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閑話 月の喰われた夜

 深夜、明かり一つ無い空間に男はいた。

 いや、男と呼ぶには些か語弊があるのかもしれない。その姿は知らぬ者が見れば悪魔と相違ないだろう。それだけ今の男から漂う魔力は異質であり、嫌悪感を抱くものだった。




「……はぁ、これだと意味が無いな」


 そう呟くと男は魔力を吸い込んで放出する。

 それが普通では無い事は常人なら分かる事だ。だが、男の周りには人はおらず、その異様さを確認する者等は誰一人としていなかった。当たり前であろう、この場は人が踏み入れる事は出来ない神奥のダンジョンなのだ。人がいる事自体が不自然な事なのかもしれない。


 その中、周囲が男の魔力で満たされていく。

 いいや、魔素が魔力へと変わっている事を踏まえれば余計に多くのものが畏怖する事象だろう。何故ならば常識的に考えると魔素とは触れる事すらままならず、人の体に染まれば光魔法を覚えた神職にしか治せないものと広まっているものなのだ。




「まぁ……それでも……作れたからいいか」


 男の手には粘り気のある土があった。

 それを軽く握ったかと思うと開いて触り心地を確認する。少し経った辺りで土を地面へと落として水魔法で手を洗った。その一連の動作を見てニヤリと嫌な笑みを見せると周囲に漂う魔力と魔素を自身へ取り込み始める。


「従魔創造……ただ俺の望む姿で現れろ」


 一気に放出された魔力は周囲を闇へと変えた。

 それらが集結し、三十個の三メートル程度の球体を作り出す。それらが割れ始め、残ったのは灰色がかった毛皮を持つ二メートル程度の熊だった。それらを品定めするかのように数分程度、眺めたかと思うと不意に口を開く。


「どれも悪くはない強さだな」


 その言葉へ熊達は俯せになり目を閉じた。

 男は同様に瞳を閉じて再度、口を軽く動かしてから残った微かな魔力を自身の口へ集中させる。八フレーズ程度、声には出さずに口にすると熊達は顔を上げて続く言葉を待った。




「今のは命令だ。その命令に背く事はするな。成果を上げた者から順に名前を与えてやる。さっさと俺の為に働いてみせろ」


 男が手を払ってみせると熊達は外へと消えた。

 それを見届けた上で男は何も無い空間に腰掛けて天井を見詰める。それも当然の事だろう。三十体と熊を作り出すために行使した魔力と魔素の量は今の男の魔力容量の限界に近いものだった。大きなバケツから盛れ出しそうな水を無理やり抑え込んで使用している。


 普通であれば成し得ない事を男はしていたのだ。

 その表情から普段のような余裕が消え、怒りやストレスに満ちたものとなっているのも仕方が無い事だろう。荒くなった呼吸を数度の深呼吸で整えてから男はその表情を普段のものへと戻す。


「主様、今のが策なのでしょうか」

「……盗み見なんて性格の良い行動だな」

「申し訳ありません。ですが、口下手な主様の真意を聞くためには行動に移すしかないでしょう」


 男は振り向く事もせずに嫌味を返した。

 それに返された言葉から表情を和らげ、隠すかのように俯いてみせる。そのまま隣の何も無い空間をポンポンと叩くと小さく溜め息を吐いた。そこへ話しかけた青年が座って男からの言葉を待つ。


「はぁ……どうしてここに来た。寝袋にいないからでは大した理由にはならないだろ。俺は俺のしたい事をするとハンゾウは理解しているはずだ」

「先程、口にした通り貴方様の真意を聞くためです。少しばかり主様の言動に不自然さを感じた故に無礼を承知で着けておりました」

「……そうか、やっぱり、不自然だったか」


 男は強く頭を掻いてから大きく溜め息を吐く。

 バレないようにしているつもりだったが配下には即座に見抜かれていたのだ。一粒の冷や汗も考えうる最悪なルートへ進んでいる可能性を考慮しての事だろう。だが、それを口にはせずに男はハンゾウに聞いた。


「ハンゾウ、お前は何も感じないのか」

「……意図が分かりません」

「エマに関して、何も感じないのかと聞いている」

「ええ、問は分かります。ですが、意図が」


 それを聞いて男は再度、大きな溜め息を吐いた。

 最悪なルートでは無い。それでも進みたいルートの上に自分はいないのだ。チラリとハンゾウを見たかと思うと地面へ向き直し瞳を閉じる。その奥に映るのはハンゾウではなく、ハンゾウの素となった友の顔だった。


「エマは俺の妹じゃない。なのに、妹なんだ」

「……それに何の問題が」

「一日だぞ、どうして信頼出来る」


 男の言葉にハンゾウは首を傾げてみせた。

 それが一瞬、男の苛立ちへ火を付ける事になるが頭を掻いて気持ちを抑える。エマと出会って一日というのは確かな事実だ。加えてハンゾウとの関わりも似たように短い期間でしかない事も同じく事実である事を理解したからだ。だからこそ、その口を開いた。


「人と人との繋がりは信頼だ。信用を超えた信頼があるから成り立つ行為なんだよ。エマは信頼を無視して動いている。それがどれだけ人の心を外した行為かはお前も知らないといけないんだよ」

「……知っております。この身が出来た時から私は貴方様の意思で、いいえ……貴方様の意志とした方の想いは理解しております。ですが……!」

「アイツが、唯になる事は絶対に有り得ない。ただそれだけの事だ。信頼していない人間に真意を伝えないのは当然の事だろ」


 最後の言葉は肺の中から吐き捨てられた。

 それが分かるからこそ、ハンゾウもその表情を少しだけ歪めて軽く俯く。ハンゾウからすれば生きる意味は創造してくれた主へ尽くす事だった。ただ笑って幸福に暮らして欲しい……そんな想いとは正反対に自身の言動が主を傷付けてしまったのだ。


 一瞬、首を切り落として謝罪するかすら考えた。

 自身の至らぬ考えを口にした声が失われれば忠誠の証明になるかと考えたが、即座に首を振って改める。仮に死んだところで蘇生するまでの時間を無駄にするだけだ。その時間を捨てるのならば主のために動いた方がまだマシだろう。




 それに……そのような事を男は望まない。

 信頼していないと言いながらエマへは妹のように接し、配下にも共に食事を行いながら仕事を割り振っている。それらが自分達を必要としている事の証明としか感じられないのだ。だからこそ、その考えを一つの言葉に纏める。


 俯く男の前で膝を付き、視界に映るのを待った。

 男はその様子を見て静かに視線をハンゾウへと移して何をするのかを見守る。いいや、何をしようとしているのかは分かっていた。それでも、分かるからこそ、その表情を少しばかり和らげる。


「この命ある限り、我が正義である主の数多き剣の一振として戦い続ける事を誓いましょう」

「……そうか、これからも頼むよ」

「ええ、貴方様の信頼を得られるよう、精進を続け成果を上げてみせます。ですので、私を、いいえ、私達をどうか見守ってください」

「……馬鹿だな。見捨てられる訳が無いだろ」


 最後の言葉はハンゾウには届かなかった。

 言い切ってすぐに外へと出たのだ。小さな溜め息を吐いて内心、無礼さを咎めはしたが有り難いとも同様に感じてしまう。最後まで伝えきれなかった言葉を子供に言うのもおかしな話なのだ。本人に言うべき事だろう。


「エマは……唯じゃない……」


 男はフラッと立ち上がり、歩みを始めた。

 自身が休息を取っていた場所ではなく正反対の部屋、そこで眠る一人の幼子の寝顔を眺めてから小さな笑みを零す。そのまま同じ寝床に潜り込んだかと思うと抱き締めて静かに瞳を下ろした。




 ───その姿はただの兄妹であった。

そう言えば昨夜は皆既月食があったみたいですね。投稿準備をしている時にふと思い出しました。スピリチュアル的な面で皆既月食には浄化の意味合いがあるようですね。最近、変な夢ばかり見る私の心も浄化されて欲しいものです。


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