◇4話 創造
階段を降りてみたが別に何も変わらなかった。
強いて言えば俺が飛ばされてきた時の最初の部屋のような場所があるくらいだろう。魔物のいないセーフエリア……あるのは今使用したばかりの階段に繋がる扉と正反対にある扉の二つのみ。となれば、これは進めという事なんだろうな。
まぁ、休息を取るにしても余裕はあるしね。
水の球を作り出して少しずつ口に含んでおく。味で言えばミネラルウォーターよりは美味しくて、家の井戸水には少し劣る程度の味だ。冷えている分だけ品質にかさ増しはあるかもしれないけど個人的には悪くは無いと思っている。
さて、喉の渇きも潤したからこれで進めるな。
少しだけ腹も空いてきたが……それは休息を取る時にでも済ませばいいだろう。本音を言えばゴブリンの肉なんて食べたくないという気持ちが強いだけだが……背に腹はかえられないから最悪はそれを食うしかないか。
「……と、少しだけ話が変わってきたな」
扉の先は洞窟ではなく森の中だった。
嘘や幻覚ではなく、ただ本物の木々が目の前を覆っており、空からは本物だと思えてしまう程の陽の光が照らしている。とはいえ、背後にセーフエリアの入口がある時点で甘えた考えは出来ないんだけどな。ここは飽くまでもダンジョンであって他の何物でもない。つまりは甘えれば簡単に死ねる場所と少しも変わりないはずだ。
ここにある物が全て食糧とは限らない。
それでも全てが食べられないという事は無いだろう。そこら辺は……まぁ、運良く今の状況が成果を出してくれるはずだ。とりあえずはキノコと薬草狩り兼マップを広げる作業になるだろうな。食べ物さえあれば空間魔法があればどうとでもなる。
これって本当に俺のためじゃないよな。
全てが俺に出来すぎている。よくよく考えてみれば俺のスキルの中に今の状況を容易に打破出来る物があったんだ。扉を開こうとして思い出したが今は……それが最善なのだから従う方が楽でしかないだろうな。
「従魔創造」
本当にゴブリンが生み出せるとはね。
確かにスキルを行使した時に百体以上の条件を満たしているとか、ゴブリンナイトやゴブリンアサシンとかいう不穏な名前は確認出来てはいたけどさ。それでも二種類の魔物を作り出せる事に違いが無いのだから安心して作り出せそうではある。いいや、試した方が早い話か。
「現れろ、ゴブリンアサシン」
「アルジノゴゼンノマエニ」
おお、魔力を流してすぐに現れるとはすごいな。
数の指定もなく、適当に使ったら殆どを持っていかれた。ここら辺は使う前に気にして発動しろよって事なんだろう。とはいえ、その甲斐もあってか一体とはいえ、見た目は殆ど人間と何も変わりのない高身長の青年が出てきた。
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名前 《未設定》
種族 鬼族
年齢 0歳
レベル 1
ジョブ 1.【忍LV1】
HP 500/500
MP 500/500
物攻 F(300)
物防 F(300)
魔攻 F(300)
魔防 F(300)
速度 E(1000)
幸運 C(50)
スキル
【隠蔽LV3】【気配遮断LV3】【短剣術LV5】
得物
【無名の短剣】
主人
【《未設定(金倉洋平)》】
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いや、予想以上に強いな。ってか、俺以上か。
むしろ、本来の敵の強さってこれくらいはあったってことかね。どれもが気配を消して首を飛ばしていたせいで分かりはしなかったが、恐らくは最後の敵であったゴブリンキングも現れた後であれば苦戦は必死だったか。
「まぁ、いいや。君は俺を主と呼ぶ。それなら最初に名前を与えようと思う。お前は……後に作る忍の一団を纏めるハンゾウだ。その名前に見合うだけの成果を俺は求める」
「ハ、オオセノママニ」
「ハンゾウに与える命令は周囲の探索だ。どうやら従魔は死んだところで俺のもとへ戻ってくるようだが死ぬのは禁止だな。君に求める事の中には周囲の薬草やキノコ等の食料品の確保も含まれている」
「ソレハ、アルジノ、トイウコトデショウカ」
「一部、そうだな。ハンゾウの他にも配下を作るとなればあって困りはしない。戦闘の判断や食料の区別は君に任せる。ハンゾウなら何を殺して、何を生かすべきかは分かるだろうからな」
「ハ、オマカセヲ」
おおー、これが忍というものなのだろうか。
まさか、扉を開く事もせずに先に行くとは思ってもいなかった。目を疑ってマップを確認したとは到底、言えやしないだろうな。本当に扉を開かずに二階層目に足を踏み入れたとなれば……技術力は俺よりも上か。まぁ、相手はファンタジーの世界に生まれた存在だ。差があっても嫉妬するべき事ではないな。
「さて、クノイチ。君には休息を取る俺の防護を頼むよ。当たり前の事ではあるがハンゾウが来た時には護衛である事を伝えろ。そのために俺の魔力を残しておいてやるからな」
「ハイ! モチロンです!」
普通の女性の声に聞こえたが……いいか。
ステータスの確認をしたかったが……気にするのは無駄な事なのだろうな。魔力を無理やり行使した時の反動を俺は知っている。ハンゾウで六割を使った上に、クノイチに四割という吸収した魔素を使用した上での行使を行った。つまりは……魔力の補填のために俺は気絶してしまう。
◇◇◇
「おや、起きましたか」
「君は……クノイチかな」
「はい、クノイチです!」
見た事のない女が俺を膝枕していた。
身長は座高からして百七十あるかないか、顔も整っていて普通なら見抜けないだろう。ただ、俺には従魔を区別出来る力があるからな。仮眠の間にここまで変化した事には驚いてはいるが……いいや、傍にいる女の子の事は知らないな。
「クノイチ、俺はどのくらい眠っていた」
「凡そ……十時間程度でしょうか。ハンゾウ様と交代した辺りから私の膝を求めておりましたので、そこからは睡眠に時間をかけていられるようでした」
十時間……俺が十時間も熟睡していたのか。
確かによく知らない世界に飛ばされたり自分でも気が付かないストレスはあったかもしれない。それでも精神面が俺と変わりないのならば仮眠と決めれば四時間で勝手に目が覚めていたはずだ。想像以上に疲れが溜まっていた可能性もあるが……そこら辺も後回しか。
「そこの子は誰だ。ハンゾウかクノイチの子供か何かか。俺は彼女を作り出した覚えは無いのだが」
「あら、やはり、あの時の事は忘れて」
「クノイチ、冗談はその辺にしておけ。主の問いに冗談で返すのは配下として不躾の極みであろう。それとも、主様へ少しなりとも忠誠に見合わぬ心があると」
「やめろ、ハンゾウ。クノイチはただ女性として俺の反応を楽しみたいんだ。俺の友人にも似たような人がいたからな。そういう事は区別出来ておいた方が心身共に楽だぞ」
まぁ、アレは完全に気持ちの悪い好意だったが。
それでも生まれたばかりのクノイチからすれば何をすればどういう反応をされるのか、そういった経験に疎い反面からして身近な俺から反応を伺うのは当然の事だろう。子供のイタズラ程度に苛立ちを覚える方がどうかしている。
「では、ハンゾウ。あの子は何だ」
「……彼女は森の中で保護した存在でございます。主様と似たような見た目ゆえ、救うべきかと思い連れてきた所存です。また、その考えに削ぐわなかろうとも我等には良い物となります」
「なるほど……いいや、確かに俺にとっては間違いなく必要とするべきだったからな。後者に関しては否定はしないが望んで行なえとも思ってはいない。救うのならば最後まで生かすつもりで行え」
「は、了解致しました」
最悪は食料か金銭にってところかな。
まぁ、その考えは生き残るためには必要なものではある。だが、人として生きていくのならば踏み外してはいけないものでもある事は覚えていなければいけない。ましてや、見た目からして五歳かそこらの少女を雑に扱える程、人間性を捨ててもいないからな。
「それで、君は誰なのかな」
「……私は生贄。それ以外の何者でもない」
「そうか、それならそれでいい。生贄なら誰かが君を探しに来るという事も無いだろうからな。自由に扱えそうだ」
この子は恐らく厨二病……ってのは嘘だ。
この世界には魔物がいる、それ即ち本物の生贄だっていてもおかしくは無い。恐らくはダンジョン等を神格視した集落とかが人身御供の如く、寄越した存在なのかもしれない。にしては、幼過ぎる気もするが……生贄をするような村なのだから多少の野蛮さはあってもおかしくはないのだろう。
「それで、どうやってこのダンジョンに来たんだ」
「……分からない。私達は……世界が作り出した生まれながらの生贄だから……ダンジョンに関する知識は何も与えられていないの……ごめんなさい」
「いいや……その見た目に異変を感じるべきだったな。それだけの応答が行えている時点でただの生贄だと考えるべきでは無かった」
物怖じせずにいる、未就学児が出来るだろうか。
それもハンゾウやクノイチに恐怖を覚えている様子もない。ましてや、初手で生贄だと自身の立場を理解して口にしていた。それなら多少は相手の気持ちを重んじて話をした方が聞ける事も多かっただろう。とはいえ、悪印象を与えていないのならまだマシかな。
「それなら君には何が出来る」
「今は……何も出来ない」
「そうか……なら、後々、考えるか」
今は、すごく含みのある言い方をしてくるな。
もしも、目の前の少女が特殊な存在なら……いいや、生贄としてダンジョンから作り出された存在なら特別じゃないわけが無いか。生かしてもらうための言い訳の可能性もあるけど……生憎と幼い子供に酷い事を出来る程に人間性は捨てていない。
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