婚約破棄ボンバー
作者は乙女ゲームに関して無知なので、2.5次元のミュージカルを参考にしました。
「公爵令嬢近鉄バ・ファローズ!お前は可愛げの無い女だから婚約破棄だ!男爵令嬢をいじめていたしな!」
トアール王国の卒業パーティ会場で名もなき王子が婚約破棄を声高に叫んでいた。人々はそれを呆れた顔で見ていた。
「名もなき殿下、私が彼女を突き落としたのは嘘です!そんな嘘に騙される程、愚かな者に国を任せられますか!」
「うるせーっ!俺が誰にでも簡単に騙される馬鹿なら、その馬鹿をコントロールしようとしなかった貴様は国家反逆罪だーっ!お前が俺を骨抜きにして甘い夢を見せ続けていれば、こんな事にはならねえだろがー!」
名もなき王子が鼻息荒く逆ギレしていると、呆れ返るだけで動こうとしない人々を押しのけ、一人のイケメンが現れて彼の胴体を真っ二つにした。
「げえっ、俺の両足がぁ!テメェ、いきなり現れて何をしやがる!」
「王族貴族の集まりを乱した不届き者を罰しただけだ。致命傷を与え無かった事を有り難く思え」
「何だと!俺はこの国の名もなき王子だぞ!俺は頭空っぽの神輿としてこの国のトップに立ち、その女は俺を操り国の実権を握る義務があったんだよ!それが、契約結婚って奴だろ!お前らも、そう思うよなあ?」
名もなき王子は人々に同意を求めるが、誰もそうだそうだとは言わなかった。冷ややかな目で名もなき王子を見るだけだった。
「んなあああ!?何で、俺に賛同しねーんだ!俺は誰の言葉でも信じるぞ!悪魔に囁かれれば魂を差し出すし、詐欺にも漏れなく引っかかる!そして、俺には叶えたい理想とか、価値観とかも無い!そこの公爵令嬢とあっちの男爵令嬢の良し悪しも分からねえから、言われるがままに選択し続けられる!だから俺はっ!お前らの思うがままに動かせる最高の王様になってやれるんだ!だから、俺に、俺に従えー!」
「黙れ」
男が剣を振ると、名もなき王子の右手が床に落ちた。このままでは出血多量で死んでしまう。そんな事を平然と行う男は、自分を殺そうとしている。それに気付いた名もなき王子の顔から血の気が引く。
「おいっ、お前!人間にはなあ、手足に血管ってのがあってそれが三本も切られると、多分死ぬアレだぞ!?二本ならまだ問題無くても三本は死ぬだろっ!俺はこの国の名もなき王子だぞっ!そーいや、お前どこの貴族だ?俺を殺して国がどーかなったら責任取れるんかお前っ!」
「やれやれ、漸く私が誰かと疑問を持ったのか。本当に貴様は救いようの無い男だな。貴様に良い事を教えてやろう」
「そうか、ありがとうな!」
名もなき王子は自分の手足を切った男に礼をした。
「それだ。お前は本当に目先の事しか考えられない。そんな奴に王は務まらんと皆が思うだろう」
「え?何で?大事なのは過去じゃねぇ。今ナウ、そして未来だろ?過去に何があったかなんて…うわー!俺の腕と足が!出血で死ぬー!」
名もなき王子は自分の手足が千切れ大量出血している事を思い出し、イモムシの様に転がった。
「ボンベイ!誰かボンベイの血を分けてくれ!俺は国王と血が繋がってないらしくて、ボンベイ型なんだ!おい、そこのお前、血液型は何だ!」
「私は隣国の皇帝ネオだ」
「何だその血液型は!?ボンベイを探してるの俺は!俺は、この国で誰よりも王様に相応しいんだ!その俺が助けを求めてるなら、助けろよ!助けた奴は俺の右腕にしてやる!国を好きに出来るぞ!だから誰かボンベイ!」
名もなき王子は残された左手でブレイクダンスをしながら、輸血を求めて熱唱した。
『ギブミーボンベイ』
作詞・作曲:名もなき王子
ボンベイ!ボンベイ!ボボボボンベイ!
ボンベイ!ボンベイ!ギブミーボンベイ!
休み時間は寝てるフリ、二人組であまります。それがこの俺名もなき王子!
ボンベイ!ボンベイ!ボボボボンベイ!
ボンベイ!ボンベイ!ギブミーボンベイ!
俺はチー牛なんかじゃない。だってチー牛高いから。俺にあだ名を付けるなら、肌が汚い、ホクロいっぱい、安っぽい、そんな俺はチョコスティック〜!
ボンベイ!ボンベイ!ボボボボンベイ!
ボンベイ!ボンベイ!ギブミーボンベイ!
『逆押しで7を狙え〜!』
俺はやりたい事が無い、俺は守りたいものも無い、真実の愛とかノリで言う。当然愛も分かってない!
ボンベイ!ボンベイ!
Total出血量980ml
【ボタンを押せ!】
チュドーン!!
■ ■ ■
「王国内の魔力反応無し。皇帝ネオの魔力反応も消失しました」
「そうか、終わったのだな…」
今から百年以上前、一人の青年がこの世界を大きく変えてしまった。彼の名前はネオ。スキルの良し悪しで差別される時代に生まれた彼は、ハズレスキルを得た事で貴族から平民となってしまう。しかし、彼は努力により周囲を見返し遂に皇帝となった。
ここまでは良い。だが、問題はここからだった。ネオは人間社会そのものを憎み、亜人達を妻として真の仲間と呼び、人間の住む土地を次々と奪っていき亜人に分け与えた。それだけで無く、彼は科学知識も持ち合わせており、文明を一気に発展させ帝国の技術で世界を塗りつぶした。それにより、人間の国の労働者は職を失い、餓死するか略奪者になるかの二択を迫られた。そして、どちらの結果になっても『この国を俺が救ってやる。こんなになるまで国を放置して奴らに代わって統治してやらねば』と言ってネオが攻め込んで来て、人間の国は更に小さくなっていった。
残された人間達はネオが老いて死ぬのを待ったが、長命の亜人と交わったネオは百年経っても若いままだった。このままでは、一人の人間のヒステリーで人間そのものが世界から消えてしまう。そう思った生き残り達は、ネオを倒す為だけに国を一つ作った。
長年の研究の結果、卒業パーティて愚かな王子が婚約破棄すれば、かなり高い確率でネオは一人でその場に出現すると知った彼らは、何の才能も無い男子を厳選し、名もなき王子として育てた。火薬を練り込んだ土で城を作り、刺し違えてでもネオを倒す決意を持った者達が集まり国を形作った。
名もなき王子の身体に起爆装置が埋め込まれ、彼の精神が限界を超えた時、即ちざまぁされた状態で監視モニターのセーフティを解除すると爆発する様に設定した。
皇帝ネオは悪人の企みを察知する力を持っていたから、この作戦は上手く行かない。やるだけ無駄だ。そう反対する人もいたが、その対策もしっかりとされていた。ネオと言えども、常時世界中の敵意の声を一つ一つ拾っていては気が狂ってしまうだろう。だから、名もなき王子の心の声を際限なくやかましくして、他の人々の敵意を覆い隠してしまえば、我々の計画の内容までは気付かれない。そう踏んで賭けに出た。そして、賭けは成功した。名もなき王子は研究者達の期待通りに心の声も実際の声もやかましく育ち。他の人間の悪意が霞むクズになった。この王子が居る限り、ネオは他の人間の心の声を聞く事は出来なかった。
そして、婚約破棄が実行されるや否や、ネオはここぞとばかりに内政干渉しに来た。真の仲間も連れず、一人で来た。そして、名もなき王子の醜さを散々指摘しながら、爆心地にて生涯を終えたのだった。
「皇帝ネオは亜人の妻達を全員平等に扱いつつ、守るべき弱者としていました。ネオさえ居なければ、帝国は後継者争いで弱まって行くでしょう」
「そうだな。これで、漸く人類はまた前に進める。日々を穏やかに過ごし、子を作り数を増やして再びこの大陸に満ちて行くのだ。その為、これからも私に協力してくれるかね?」
「ええ、勿論です」
所長と助手は力強くお互いを抱きしめた。