◇9話 食事(後編)
「ほら、さっさと食うぞ。冷めても温めてあげないからな」
「もう……分かったよ」
「腹が減っては戦ができぬ、戦う前に休息を取るのは必要不可欠な行為だよ」
俺の中での休息は唯に次ぐものだからな。
口にしたところであーだこうだと言われるのなら雑多に盛ってやれば意思は伝えられるだろう。骨から作ったスプーンとフォーク、それと使えないだろうが箸も準備しておいた。これで食べないのなら無視するだけだからな。さてと……。
「美味しい……煮込んだだけなのに……! 水も湧水の数倍美味しい……!」
「そりゃあ、料理スキルのレベルが七だからな。ただ焼くだけにしてもそれなりに補正がかかる。水だって美味しくする方法はあるからな」
「……分かっていても驚きはするんだよ。だって、この味は補正で済むようなものじゃないから」
そりゃあそうだろ。アクだって抜いたからな。
ましてや、肉の旨味が出来るだけ溶けるように時間をかけたつもりだ。油分や旨味を如何にアクとして捨てないかさえ、気をつければ美味しくはなるだろう。ってか、いいだけ質問してきた癖に食べる時はしっかり食べるのな。
これなら当分は俺も食事に集中出来そうだ。
ハンゾウとクノイチにも目配せをしておいて自分の分を盛り付けておく。……やはりというか、美味いが物足りない味だな。スープも肉も質が良い分だけ味も良い。ただ、さすがに塩くらいは欲しかったものだ。
これは……いいや、それも手としてはあるか。
少し歩いてみて感じた事ではあるが、このダンジョン内には普通の植物や魚、昆虫なんかがいる。当然の事だろう。ダンジョン内とはいえ、多くのものは弱者を食して糧とする。では、その普通の生物達は必要な養分を持ち合わせていないのだろうか。
俺の考えとしては確実に必要な栄養素がある。
そこに関しては生物だけに限られず、魔物だって必要な養分をどこかで手に入れていると考えた方が納得出来るからね。そうなると手に入れている場所は岩からなのか、川からなのか……どちらにしても試してみる価値はあるか。
「ん……どうかしたの」
「いいや、少しだけ考え事をしていたんだ」
「……何か、怖い事を考えていたような気がするけど別にいいわ。化け物の考え方なんて化け物にしか分からないと思うし」
それならそれでいいや。今はただ休もう。
クノイチの膝元で休んだとはいえ……さすがに疲労は溜まってきている。休める時に休まないのは愚行だと言ってもいい。だから、今はストレスを溜め込まないために静かに食事を続けて必要な分だけを胃に運ぶ事だけを意識しよう。
「……三人ともすごく食べるんだね」
「いや、動くなら食うだろ。それが普通だな」
「生きるとは奪う事、それ以上でもそれ以下でもありません」
「主様はたくさん食べる女の子が好きだもんね」
たくさん食べる……結果的にはそうか。
俺が好きになる人は剣を振るうような、活発的な運動系の女性が好きな人になる事が多かった。そういう子って運動量に合わせて食べる量も多かったからなぁ。実際はここにある食事よりも極端に美味しいから楽しめた訳だが……。
「と、無駄話はそこまでだ。食えるだけ食ったらさっさと休む。俺やハンゾウ、クノイチならまだしもエマは寝ないと困るだろ。ってか、その歳なら早く寝て早く起きるのは鉄則だ」
「……早く起きるって、どうやったら分かるのよ」
「おお、良いツッコミだ。そうだな……まぁ、よく寝れば早く起きるって事になるんじゃないか。それこそ、長時間睡眠は必要不可欠な成長のための一要素だからな」
「はぁ……まぁ、お兄ちゃんの思いには応えたいから気にしないけどさ。うーんん、やっぱり、少しだけ気にはなるかも」
残念、既に了承を得た時点で話は終わりだ。
その後はただ黙々と食事を続けて終わった。自分で作っておいてなんだが量としては少しだけ多かったらしい。まぁ、腹八分目で済ませたというのもありはするが……本当に空間魔法があって助かったよ。
食事終わりに適当に取っておいた草で歯を磨く。
歯ブラシで磨くよりは拭き取るようなイメージだ。もちろん、この草に毒が無い事は実験済みだし、魔素だって抜いてあるから何の問題も無い。エマからは少し嫌な顔をされたけど磨いてあげると言ったら上機嫌で膝に頭を下ろしてきた。異世界共通で膝枕というものは誰もがされたいものらしい。
本当なら土魔法とかで壁を作りたいが……。
まぁ、土弄りが出来た今となっては扱えるようになるのも時間の問題だろう。それに敷居となる見えない壁があればそれでいい。少し魔力消費も高くはなるが無いよりはマシだろう。
「これは……って」
「ああ、何も無い空間の中に土を入れたんだ」
「……はぁ、土魔法を手に入れた訳じゃないんだ。まだ土魔法を手に入れたって言われた方が気持ちは楽だったんだけどね」
そりゃあ、三属性に関しては自信があるので。
それに魔力に触れた事があるのとないのとでも話が大きく変わるからな。幾ら師匠が良くても最初のうちは魔法の魔の字も使えなかったし。そこら辺を補うために使ったのは知恵や科学だ。魔力や魔素が薄くとも、漂っている地球で超能力者が少ないのはそれが理由だろうな。
「それじゃあ、こっちの部屋は俺とハンゾウが休む場所だ。反対側はエマとクノイチだな。一応、水を固めた空間魔法で作った布団がある。硬い石の上で寝るよりは休めると思うぞ」
「……一緒に」
「それは駄目だ。ハンゾウと話したい事があるからな。エマとクノイチにも話せない事だってあるから今だけは分かってくれ」
うん……すごく嬉しそうな顔をしてきたな……。
この顔は見た事がある。唯も欲しかった回答を得られた時には同じ顔をしていた。可愛らしいとは思う反面、どこかで俺は間違った回答をしてしまったという事になる。今の言い訳に対して返されそうな言葉は……ああ、そうか。
「明日も明後日もハンゾウと話す事があるから一緒には寝れないぞ。夜間は夜間で寝る前に済ませなければいけない事もあるんだぞ」
「……それって叡智な」
「違ぇよ! 仕込みが必要なんだよ! 誰だって美味しい飯を食べたいだろ! エマがいたら摘み食いされそうだから出来る訳が無い! さっきのスープを作っている時だって!」
「はい! 諦めます!」
宜しい、準備中に涎ダラダラは嫌だからな。
まぁ、それを口にしたら「過剰表現し過ぎ」って怒られてしまいそうだが……チラチラと視線を向けていたのは覚えているぞ。俺やクノイチと話をしながらも気にしていたのだから腹ペコキャラなのだろう。
「じゃあ、寝ようか。大好きだよ、エマ」
「うん! 私も大好きだよ!」
「わ、私はあ」
「クノイチは黙ろうな。知っているから」
こんな時に挟まろうとするなんて教育が……。
いいや、いいか。今のでエマからちょっかいをかけられる可能性が減った。これで部屋の中に入られても困るからな。寝ている時に腕の中に入られようものなら……アイツのように何をしてくるか分かったものじゃない。
◇◇◇
「チッ……なんかおかしくねぇか」
「敵の強さがおかしいよ!」
「薬草の量もおかしいの!」
「……んだよ、俺の言葉を先取るんじゃねぇ。後でぶっ飛ばしてやるからな!」
薄い月明かりが照らす森の中、大声が響く。
それに二人の幼子は怯えた様子を見せて近くにいた白いローブの女に抱き着いた。男も自身の行ってしまった事を思い出して面倒そうに頭を強く搔く。そのまま無精髭を軽く撫でたかと思うと右手に持つ片手剣を地面へと突き刺した。
「はぁ……さすがに聞き逃せませんよ」
「……んだよ。別に本意じゃねぇ」
「だとしても、ですよ。私達はどうせ死ぬ身、そんな者達で殺しあうなんて馬鹿が過ぎます。冗談でも許される事と許されない事を理解出来ないと村は任せられませんよ」
「別に……俺は皆を救いたいだけだからな」
その言葉を聞いて近くにいた四人は黙った。
自分達の現状、先の見えない未来への恐怖から抗うために戦っているのだ。男は四人の顔を見て大きく溜め息を吐く。どれもが幼く戦いに赴いてはいけない年齢の存在達だ。それはもちろん、男も同じようなものだろう。
「んだよ! そんな顔をするんじゃねぇ!」
「はは、ここに居る人は皆、貴方の想いや美しさに拐かされた者達ですよ。そういう事を口にする暇があるのなら……何をするかは決まっているんじゃなですか」
「そうだよ……それでどうするの」
「……ああ、俺は、俺達は……」
ただ、死なないために知るしかない。
自分達の住んでいるダンジョンで起こっている問題の元凶を、その先に繋がる脱出のための手がかりを得るしかないのだ。ならば、何をしなくてはいけないのか。それは五人全員が理解していた。
「───上の階層に進む」
男の言葉に四人は静かに首を縦に振った。
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