かす……」
(俺は、あの時……モールで……
殺すんじゃなくて、“止めようと”した……
だから……なのか?)
エイリアスが言い切る。
「お前の武器は杖だ。
いずれ本物を持て。ここじゃ棒だがな」
ジージーはゆっくり頷いた。
(……俺は、やっぱり……
止めるために戦いたいんだ……)
その瞬間。
地面が――
ゴゴッ……と震えた。
砂がざらざらと落ちる。
モハンが急に真顔になる。
「……来るな。
この揺れは――“あいつ”だ」
エイリアスが即断した。
「訓練中止!! 全員、荷物まとめろ!!」
リースが青ざめた声で言った。
「隊長……これ……
“デス・スコーピオン”の足音じゃ……?」
エイリアスは頷く。
「今日中にここを離れる。
ジージー、棒を持ってこい。
戦うことになるかもしれねぇ」
砂漠の太陽が視界の向こうで歪む。
巨大な影が――
地中を走っていた。
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【後書き】
ジージーが“杖”の適性を見せた回でした。
棒を握るだけで動きが変わる。
その“武の核”は、前世の経験と、
彼(彼女)自身の「止めたい」という魂の願いから生まれています。
次回は――
第11話『デス・スコーピオン』
巨大な砂漠の怪物。
サンドイーグル隊、初の本格ボス戦です。
ジージーにとって初めての“本気の戦闘”。
仲間たちの個性と、砂漠の恐怖が交差します。




