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2月⑤

私がミスではなく故意の可能性を示したところ、人事のふたり、赤尾さんと福田さんは一層苦しそうな表情となった。絞り出すように私の疑問に回答する。

「それは......あまり考えたくないことですが、昨今の事象を考えると調査が必要かもしれません」

「調査って、誰のなにを調査するんですか?」

わたしは赤尾さんの煮え切らない言い方にイライラしてきた。


「それは、品質保証部のですね......」

つまるところ、ここで個人名を出したくないのだろう。私はなかあきれつつ、今日発見した事実を伝える。

「調査するのであれば、ひとつお伝えしておきたいことがあります。

 面道さんが辞める原因となった、とみんなが思っている市場不具合ですが、これについて面道さんには全く責任がないことがわかりました」

赤尾さんと福田さんはなんのことかわからず、目をぱちくりさせている。


「ファイン・イヤーで市場不具合が出たことをご存じでしょうか?

 この不具合について、品質保証課には面道さんの責任と思っているメンバーが多くいます。

 なのですが、今日時系列を調べたところ、この市場不具合は面道さんが商品を担当している時のものではなく、岡田課長に引き継いだ後のものであることがわかりました」

ここでようやく赤尾さんが口を開く。

「でも、事実としては誰も懲戒処分を受けていないのですよ?」

この言いぐさに私は心底がっかりする。

「であれば、退職金が減額されているのはなぜですか?

 この件が理由と考えるのが自然じゃないですか?

 少なくとも課のメンバーの多くはそう思っています」


赤尾さんがようやく私の考えを理解したようだ。自らの解釈を説明する。

「つまり、咲山さんは面道さんがそもそもご本人に責任の全くない市場不具合の罪をかぶせられて退職金が減らされた、そう言いたいのですね?」

「私だけじゃありません。

 課の他のメンバーもそう思っているはずです」

私はあえて訂正しつつ、大枠で赤尾さんの言葉を肯定した。

「その事実関係をもう少し詳しく教えていただけますか?」

そう言われ、私は今日不具合管理ツールや設計サーバーで確認した事実をパソコンで画面を示しながら説明した。


おおむね理解しました。

 あとはこちらで調査を進めさせていただきます。

 ただ、......」

赤尾さんが言葉を濁す。

「ただ? なんですか?」

私が追及すると赤尾さんは再び口を開いた。

「仮に調査の結果、何らかの処分があったとしても当事者以外には通知されません。

 咲山さんにはここまで調査に協力いただいて申し訳ないのですが、今後連絡をすることは基本的にないと思います」

まあ、そんなもんでしょ。

やっぱり私は人事を好きになれないなと思いつつ、わかりましたとだけ答えた。


人事からの二度に渡るヒアリングが終わり、私にできることはなくなった。家永君に昭和おじさんのメッセージを伝えるという役目はあったが、毎週お見舞いに行くほどの仲でもないので、数週間は放っておいていいだろう。

そんな風に考えていたのだが、その週のうちに再び人事からメールが着信した。また相談したいことがあるとのことだ。


私はうんざりしながら人事部フロアの会議室を訪れる。

そこには例によって人事部コンプライアンス課の眼鏡女子、赤尾さんと二年目男子の福田さんが座って待っていたが、前回前々回とは異なり、いきなり深刻なムードをただよわせていた。


私は言う。

「いったいどうしたんですか?

 私の話せることはもう全部話したと思いますが」

すると二年目男子が妙なことを言い始めた。

「実は品質保証課のAさんにヒアリングをさせていただいたところ、Aさんはファイン・イヤーを担当したことはないと言っているのです」

「へ? なんでそうなるんですか?

 これって、岡田課長がわざわざ自分から業務を引き取るって言ったんですよ」

私はAさんを岡田課長に修正しつつ、事実を指摘する。

「それが、Aさんによると引き取ったのは発表のみで商品担当は面道さんのままだと言うのです」

「いやいやいや、そんなの他の会議出席者にも聞いてくださいよ。

 会議の席上でも引き継いだって言っているはずです。

 議事録にもそう書かれているはずですよ」

私は今さらそこを議論する? と思いつつパソコンで過去の議事録を検索し、人事のふたりに示す。

「はい、もちろん他の方からもヒアリングさせていただきましたし、議事録も拝見しました。

 みな異口同音いくどうおんにOさんが業務を引き取ったと言っていました」


おいおい、いつの間にかAさんからOさんになっとるがな、と思いつつ言う。

「なら、問題ないじゃないですか。

 岡田課長が苦し紛れに嘘を言っているだけじゃないですか」

ところが、福田さんは残念そうに続ける。

「はい、それも本人にぶつけてみました。

 なのですが、Oさんは『それは議事録の記載が間違っていて、それを読んだ人が記載内容に引っ張られているだけだ』と言うのです」

「まさか、みんなが間違っていて岡田課長ひとりが正しいという主張を信じるんですか?」

私はあきれているというのを隠さず言う。

「信じているわけではありません。

 ですが、Oさんの言うことにも一理ある、そういうことはありえると考えています。

 客観的な証拠がない以上、故意であるという認定までは至りませんでした」


私はしばし考え、ある疑問を口にする。

「そもそも、私は今日なぜ呼び出されたんですか?

 まさか、そんな話を聞かせるためじゃないですよね?」

すると、今度は赤尾さんが口を開いた。

「今日来ていただいたのは、この話をすれば、あなたなら何か矛盾点に気付くのではと考えたからです。

 私たちは人事なので設計の仕事の進め方には詳しくありません。

 ですが、あなたなら今の話でおかしな点や我々のまだ知らない事実に気付くのではと期待したのです。

 いかがでしょうか?」


まるで探偵だな。

そういえばここ最近は推理してばかりな気がする。的外れなことも多いけど。

新たな証拠を示そうとパソコンを操作する。設計サーバーにある検収記録を示せば、不具合発生時の担当が岡田課長だったことを証明できるはずだ。

カタカタとキーを叩き、該当のフォルダを開く。そこには目的の書類が保管されているはずだった。

が、私はファイルを開いて愕然がくぜんとする。

市場不具合を起こしたソフトウェアの検収者、つまり最後に確認をした人間が岡田課長から面道さんに書き換わっていたのだ。

ファイルを閉じ、タイムスタンプを確認する。

やられた......つい数日前に書き換えられた形跡がある。


「やられました......」

「え?」

人事のふたりが同時に声を上げる。

「市場不具合を起こしたソフトウェアを検収した記録に岡田課長の名前があったんですが、どうやら書き換えられてしまったっぽいです」

「それは簡単に書き換えられるものなんですか?」

と、これは赤尾さん。

「はい、フォルダへのアクセス権さえあれば。

 サーバー管理者なら誰がファイルを触ったかくらいはわかるかもしれませんが」

「書き換えられた証拠はありますか?」

「検収したのは去年の7月のはずなのに、タイムスタンプは今週のものになっています。

 あと......」

「あと?」

「実は私、先週のスクリーンショットを持っているんですよね。

 書き換えられる前の」

私はニヤッと笑いながら言った。


月曜日におじさんの周辺で起きた問題の時系列を調べている時に、メモ代わりとしてスクリーンショットを何枚か記録していたのだが、まさかこんな形で約に立つとは思っていなかった。

だが、赤尾さんはこの証拠を見ても難しい表情を崩さなかった。


「これじゃ、ダメですか?」

私は聞く。すると赤尾さんは答えた。

「疑惑は深まった、と言わざるを得ないでしょう。

 なのですが、決定的な証拠とまでは言えないです。

 結局のところ、これはただの画像で、このファイルと同じものであるかがわかりません。

 悪く言えば、岡田さんをおとしめようとする第三者が画像を作るということもあり得るので」

本来は怒るべきところなのだろうけれど、議事録にあることでさえ、それが間違っているという人だ。確かに画像を1枚示したところで、誰かが加工した画像だと主張するだけだろう。


手詰まりか......そんな重苦しい空気が会議室に充満し始めた。

「議事録を見せれば観念すると思っていたんですけどね......」

福田さんがそんなことをつぶやく。

だが、そのつぶやきは私に天啓てんけいをもたらした。

「あります!

 議事録が正しいと証明できる証拠が!!」

私は天啓を得たことを大声で吹聴ふいちょうし、その証拠をパソコンを使ってふたりに示した。


「なるほど、これは言い逃れできないですね」

福田さんが証拠をそう評価し、赤尾さんは無言で何度もうなずいていた。


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