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◇祖父の死

『洋平……お前は勇者になれ』


 それが祖父の口癖に近い言葉だった。

 思い返せば俺は幼い頃から不思議な存在だったように感じる。他の人には見えない何かを視界に映す事が出来、幼い頃から木刀を振るい、そして一目見た景色を無尽蔵に脳内へ貯め込む事が出来ていた。


 その点もあったからなのだろう。

 物心付いた時から俺は他人と関わる事を強く拒否するようになった。別に人というものを嫌いになった訳では無い。ただ他人からすれば俺という存在は気味が悪く腕っ節もあり、そして妬むべき存在でもあったのだろう。


 いつからか、俺は他人と関わる事をやめた。

 自分を知っている、理解してくれている家族がいる空間に身を投じて、ただ鳴り響くだけのスマートフォンの音を何度も聞いていたんだ。その中に何か大きな価値があるとも思えず、触れずにいつも投げ出してしまっていた。


 友人はいない、仲間もいない。

 いるのは……俺が大切に思っている家族だけだった。母はいない、幼い頃に他の男を作ってどこかへと消えてしまったからな。父だって祖父母に俺を任せて一人で海外へと飛んでいってしまった。そう、俺の家族は……こうやって俺の近くにいる祖父母と妹だけだ。




「洋平君、老衰です。聞くところによれば広幸さんは九十になったと聞きます。その歳にもなれば死の波から逃げる事は誰であろうと不可能でしょう」

「そんなの! 有り得ないよ! だって! 昨日まで元気に木刀を振っていたんだよ! いきなり死ぬだなんて信じられない!」

「唯!」


 医者に掴みかかろうとした唯を手で制する。

 それで唯は止まってくれたが……その後は静かに尻を付いて涙を流し始めた。その気持ちは俺だって痛く分かっている。本当は唯と一緒に泣いてしまいたいくらいには悲しい気持ちで心が埋めつくされてしまっているんだ。


 それでも甘えていられないのも事実だ。

 目の前で白い布団の中で永遠の眠りに付いている青白い顔をした祖父だって、額縁の中で満面の笑みを浮かべている祖母だって俺を助けてはくれないんだからな。泣いている暇があるのなら早く喪主としての仕事を終えなければいけない。


「すみません、高明さん。死んだ後も迷惑をかけてしまったようで」

「気にしないでください、洋平君。僕は広幸さんと美雪さんには大変助けられました。言わば、金倉家のおかげで僕は医者として生きていると言っても過言ではありません。信じられないかもしれませんが人の好意は素直に受け取っておくべきですよ」

「そう言って頂けると……助かります」


 分かっている、この人は良い人だって。

 それでも完全に気を許せはしないのは、微かにでも仲間の振りをして背中を切られるかもしれないと思えてしまっているからなんだ。どれだけ良質な言葉を並べられたところで両腕を開いて引き入れたいとは思えない。


 葬式は身内だけで済ませると決めていた。

 恐らく何百とも思える程に葬儀参加に関しての話はあるだろうが全て拒否するつもりでいる。それが生前、祖父が口にしていた遺言のようなものだったからな。死ぬ気なんて少しも無かっただろうから遺言なんて大それた物は無い。それでも意思は汲み取る気でいる。


 その後は高明さんの手助けもあって問題無く火葬まで終える事が出来た。残りは骨壷を寺へと預ければ全てが終わる。……不思議とそう疲れは無かったな。どちらかと言うと許可も無く来てしまった人達を帰す事の方が大変だった。


「気を落とさないでくださいね。きっと、広幸さんは死んでも近くで見てくれているはずですから」

「……分かっています。でも、悲しいものは悲しいんですよ。爺ちゃんが死んだ今、剣の稽古をしてくれる人はいなくなってしまったのですから」

「はは、それはそれは……そこに関しては脆弱な身ではありますが僕が相手をしますよ。こう見えて昔は医官として働いていましたから。その前から護衛術として剣術や体術は広幸さんから教えられていましたので……多少は相手出来るはずです」


 そう言ってくれるのは……優しさからか。

 でも、俺はよく知っている。高明さんは確かに剣を振るえはするが俺の相手をしていられる余裕は無いって。医官を辞めた後も医者として俺達が住む地域の人達を助けているんだ。本当なら俺を助けるために休む事だって難しいだろうに……。




「さて、君は少し休んだ方がいいよ。君が倒れてしまったら聖から何をされるか分かったものじゃないからさ。少しは僕に甘えてくれてもいいだろう」

「聖は……もう……」

「生きているよ。どっかに行っただけだ。だから、帰って来てから根掘り葉掘り聞かれるのは目に見えているからねぇ……って事で、坊さんと話をしてくるよ」


 そう言って高明さんはリビングへ向かった。

 確かに……高明さんの言うようにしっかりと休めたのはいつ以来だろうか。記憶が間違っていなければ爺ちゃんが死ぬ前からずっと休めてはいなかったようにも思えてしまう。それこそ……数少ない本当の友人がいなくなってからかな。


「爺ちゃん……随分と小さな存在になったな」


 骨壷を抱えて微かに笑ってみせた。

 返答が無い事は分かっている。それでも……高明さんの言うようにどこかで俺を見てくれていると思えてしまうんだ。フラっと小さなツボの中から出てきて頭を撫でてくれるかもしれないって……甘い考えが湧いてきてしまう。


「ごめん、爺ちゃん。部屋漁らせてもらうよ」


 爺ちゃんは遺言を残してくれなかったからな。

 ここまで苦労したのに遺産の大半を父親に奪われでもしたら溜まったもんじゃない。海外で女を作っているって話すら聞いていたんだ。そんなゴミに何も渡す気は無い。せめて、爺ちゃんの全てを自分達に回してしまいたいんだ。


「はは……まぁ、誰でも見れる場所に置いたりはしないよね。爺ちゃん……金庫の中に全部を入れているんだろ」


 どれだけ言われてきただろうか。

 大切なモノは奪われないようにしろ、と。そして渡す時には言葉で教えるのではなく、小さな欠片を幾つも並べて教えてやれってさ。金庫の番号は当たり前だけど俺には分からない。それでも、何となく予想はつく。


「1222……口酸っぱく言っていたもんな。俺が好きだった御伽噺の主人公のように生きて欲しい。だから、本当はその日に洋平を産ませたかったってさ。確かに主人公は最愛の姫と婚約関係を結んで世界を救ったけど……俺にはなれそうも無いよ」


 爺ちゃんは俺に勇者になれと言っていた。

 だったら、勇者であった主人公の記念日とも思える日を入れた方がいい。その番号を入れた上で爺さんが俺と唯に教えてくれた……この不思議な感覚を使用すれば……!




「開いた……けど、これは本か。それと……これはUSBか……はぁ、まさかとは思うけど……いや、先に見るべきはコッチか」


 USBの中に何かが入っていたとしても今はどうでもいい話だ。俺の第六感が……いや、俺の近くにいるであろう爺ちゃんが言っている。本を開いて中身を確認しろって……なら、最期の頼みくらい聞いてやるべきだろ。


 本の最初のページを開いて中を見た。

 何も無い……ただの空白のページがあるだけ。でも、それが俺の勘違いであった事がすぐに分かった。最初のページに何か魔法陣のようなものが描かれ、その見開きに目次のような文字が並び始める。だが、俺の知らない言語なのだろう、少しも読めはしない。


 そして……その本は手元から離れ宙を浮いた。

 乱雑にページが一枚ずつ開かれ、最終的には光に包まれて消えてしまう。……いや、消えただけならばどれだけ楽に思えただろうか。その本は最後のページを捲って畳まれた瞬間に俺の中へと消えていったんだ。


「はは……爺ちゃん。本当に……恨むよ」


 俺は静かに家の裏にある山へと向かった。

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