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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

童貞魔王と第四皇女:外伝…知られてはならない即死魔法

作者: 岩爺

「よいか、マクシム……この魔法は不完全だが、決して失敗してはならないのだ」


 5歳になったマクシム・ゴウディンは、父であり現魔王であるセルギウス・ゴウディンに厳命された。


 2人は王族だけが入れる区域にいた。もちろん清掃員なども入る事を許されず床には大量の埃が積もり、一目で歩いた者の痕跡が確認できる程だ。現在確認できるのは2人の足跡だけで、それ以外は数十年も前のものだろうと推測できる。


 その区域の最深部、厳重な2重扉の奥に、その部屋はあった。

部屋の中には事務机と椅子、そして大量の書籍が収まった本棚と、無造作に積み上げられた巻物が四方の壁を占拠している。天井と床には複雑怪奇な魔方陣が描かれ、要点には美しく加工された魔石が配置されていた。


「この部屋の書籍も巻物も、魔方陣すら偽物だ。これらをどんなに調べようと、この魔法には辿り着けない」

「…そ、そうなのですか?」

「そうだ、これらは歴代の魔王が趣向を凝らし積み重ねた偽物。この魔石は儂が考案したのだぞ?」


 セルギウスは床の魔石を持ち上げると、満足げに微笑んだ。


「さてマクシム、魔法とは何か?」

「ま、魔法ですか?覚えた魔方陣を描き、魔力を流し、火が出る…ですか?」

「ふむ、それは初歩の『着火』の魔法だな。あれが基礎であり、最もわかりやすい」


 セルギウスは魔石を放り投げると、指先で『着火』の魔法を描いて見せた。


「まずは魔法円…これで威力が決まる。そして模様…魔法円の中に描き、その効能を決める。そしてこの模様が複雑なほどに魔力を使用する。ここまでは理解できるな?」


 マクシムはセルギウスの言葉に頷く。その辺りは教育係から3歳から習っている魔法の基礎だ。


「有力貴族、特に4公爵は独自に魔法を研究し、高威力の魔法を使う。例えば西方公爵のマクデゾン家は爆炎魔法だ。魔法円は城の敷地ほどに広大で、模様の構築と魔力を注ぐのに10人で3日掛かりと大変だ。その代わりに効果は絶大で、街一つを地面ごと溶かせる。実戦的ではないが、それが高位貴族の証となる」


 そう言ったセルギウスの表情は呆れ顔だった。マクシムはその表情を不思議に思いながら見上げた。


「さて、では高威力の魔法が最強かというと、実はそうではない。水桶一杯の水を操れれば、敵の顔に張り付かせて窒息させる事も可能だ。敵の死が目的なら、公爵の魔法も水操作も大差がない」


 マクシムはセルギウスの言葉を理解し、目を見開いて頷く。その様子に満足したセルギウスは、『着火』の魔方陣を分解し、中の模様だけを大きく描いて見せた。


「この『着火』の魔方陣の模様には、それぞれに意味がある。火の現象、火力の上限、使用者が熱くならないように配慮された方向性、そして安全機構だ。『着火』は生物の肌に押し付けると、この安全機構が働いて魔法が霧散してしまう。『着火』の魔法を発明した先人は、どうやらお人好しだったらしい」


 セルギウスは空中の模様を掻き消し、代わりに幾つもの魔方陣を展開させた。


「『着火』『加熱』『冷却』『照明』『加湿』『乾燥』…これらの生活魔法、そして幾多の攻撃魔法などもすべて先人が作成した魔法だ。それは魔族や人間の時代よりも古く、神々の時代だとも言われる。我らはこれをそのまま覚えるか、高位貴族の様に手探りで発展させて使用している」


 セルギウスの言葉にマクシムは頷く。マクシムも教育係から魔法の歴史は習っていた。


「さてここで初代魔王のザカリアス・ゴウディン様の話になる。ザカリアス様は非常に効率重視というか…物事を単純にしたい方だったそうだ。そのザカリアス様は魔方陣の簡略化を行ったのだ」


 セルギウスは再び『着火』の魔方陣を描く。そして模様の大半を消していった。


「例えば『着火』だが、魔法円に火の現象だけを残して描いた。すると未調整の炎が噴き出し、使用者の指先を焦がしたそうだ…まぁ、ここでは実践しないがな?ただしこの省略には利点があり、魔力の消費を抑えて、飛躍的に発動が早くなるのだ」


 マクシムは頷く。魔方陣が簡略されれば必要な魔力は少なくなり、故に魔力を流し込む時間も短縮される。5歳でも理解できる、当然の理論だ。


「さて、前提はここまで、ここからが本題だ。……これは父…お前にとっては祖父だが、その教え方に習って伝授する。元となる魔法を描くが、決して口に出すな。誰が聞いているとも限らん」


 セルギウスはマクシムの目の前に魔方陣を描く。それは授業で習った魔法で、全く実用性のない物だった。


「そうだ、この魔法は誰も掘り下げようとしない。制御が難しいからだ。しかしこれを簡略化すれば制御は1点だけとなり、故に最速の即死魔法となる」


 セルギウスが魔方陣の模様を次々と消してゆく。すると魔方陣の中には数本の線しか残らなかった。それは『着火』より簡潔で、使用する魔力も1割と必要ないように思える。

 魔方陣を凝視するマクシムの目の前に、セルギウスは一つのリンゴを取り出した。そしてそれを事務机の上に置く。


「ではマクシム、あのリンゴを狙って即死魔法を使え。威力は”親指の先”ぐらいの大きさだ」


 マクシムは頷くと、右手を前に突き出して極小の魔方陣を描き、魔法を放つ。消費魔力が少ないので、魔方陣は瞬きする間もなく消え失せ、それと同時にリンゴの表面に黒い球体が瞬間だけ現れる。その球体が消えるとリンゴの表面に”親指の先”ぐらいの大きさだけが削れ、それが事務机にポトリと落ちた。


「うむ、初めてにしては上出来だ。改良点は3つ。1つ、魔法を放つときは身構えるな。魔方陣は手の中で描き、他に見えないようにしろ。2つ、発動は対象の中心を狙え。3つ、このように失敗した時は魔法を乱発して痕跡を残すな。勘の鋭い者なら、このリンゴの欠片だけで即死魔法に辿り着くだろう」


 セルギウスはそう言うと、事務机のリンゴの欠片を口に含む。その途端、残ったリンゴに無数の球体が張り付き、リンゴはバラバラに切り刻まれた。


「ここまですれば、風魔法による切断だと思われるだろう…さて、即死魔法の伝授は行われた。あとは目視による距離感を磨け。そうすればこの即死魔法も使いこなせるだろう。ただし忘れるな、この魔法は簡単故に誰でも使え、知られれば魔族が死滅する事になる。絶対に知られてはならないのだ!」


 マクシムは父の言葉を理解し、その重圧をか弱い両肩に背負った。



 マクシムが伝授された即死魔法。それは簡易化された”転移魔法”だった。

転移魔法とは読んで字のごとく、物質を転移させる魔法である。対象を認識し、転移先を認識し、魔方陣を組み立てていく。2カ所を同時に認識する必要がり、それ故に制御が難しい。そして『着火』の魔法のように決まった模様ではなく、距離に合わせて魔方陣を書き換える必要があるのだ。しかも転移先は想像した場所ではなく、目視範囲内となる。とても実用的な魔法ではない。

 その転移魔法は魔方陣に、転移の現象、転移する出発点、転移する到着点、使用者が巻き込まれないように配慮された距離、そして転移対象を守る安全機構が組み込まれている。これを、転移の現象、転移する出発点だけに簡略化したものが即死魔法だったのだ。

 つまり目標を転移させるが、転移先が指定されていないので元の位置に戻る。つまり目標はその場で球体に切り取られた状態となるのだ。これを敵の頭部で発現させれば即死魔法の完成である。意識するのは出発点の1点だけなので制御も簡単だ。


 しかし問題なのはそこではない。この即死魔法があまりにも簡単すぎるのだ。

もしこの魔法が他に知られた場合、誰もがすぐに覚えるだろう。魔方陣は難しくもなく、5歳児でも使用できる。そして敵を倒すにのこれ程効率的な方法はない。魔族は生来から闘争を好み、相手より強くあろうとする。そんな魔族がこの魔法を覚えれば目障りな相手を殺してしまう。そしてそれは負の連鎖を呼び、魔族全体が疑心暗鬼に陥り、最後の一人になるまで殺し合いが行われるのだ。それは5歳児のマクシムでも容易に想像できた。


 それからマクシムは、細心の注意を払いながら即死魔法の練習を行った。

「果物が好き」とメイドに伝えて対象が用意で来たら、あとはひたすら即死魔法を放つ。1歩の距離で100回、もう1歩離れて100回放つ。身体の向きを変え、椅子に座り、寝そべり、歩き、走りながら放つ。就寝前の暗い部屋で、起床後の半覚醒の意識で放つ。距離を変えて並べた30個のリンゴへ同時に放つ。

 消費魔力が極端に少ないので、1日に1万回練習しても魔力が枯れる事はない。ただ、練習に使用した果物を毎日30個食べるのには閉口した。

 マクシムは即死魔法を練習しながら、この魔法を使用する日が訪れない事を願った。


 しかしその願いは叶わなかった。

11歳で父が急逝。そして12歳の誕生日に迎えた即位式、マクシムは即死魔法を使った。

西方公爵の後ろ盾があったものの政権は盤石ではなく、東方公爵と南方公爵が政権転覆を企てたのだ。退位を求められたのは納得できたが、彼らの謀略で父が死んだと暴露された時は激怒した。


 蜂起した公爵以下37名はその場で即死させた。

初めて生物に使ったが、即死魔法とは言え即死しないらしい。彼らは釣られた魚の様に床に転がり、手足をバタバタさせて奇声を上げた。しかしそれも10分もせずに静かになる。死に変わりはないのだが、これでは即死魔法ではなく急死魔法だと思えた。しかしこの死に様が強烈だったのか、他に蜂起する者は出なかった。

 それからは西方公爵と協力し、蜂起した貴族の直系は追放して傍系に家督を継がせた。制裁として3割増しの徴税とし、彼らから武力を蓄えさせる余力を奪う。その税で王家直属の部隊を編成し、手薄になった各方面へ駐在させた。魔王国民には罪はないのだ。


 その後も追放された直系の暗殺者が毎晩のように襲ってきたり、それが落ち着けば貴族の子女が夜這いに駆けつけたりと忙しい夜を過ごした。マクデゾン家の第三公女が許嫁に名乗り出た事により、この事態も急速に収束する。

 しかしそれも束の間、今度は隣国の神聖キールホルツ帝国が攻め込んできた。それを皮切りに長い闘争が続く事になった。


(…しかし、その戦争が無ければ……シルフィアと出会う事も無かったのか……)


 その自分の考えに、急速に意識が覚醒する。


 目を開けば夜だった。

マクシムは少女の腕の中で眠っていた。

汗と、体液と、シルフィアの匂いが感じられる。



『…うちの母ちゃんの言葉だけど『ダメな男ほど、助けてあげたくなる』って言ってた。今なら何となく判る気がするわ…苦労するのは目に見えてるんだけどね』



 思い出したシルフィアの言葉に、マクシムは自分の頬が緩むのを感じた。


(『ダメな男』か…シルフィアの前では魔王でいる必要はないのだな……)


 母は幼いころに死別しており、その記憶もない。

3歳からは教育係が付き、父の前でも”魔王の後継者”として過ごしてきた。そして即位してからは魔王として生きてきたのだ。

 しかしシルフィアの前では惨めな涙を流した。押さえつけられ、初めてを奪われた。そして獣の様に襲い掛かった。どれもこれも、素のマクシムだったのだ。


(……苦労なんてさせない……俺が、シルフィアを幸せにする……)


 抱きしめたシルフィアの柔らかさに、マクシムは元気を取り戻した。しかし3日は我慢すると決めた以上、ここは静かに寝る事にする。

 マクシムはシルフィアの温もりを感じながら、ゆっくりと瞼を閉じた。

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― 新着の感想 ―
幼いマクシムと父セルギウスの関係を通して、力と責任の重さ、そして「簡単で恐ろしい力」がもたらす葛藤が丁寧に描かれていて胸を打たれました。即死魔法の恐ろしさと、それを背負う王としての覚悟が交錯する展開が…
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