61.そして新しい家族へ
巣ごもりが終わったのは四か月後だった。
王宮に戻って報告すると、竜王様は笑って迎えてくれた。
「なかなか戻って来なくて心配はしたが、その顔を見てほっとした。
ちゃんとルークが番だったんだな」
「はい」
「無事に番契約できました」
「ああ、そのようだな。
……リディの鱗もルークに渡したのだろう?」
「「え?」」
どうしてそれを?と思ったら、
後ろで聞いていたクレアとラディが笑っている。
「どうして笑ってるのよ?」
「私もラディに渡したからよ」
「そうなの!?」
「リディのことはリディが悩んで決めたほうがいいから、
クレアには黙っているように言ってあった」
どうやら私に影響がでないように、クレアは黙っていたらしい。
竜王様に黙っておくように言われたら従うしかない。
「ごめんね?」
「ううん、いいよ。
私もちゃんと自分で考えて出した結果だから。
クレアから聞いていたら、それはそれで悩んだと思う」
「そっか」
多分、クレアも同じように悩んで、ラディに鱗を渡したのだと思う。
ラディ以外のものになりたくない、そう思って。
同じことをしたのがおかしくてクレアと笑いあう。
本当の姉妹じゃないけど、考えていることはよくわかる。
「それでは、リディも竜人になったことだし、
俺の養女として正式に迎え入れよう。
リディ、父と呼んでくれるか?」
「はい、お義父様」
「ああ、やっと娘がそろったな」
竜人の養女は竜人でなければならないと決められている。
だから、養女として扱われていても、まだ籍には入っていなかった。
私が竜化して竜人になったことで、正式に竜王の娘になる。
「そういえば、エリナの子はもう産まれたの?」
「ああ、娘だと聞いた。
会いに行くのはリディが戻ってきてからにしようと、
まだ誰も会いにいってないんだ」
「そうなの!娘かぁ。可愛いだろうなぁ」
「ああ。ハンス、いつ訪ねていけばいいか聞いておいてくれ」
「エリナの方は明日にでも大丈夫だと思いますよ。
早く会わせたいと申しておりましたから」
エリナの義父でもあるハンス。
産まれた子はハンスの三人目の孫になる。
よほど可愛いのか、ハンスは目を細めて笑った。
「そうか。楽しみだな」
そして、数年が過ぎ。
「あの時はすごかったね」
「ああ。クライブ様のあんな顔は初めてみたよ」
「私も驚いたけれど、それよりも。
お義父様がこんな風に甘々になると思わなかったわ」
「たしかになぁ」
私とルーク、クレアとラディが同じ方向を見て笑う。
竜王の執務室なのに、きゃははと笑う少女の声が響く。
竜王になって二十年目のお義父様のひざの上にのっているのは、
エリナの娘ミリナだ。
義父様と私たちでエリナの屋敷に会いに行った時、
初めて会うエリナの娘を見て、お義父様の動きが止まった。
ぶわっとお義父様の竜気が広がって、ルークが私を、ラディがクレアを守った。
警備隊長もエリナを抱き上げ守ろうとした中、
寝かされていた赤ちゃんだけが楽しそうに笑った。
大人でもきついほどのお義父様の竜気を浴びているのに、
うれしそうに笑った赤ちゃんを見て、警備隊長が崩れ落ちそうになる。
エリナとハンスも驚いて何度もお義父様と赤ちゃんを見比べていた。
「まさか……クライブ様の番?……うちの娘が?」
警備隊長のその言葉で、私たちもようやく事態を理解した。
まさか生まれて数か月の赤ちゃんを番と認識すると思っていなかった。
お義父様も番だとわかっても、さわるにさわれず動揺していた。
「いや、あ、どうしたらいいんだ。
俺の番なのに、さわってもいいのか?」
「クライブ様……抱き上げるのはかまいませんが、
そのまま連れて行かないでくださいね。
竜化するまでお待ちください」
「あ、ああ。わかっている。わかってはいるんだ」
竜人が竜化するのは五十歳過ぎ。
それまでは番うことはできないが、
番に会ってしまったからには守りたい意識が強い。
話し合いの結果、エリナが仕事で王宮に来るときは、
ミリナも一緒に連れてくることになった。
今では毎日のようにお義父様のひざの上にミリナがいる。
楽しそうな二人のことは見慣れたけれど、
その当時のことを思い出したのは私とクレアのお腹に子がいるからだ。
「この子にもすぐに番が見つかったらどうしようかな」
「あんなことはめったにないからね?」
「そうよね。エリナの息子たちにはまだ見つかってないものね」
「普通は五十過ぎるまで外出させないから。ミリナが特別なんだ」
「そうだよねぇ」
エリナの息子カインとケインはまだ五十になっていないが、
竜化した後は警備隊の新人として入隊することが決まっている。
末の妹のほうが先に番を見つけるとは思わなかっただろう。
「まずは産まれてみないと、男か女かもわからないし」
「そうだね。クレアはどっちだと思う?」
「なんとなく男のような気がしているの」
「私もなんだよね。これで男女だったら、番同士だったりして」
「さすがにそんなことはないわよ」
ふふふ。と笑っているけれど、お義父様とミリナを見ていると、
どこに番がいるかわからないしなぁと思ってしまう。
「まぁ、番かどうかはさておき。
この子も自分で幸せを選べるといいな」
「リディの子なら大丈夫よ」
「クレアの子でもね」
あの日、ラディと一緒に逃げたことで、
こんなにも違う世界が待っているとは思わなかった。
お義父様に会って、ハンスとエリナに会って。
亡くなっていると思っていたクレアが生きていて。
誰よりも私を愛してくれるルークに出会えて。
もう生贄だったアリーはどこにもいない。
これからも、ずっと。
自分の幸せは自分で選ぶのだから。




