◇6話 在来
「不刃、君には感謝し足りないな」
壊れない得物、この世界でどれだけ価値がある。
少なくとも俺は不刃だけで十分に戦えるからな。それでいて例えば壊れない木の棒が一つでもあれば壊せる何かは容易に壊せてしまう。付与がどうとかを抜きにしても……俺があの世界でこういう得物を求めていた一番の理由はそれだ。壊せないという容易な要素こそが生き死にに大きく関係していた。
「君が俺の物として輝きたいのならば俺が導いてみせるよ。だからこそ、俺の為だけに力を示して欲しいんだ。俺が手にしたい未来を得るためだけの力だけを手に入れてくれればそれでいい」
壊れない……だけでは、確実に守れない。
どうしても俺は、馬鹿みたいに情が湧いてしまったんだ。エマという幼い子供を妹として接していたいってさ。守って、強くして……いつまでも一緒にいたいなんて俺のワガママでしかない。それでも本当に幸せだと思えるまでは死なないで欲しいと思ってしまうのは……男も、兄も関係の無い話だろ。
「……すまない、弱音を見せたね」
少しだけ不刃が震えたような気がした。
結果はどうでもいい。それで少しだけ冷静になれたというのが大切な事実だ。結果を求め過ぎて潰れた人間を嫌という程に見てきたからな。才能が無いのなら事実に目を向ければいいのに……はぁ、本当に唯に向ける顔がねぇな。
「はは、大丈夫ってか。そりゃあ、どうも。本当に不刃は強くて優しい最高の得物だな。どれだけ俺の好みの女になってくれるんだか……将来は泣かせる男も多いだろうねぇ」
ただ、その願いくらいは……叶えてやりたい。
俺の得物が男泣かせとか、父さんは悲しくて悲しくて仕方が無いよ。まぁ、震えたって事は否定したいんだろうな。いいや、こういう時にはツッコミを入れているとかかね。とりあえずは相方の優しさに甘えて帰る事としますか。
「少しだけ待っていてくれ。少しで……この世界を俺の望み通りに変えられるからな。その時には隣に君がいて欲しいんだ」
さて、その先に待つ世界は何なのか……。
まぁ、外に出れない以上は問題が起ころうと俺にはどうでもいい。というか、戦争なんて頭の悪いノータリンがする愚業だろ。日本とは別の今の世界で容易に起こるとは到底、思いたくはない。もしも、違うのなら……いいや、それは戦争を起こす馬鹿と変わりなくなってしまうか。
「と、すまない。心配させてしまったな」
また不刃に救われてしまったか。
下手な考えは多くの人間を殺してしまう。俺がどうしたいかなんて誰かに定められる話ではない。そこら辺は後回しで考えていけばいい話だ。俺は俺の周りの人間達の異常性を理解している。その前提があるのに無駄な事を考えるなんて時間の浪費にしかなりはしない。
「不刃、悪いけど魔物以外を斬っても問題ないか」
おおっと、少し渋りはしたが肯定してくれたか。
さすがに俺の考えを引くとなれば敵以外を切るなんて喜ばしくはないよな。でも、俺が理由なく口にする事はないと考えて許してくれた。……本当に良い子としか言いようが無いな。色々と思うところはあるが感謝しない理由も無い。
「魔物を狩るのと同時に多少、伐採と草花の回収を行いたいんだ。薬草程度なら適当に抜くだけで話は済むけど一部の草花に関してはそうもいかない。特に魔力草とかは面倒だからね」
ここで震えてくれるのか……知っているんだな。
少なくとも俺は爺ちゃんや婆ちゃんに教えられたから知っていただけの話でしかない。ってか、魔力の籠った草花の違いなんて教えられなければ分かる訳も無いと俺は思っている。だって、元はシロツメクサみたいな雑草と何ら変わりないんだし。
そこへ摘み方にも工夫が必要とか……アホか。
魔力を手に宿した上で根から葉までの三対七、範囲が五十ミリメートル以内に一瞬で切らなければ効果が薄れるか消えるとなれば……本気でMMOの無理ゲーを遊ばされているようなものだ。爺ちゃんからもゲームは確実に戦闘訓練に結果を与えるからやれとは言われたが……まぁ、柔軟な思考は意地悪な思考をも凌駕するんだろうな。
とはいえ……苛烈な剣術指導はどうかと思うが。
ただ、確かに意地悪な戦い方を学べたのは間違いのない事実だからね。それを爺ちゃん相手には少しも通用しなかったのは恨みはするけど。それも剣を含めた練度や経験値は些細な悪意を凌駕するって意味だろう。ただし、その正反対も成り立つのが戦いの面白さだな。
「ああ、駄目だ。また戦いたくなってきた」
どうにも俺は戦いという盤面が性に合っている。
日本で成り上がるには勉学を励めば良いという馬鹿みたいな考えが残っていた。恐らくは地球で生きる人間からすれば常識だと埋め込まれているだけの幻想なんだろう。それでどうして政治も軍事も民衆も納得出来る折衷案を出せるって言うんだかな。やるのなら全てを両立出来るだけの愚かなまでの素直さが必要だと俺は思っている。
現に……唯も聖も素直だったからね。
はぁ、今の俺を見て皆はなんて言うんだろうな。馬鹿みたいって唯は言いそうだね。聖なら戦いって面白いけど苦しいよねとか笑いそうだ。他の面々の考えも顔も浮かぶけど……うん、大丈夫、考えに耽っているだけだからさ。皆の本心は痛い程に理解しているつもりだよ。
「不刃……君は僕がどうなっても……」
おいおい、早々に肯定してくるなよ。
本当に……泣きそうになるくらい良い子だ。分かってはいたんだ。それでもどうにも出来ない現実は確かに目の前に広がっている。それが俺には本気で許せなかっただけに過ぎないんだ。今まではどこかで孤独感を覚えていたけど……今は違うさ。
「遊ぼうぜ。死ぬまで遊ばない人間に価値なんて無いからな。お前が俺を主と認めて良かったと思えるまでは死ぬまで遊び続けてやるよ。だから……絶対に俺の望みのままに動いてくれ」
はぁ……そこも少しは悩むものなんだぞ。
本当にこういう子にはしっかりと人間の恐ろしさを教えてあげないといけない。男は野蛮だ、女は狡猾に生き過ぎている。本物の純愛なんて今の世界に少したりともありはしない。ただ、それを乗り越える何かがあるとすれば生き死にを超えた関係のみだろう。
「水魔法付与」
今だけは……ただ、甘えさせて欲しい。
「───」
◇◇◇
「お兄ちゃん!」
「おお! エマ! 可愛いなぁ!」
「うん! 私は最高に可愛いから!」
ほぅ……自分で自分を可愛いと申すか。
うむ、その心意気や良し……それでいて言葉に負けず劣らずの可愛さがあるのだから俺も否定は出来ない。こうして抱き留めて抱えてしまうのも俺の責任では無いだろう。……って、それが目的では無かったな。
「ハンゾウ、少し聞きたい事がある」
「は……心ばせながら忠告させて頂けるのであれば妹君を抱き締めながら取り繕おうとも……人目には可愛らしい男子が映るばかりでしょう」
「関係無いよ。妹を抱えて喜んで何が悪い。ましてや、それを誰かが咎めるのはただの俺の権利を侵害する行為でしかない。現に余裕がない今の段階だからこそ、行える事は全て完了するべきだろう」
「……至極、当然の事ですね……」
えっと……どうして、怯え始めたんだ。
まさか、俺であってもエマを抱えていれば負けるとでも言いたいのか。よかろう、それならばこのままハンゾウと戦ってやって実力というものを見せつけて……って、それはそれで可哀想か。純粋に俺はエマの可愛らしさを味わいながら現状を整理したいだけだ。話したい事は山のようにあるんだからな。
「まず、ハンゾウとクノイチには俺から感謝の言葉を送りたい。二人のおかげで俺の持っているスキルに関しても多少の知を得られた。もっと言えば二人の進んだ道が俺のマップに記載されるという重要な情報も手に入れられたからな。エマを助けた件も含めて本当に感謝している。ありがとう」
「そのような事は……従魔として当然の事」
「うーん、私は褒美が欲しいですけどね。それこそ、頭を撫でてくれるとか」
「ああ、その程度でいいのか」
頭を撫でるだけで褒美とはお手軽だな。
唯なんてどこで覚えてきたのか知らないが、やれ子供がどうだとか、裁縫セットが欲しいだとか変な物ばかり要求してくるぞ。挙句の果てには布団の中に侵入とか男がやった瞬間に即座に警察送りだ。そういう事に比べれば可愛過ぎて幾らでもしてあげたくなるよ。
「クノイチ、よく頑張ったな。硬い石の床に頭を置かせないように膝を貸してくれた事も見事な判断だった。アレのおかげで俺も気分良く睡眠を取る事が出来たよ」
「……これは……!?」
「この程度なら幾らでも褒美として渡せるから好きに求めてくれていい。ただし、褒美を求めるからには熟すべき仕事くらいは済ませてくれよ。少なくとも俺の剣の三割程度は二人に覚えてもらわないと主として面目が持たない」
まぁ、褒美は与える事が出来て困る事は無い。
褒美として渡せるものがない今、減る事の無い無限に与えられる褒美は与えるべきだし、忠誠か好意かは分からないが利用しない手も無いだろう。減るのは男としての微かなプライドくらいだ。大したダメージにはならない。
男泣かせの刀、女泣かせの主人公……こう見るとお似合いなのかもしれませんね。まぁ、当の本人は妹への想いの方が強そうですが……。
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