◇5話 戦闘
「そう言えば名前は何て言うんだ。まさか、イケニエじゃないだろ。君とか、そういう呼び方をするくらいなら名前で呼びたいんだけど」
「……前の名前は捨てた。だから名前、欲しい」
「何でカタコトに」
「名前、欲しい……駄目?」
うっ……わざとなんだろうけど強いな。
上向きに幼子らしく小首を傾げる……唯に何度もやられたお願いの仕方そっくりだ。あまり名付けには自信が無いんだけど……はぁ、考えて欲しいと言われたからには考えない理由も無いだろ。こういう時は金髪や造形からして外国人らしい名前を……そうだな。
「だったら、エマなんてどうだ」
「エマ……どういう意味なの?」
「よくある名前だからだね。宇宙という意味があるらしいけど秘密の多そうな君にはピッタリじゃないかな。関わっていく内に少しずつ知っていければ大きな発見になるだろ」
「……私と関わる気なんだ」
幼児を放置する程の外道ではないからな。
何かしらの一人立ち出来る要素があれば関わる機会は薄くなるだろうが、こんな何も無いダンジョンの中なら本当に魔物の生贄にしかならなくなってしまう。少しでも顔を見知った以上は死なれても気分が悪いし。それに……表情を見れば多少は内心も探れる。
「関わって欲しくないのか」
「……ううん、嬉しかっただけ。それにエマって名前も気に入ったよ。一緒に居られる間だけはエマって呼んで欲しいな」
「意味有りげに言ってくるな。関わって欲しいと言うのなら一緒に居られる時間なんて短くない。エマは幼いんだから、悲しそうに笑うよりはただ本心を曝け出すだけでいいんだよ」
「……それを私より少し年上くらいの貴方が言うのですか。まぁ、いいですけど……」
へー、今の話し方が素なのかな。
確かに今の俺はエマより少し長く生きただけの年齢だからね。そこを気にするのは分からなくは無いけど……それなら頬を膨らませて腰元に抱き着いてくる意味とは繋がらない気がするよ。素直に嬉しいとか、ありがとうとか言えばいいものを。
「名前」
「ん?」
「名前、聞いていなかったから」
「そうか、名前か……生憎と無いからなぁ……」
素直に金倉洋平と名乗ればどれだけ楽だろう。
とはいえ、それは無い選択肢だ。もしも、俺が今から行く世界に爺ちゃんのような、金倉家の誰かが行った場所なら名前で浮くかもしれない。もっと言えばエマという名前で疑問を持たれない時点で日本人がいる世界とも思えないからね。
「なら、決まるまではお兄ちゃんって呼びます。きっと、私に兄がいたのなら同じように……励ましてくれたと思うから」
「お兄ちゃん、か……そうだな。俺は今からエマの兄だね。それなら名前もエマに決めてもらうとかはどうだ。コッチは名前を考えたのに返してもらわないと対等じゃないだろ」
「っ……うん! 分かりました! お兄ちゃん!」
おっと、抱き着く力が強くなったな。
これは俺への好感度もより高くなったといったところだろうか。あまりこういう事を言うのはどうかとは思うが……本当に可愛いな。無意識的に頭を撫でてしまうのも俺ではなくエマの可愛さが問題だと思う。ああ、確かにエマは俺と似た存在なのかもしれない。この可愛らしさは唯に少しも負けていないんだからな。
「でしたら、私もお兄様と」
「立場を分からせてやろうか」
「冗談です! 扱いが酷くありませんか!?」
「はぁ……俺も冗談だよ。だって、クノイチは俺の従者だろ。従者に兄とされる理由は無いからな。せめて、俺がお前の背を超えてから言ってくれ。まぁ、その巨体を越えられるのは何時になるか分かったものじゃないがな」
そう、妹が従者とか気持ち悪い事この上ない。
それって、とか悩んで悲しんだり喜んだりするのは勝手だが、生憎とクノイチを妹として見る事は間違いなく無いだろう。可愛いとか、日本人らしい奥ゆかしさは感じても妹ではない。あっても絶対に彼女が限界だな。
「さて、休憩の時間は終わりだ。俺は少し外に出ようと思っている。二人はエマを守りながら休憩を取っておけ。ここなら敵が出ないとはいえ、絶対とは言い切れないからな」
「でしたら、お供を」
「ハンゾウ、その気持ちは嬉しいけど俺は俺で初めての世界を楽しみたいと思っているんだ。二人が外に出て死んでいない時点で倒せない程の存在が敵ではない。ましてや、エマのお守りだって頼みたかったからな」
そう、俺が頼みたいのはエマのお守りだ。
お守りと言えば忍としての考えを継いでいる二人にはよく分かる言葉だろう。要は子守りでありながら、指導も行うという俺からすれば大切な役回りでしかない。それでいて従者として付き従う者からすれば最高の役職でもあるだろう。
「なるほど、了解しました」
「呉々も程々に、な。必要以上の何かをするのは禁じる。前提として俺の妹を預かっているという気持ちで接する事だ。いいね」
「は、御心のままに」
「分かりました。私達にお任せ下さい」
さすがにクノイチも軽口すら言いはしないか。
まぁ、こうやって頼めるのは作ったばかりとはいえ、二階層で数多くの魔物を狩ってきた事実を認めての事だ。それでいて俺の腰元で顔を埋めている幼女と出会わせてくれた事への感謝だって大きくあるからな。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん、何」
「絶対に……怪我とかしないでね」
へぇ……そうか、いいや、普通はそうだよな。
爺ちゃんとか、唯とか……自分の周囲にいる人達がおかし過ぎて忘れてしまうところだった。普通は大切な人には小さな怪我すらして欲しくないものなんだよな。雑魚相手なら余裕で任せてしまえるから忘れてしまっていた感情だったよ。
「任せろよ。こう見えて強いからな」
「……全然、そうは見えないけど……信じるよ」
「おう、ゆっくり待っていてくれ」
随分と重い感情を任されてしまったものだ。
これはこれは……少し遊ぶ程度ではエマに会わせる顔は無さそうだな。姿形は変われども俺は金倉家の一員だ。それでいて爺ちゃんの最高の弟子とまで言わしめた最高峰の剣豪だからな。ただの侍や剣士では爺ちゃんがオチオチ笑って死んでもいられないだろ。
「探知法術」
とりあえず、周囲にいる魔物の存在は分かる。
周囲に漂う魔力や魔素の濃度から敵の強さや数を測るという技術だ。これはただの探知よりも魔素を掻き分ける敵の存在すらも判明出来る分だけ質は高いだろう。問題は消費する魔力がかなりのものとなる事だが……生憎とここは魔素が驚く程に濃いからな。
マップには道は示されてはいないが……いい。
こういう基礎的な事が通じる時点で今いる空間というのは俺に合っているという事だ。どうにも、日本にいた時から感じていた事ではあったが俺には平和というのは似合わないらしい。こういう戦場でこそ、笑っていられるのなら喜んで戦い続けてやるさ。ああ、もちろん、エマとの約束通り傷一つすらも負わないでな。
「不刃、また手荒な扱いを行う。ここを制覇出来れば君を磨く事も可能となるだろう。だから、俺のためにまた力を示してくれ」
水で血糊を洗い流してやれる程度だが……。
それでも刀が少しだけ動いたという事はして欲しいって意味なんだろうな。本当に……この刀は俺のために作られたと思いたいくらいに可愛い奴だな。軽く撫でるだけでも柄が俺の方へ寄ってきてくれた。
その優しさに甘えて今はただ本気で暴れよう。
身体強化はかけた、敵の位置だって既に把握出来ている。問題は居合抜刀のみで敵の首を跳ねられるかどうかだ。もっと言えば跳ねたところで確実に殺せるとも言えないからな。だから、今回は首を跳ねるのと同時に四肢も共に切り落とす。
敵の位置は三十メートル先、数は五体。
さてと、悪いが……しっかりと本気くらいは出させてもらおうか。敵も災難なものだ。まさか、今の俺の得物が世界最高峰のものだとは思うまいよ。今は確かに分かるからな……不刃は刀というジャンルで言えば最強と呼べるだけの価値がある。
「───居合」
……いや、そうか。確かに考えればそうだな。
ハンゾウやクノイチが怪我なく倒せる相手がどうして俺の本気を止められるんだろうな。しかも、この階層の敵がボアやベアーと呼ばれていた過去に狩った事のある魔物となれば余裕だ。……ってか、この二体は日本の猪や熊に比べて死ぬ程、美味いからな。
つまり……魔物を狩れば狩るだけ食料になる。
おっと……これはこれは随分と楽しい一人旅になりそうだな。エマが悲しむまで二時間はあると考えていいとなると……今の俺なら百体は狩れるかな。うーん、本当に胸が踊るねぇ。狩っても集められる空間魔法があり、殺せば殺すだけ意味のある戦いが目の前にある。
と、考えてはいたが……これはやり過ぎた。
数にして……ボアが七十にベアーが百八十かな。種類で言えばレッドとかブルーとか色々といるんだろうけど……どれも弱過ぎて違いが分からなかった。というか、これで今いる階層の三分の一程度しか倒していないという事実にも驚きだが……そこら辺は他で使えばいいか。
現に何度かステータスを見て分かった事がある。
それこそ、俺が寝ている間にハンゾウとクノイチが張り切ったんだろうな。ステータスが驚く程に伸びていた。もっと言えばレベルが極端に上がっていたんだ。
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名前 《未設定》
種族 人族
年齢 13歳
レベル 42
ジョブ 1.【侍LV17】2.【剣士LV25】3.【未開放】
HP 825/1425
MP 1635/2535
物攻 F(705)
物防 F(705)
魔攻 F(710)
魔防 F(850)
速度 E(1150)
幸運 S(100)
固有スキル
【熟練度上昇】【経験値上昇】【ステータス操作】【従魔創造】
スキル
【隠蔽LV5】【気配遮断LV4】【剣術LV10】【料理LV7】
魔法
【火LV5】【水LV1】【空間LV4】
得物
【不刃】
従魔
【ハンゾウ(LV18)】【クノイチ(LV15)】
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これを見れば少しも驚きはしないだろう。
ってか……何で後から付けた剣士が侍よりもレベルが高いのだか。こういうのを見ると本当に職業によって大きく価値が違う事がよく分かるよ。それでいて恐らくは侍のレベルが上がるというのは大幅なステータス上昇が見込めるのだろう。そして二人のレベルが努力の成果を示してくれている。
「はぁ……帰りたくねぇなぁ……」
俺の最愛は唯だ。アイツの願いは叶えたい。
ただ……ここで戦ってみて分かった。やっぱり、俺のような人間は今いる世界みたいな生き死にが関わる世界の方が暮らしやすい。本来は唯も連れて来た方が楽しかったのだろうが……その時には俺の精神の方が持たないか。
命が削れる生活、生き残るという快楽。
普通の人には味わえない世界だ。そして、この世界は初めて魔物と殺し合った時の俺の快楽を思い出させてくれる。例え、敵が弱くとも仲間がいなければ死ぬかもしれない今の空間は……ああ、本当に気持ちが高鳴って仕方がないよ。
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