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2月①

激動の年末年始が終わった。

私は上海の高級寿司店での会食の翌日、玉田さん、昭和おじさんと上海の空港で別れ日本に戻った。

その後は不具合再現方法の関係各所への連絡や修正ソフトウェアの検証で忙しい日々を過ごし、サイレント・イヤーの発売再開を見届け、ようやく1月の最終週になって4週間遅れの年末年始休暇を取得することができた。


2月に入って心機一転、これからまたがんばるぞ! と思っていた矢先、また新たな問題が発生していた。

おじさんの元で一緒に特許出願の勉強をした家永君が休職したのだ。

今思い返すと12月から休みがちだったように思う。ただ、あの頃は深夜残業当たり前、土日出勤当たり前のブラック企業顔負けの対応が続いていて、他にも体調不良で休む人が続出していたので気付かなかった。

なぜ休職することになったかについては周りの人に聞いてもよくわからず、大丈夫なのかな? と心配にはなったものの静観していた。


そんな2月のある日、私のもとに人事部から面談希望のメールが届いた。

人事部からメールが届いて嬉しい人などそういないだろう。緊張しつつメールを読む。

どうやら、私からヒアリングをさせてほしいということだ。とはいえ、肝心の何についてのヒアリングかが書かれていない。

なんだろう?

ひょっとして中国の最終出勤日に早抜けして寿司屋に行ったことがバレた?

だったら嫌だなー。

そんなことを思いつつ、終業後に指定された人事部フロアの会議室に向かう。


会議室に入ると、そこには人事部メンバーと思われる2名がパイプ椅子に座っていた。目の前の長机にそれぞれノートパソコンを置いている。私は向かいの長机にセットされているパイプ椅子に座るよううながされた。

「はじめまして、人事部コンプライアンス課のマネージャーをやっています、赤尾です。

 こちらは私の部下の福田です。

 今日は急なお呼び出しに応じていただきありがとうございます」

赤尾と名乗った眼鏡をかけたショートカットの女性が言った。私はおっかなびっくりといったていで返事をする。

「咲山です。

 あの......今日はどういったご用件でしょうか?」

すると赤尾さんが少し表情を緩めて言った。

「そう緊張なさらなくても大丈夫です。

 今回は咲山さんの所属している課のメンバーのことでお話をうかがいたいだけです」


なあんだ、私自身のことじゃないのか。そう思って安心しようとするが、コンプライアンス課といえばおじさんが退職することになった一因ともなった部署である。私は警戒を解かず、はぁ、とだけ返事をした。

「では、定時も過ぎていますので早速始めさせていただきます。

 ここからは福田が」

眼鏡女子、といっても35歳くらいだろうけど、がそう言ってもう一人の人事メンバーに引き継ぐ。福田と紹介された私より若干若い、入社2、3年目と思われる男性が話し始めた。


「お話をうかがいたいのは同じ品質保証課の家永さんについてです。

 彼が現在休職していることはご存じですよね?」

はい、と私は短く返事をしてうなずく。

「それで、休職の理由についてはご存じでしょうか?」

「それは......体調不良みたいなことは聞いていますが、詳しいことは知らないです」

眼鏡女子は私の発言を聞いてキーボードを叩いている。議事録でも作っているのだろうか? 福田さんが続ける。

「では、彼が休職直前に彼自身が昨年出願した特許を取り下げたいと言っていることについてはご存じでしょうか?」

「いえ、今初めて聞きました。

 ただ......」

家永君の特許はいわくつきのものだ。彼が単独で発明したものに対して岡田課長が自分の名前を入れるように命令して、これが岡田課長とおじさんの対立の一因となったのだ。

「ただ?」

福田さんが先を促すように私の言葉を繰り返す。私は自分の考えを話すべきかどうかを迷った。特許の取り下げは、恐らく岡田課長が自分の名前をねじ込んだことに起因しているのだろう。だが、証拠があるわけではない。岡田課長にやり返したい気持ちがないわけではなかったが、憶測おくそくで告発するのなら結局、それは岡田課長が今までやってきたことと同じなのではないだろうか。

私は考えた結果、憶測でものを言うのはやめようと思い

「いえ、なんでもないです」

とだけ言った。


すると私の目の前で赤尾さんと福田さんが小声で相談を始めた。しばらく待った後、今後は眼鏡女子の赤尾さんが口を開いた。

「単刀直入に申しますと、私たちは家永さんの休職の理由を知りたいと思っています。

 ただの体調不良であればよい、休職しているのでよいというのは変な言い方ですが、おおごとでなければよいと思っています。

 ただ、今回は休職直前に特許の取り下げをしたいという連絡があり、体調不良以外の理由があるのではないかと考えています。

 どんなことでも結構です。うわさレベルでも結構ですので、気になることをお話しいただけないでしょうか?」


ここまで言われて、私は逆に腹が立ってきた。そのうわさレベルの話で昭和おじさんは会社を追われたではないか。何を言っているんだ、この人たちは。人事はひとごととはこのことかと思い、怒りをそのままぶちまけた。


「あの、そもそも私は人事をあまり信用できません。

 うわさレベルって先ほど言われましたけれど、そのうわさレベルの話で私の尊敬する品質保証部の先輩が懲戒処分を受けて会社を辞めました。

 だから、うわさレベルであってもお話しすることは何もないです」

言ったった! 人事に向かって、正面切って。

これで次のボーナスは激減だな。私もおじさんみたいに出世コースを外されちゃうんだな。

そんなことを思っていると、目の前で眼鏡女子と2年目がパソコンをしばらくせわしなく操作し、こそこそ話をして、ようやく眼鏡女子が口を開いた。


「いま、改めて確認をさせてもらったのですが、ここ3年間品質保証部で懲戒処分を受けたものはおりません。

 咲山さんはいったい誰のことをおっしゃっているのでしょうか?」


え? 私はその言葉を聞いて固まった。

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