55.竜人の女性
朝早く部屋を訪ねてきたクレアが身体がおかしいという。
「なんだか身体が熱っぽい感じがする」
「大丈夫?また竜熱?エリナに聞いてみようか」
クレアの額に手を当てると確かに熱がある。
高熱というほどではないけれど、
エリナが出勤してくるのを待って部屋に来てもらった。
「クレアが熱があるっていうの」
「あらあら……本当。
クレア様、これは竜化する時期が近いためよ」
「本当!?」
「ええ。クレア様は早いかもしれないと竜王様に言われたけれど、
こんなに早いとは思わなかったわ」
「……私、本当に竜化するのね」
ラディと番だということがわかっているクレアは、
竜化するのを心待ちにしていた。
クレアが竜化すれば、番契約をすることができる。
竜化が近いとわかって、クレアの頬が赤く染まる。
「クレア様、リディ様。
竜化する前にきちんと話しましょうか」
「話?」
「ええ。以前、リディ様に渡した本、
クレア様も読んだと思うけど、疑問はなかった?」
以前に渡された本。竜人と竜族の違いについて書かれていた。
あれで百歳までの竜人は竜族と子を作れるって知ったんだっけ。
「疑問というか、この前ルークに聞いたの。
竜人の女性は鱗を男性に飲ませないって。
そういうの本に書いてなかったと思うんだけど」
「ええ。あの本には竜人の女性についてはあまり詳しく書いてないの。
竜人の女性には公にしたくないことがたくさんあるから」
「どういうこと?」
「竜人の女性は竜人を産む。
それは知っている?」
それは聞いた気がする。
竜人の男性は竜人以外と子を作っても竜族しか生まれない。
相手が番だったら、竜人の子が生まれる。
「竜人の女性は相手が番じゃなくても竜人の子が生まれるの。
昔、十一人の子がいた竜王がいて、
三人の娘をそれぞれ人間の国の王族に嫁がせた。
その娘たちは竜人の王子を産んだ。それが竜族の国のはじまりよ」
「ああ、竜族の国って竜王の娘が嫁いだ国なんだ。
そこから竜の血が広がっていったのね」
「そうなの。その時の竜王は人間の国と交流したかったのでしょう。
だけど、そのせいで竜人の女性は番以外とも竜人の子を産めると知られてしまった」
知られてしまった?
まるで知られたら困るような言い方。
「その結果、力が欲しい人間の国は、竜人の女性を欲しがるようになった」
「えっ」
「だって、竜人の王子を生んでくれるのよ。
王族なら竜人の子を欲しいと思って当然じゃない」
「それは……そうだね。一人でも竜人がいれば国を落とせるんだったら、
自分の国にも竜人がいてほしいと思うよね」
オリアン国の一件を思い出せば、竜人の力が圧倒的なのがわかる。
自分の子として竜人がいてくれたら心強いと思うだろう。
「だけど、人間に嫁いで子を産んだ竜人の女性は、
三人とも子を産んですぐに亡くなっているの。
番以外と子を作った竜人の女性はやせ衰えて死んでしまう。
それがわかって以来、番以外と結婚させることはしなくなった」
「そんなに嫌だったってこと?」
「気持ちはわからないわ。身体の問題なの。
番以外と子をなすと、竜人の女性は衰弱して死んでしまうのよ」
「私も無理だと思うわ……」
竜人の女性だとわかれば他国から狙われるってルークは言っていた。
この意味だったんだとわかり、背筋がぞわぞわする。
貴族令嬢なら政略結婚することもあるってわかっているけど、
クレアだけじゃなく私も無理だと感じた。
「竜人の女性がさらわれそうになる事件が続いて、
竜王国は竜人とその番以外を国に入れることをやめたの。
だから竜王国は閉鎖的な国だと言われていた。
先代の竜王様が竜族を国に迎え入れたことで、
竜人の女性は隠れて住まなければいけなくなった」
「少しずつ竜人は戻ってきているけれど、
女性はまだ見かけないのは隠れているってこと?」
「借金奴隷とはいえ、竜族はまだ王都にいるでしょう?
竜族が完全に消えたら出てくるんじゃないかしら。
まだここは安心して暮らせる場所とは言えないから」
「そっか……早く安心して暮らせるようになるといいな」
しみじみとつぶやいた私に、エリナはため息をついた。
「私がこの話を二人にしたのは、油断しないでほしかったから。
二人が竜化して竜人になれば狙われるの。
番以外とも子を作れるのだから、
ラディと番になっても安全じゃないのよ」
「え……そうなるのね」
「それ、どうして狙われるのわかっていて番に鱗を飲ませないの?
女性も男性に鱗を飲ませたら、もう番以外と子を作れないのでしょう?」
竜人の男性は鱗を飲ませたら、もう番としか子を作れない。
なら、女性も鱗を飲ませたら、安心するんじゃないの?
「そうよね。私もラディに飲ませればいいのよね」
「うーん。二人とも竜人の母親がいないせいか、
そういう考えになるのね。
私は竜人の女性は鱗を飲ませないという考えで育っているからか、
飲ませようと思いもしなかったわ」
「どうしてそう育てられるの?」
「生き残るためかしら。
竜人の鱗を相手に飲ませるっていうのは、
相手に命を預けるようなものなの。
たとえば、ラディの鱗をクレアが飲んで番契約した場合、
クレアが死んだらラディも死ぬの」
「「え?」」
「番相手が死んだら、自分も悲しくて死んでしまうのよ」
悲しくて死んでしまう?
番になるということをどこか軽く考えていたのかもしれない。
籍を入れて結婚するのと同じようなものだと。
「クレアがラディに鱗を渡したら、
ラディが死んだらクレアも死んでしまう。
というよりも、お互いに鱗を渡しあっているのだから、
どちらかが死んだら二人とも死ぬことになるわね」
「命を共有するのね……」
「竜人は子を守るように言われるわ。
だから、女性は生き残ってでも子を育てる。
新しい番を受け入れられるのも、子を守るためだと言われているわ。
子を守ることも誓わせてから番うのよ」
「子を守るため……」
どうして危険だとわかっていて鱗を渡さないのかと思っていたけれど、
子を守るためだと言われてしまえば納得しかない。
だけど……
「番じゃなくても、鱗を渡せば番になると聞いたの。
それは本当?」
「……ルークから聞いたのね。
それは本当だけど、おすすめしたくないわ」
「どうして?」
「番と言っても、仮の番なの。
リディがルークの鱗を飲んで番となった後も、
本当の番に会えばわかってしまう。
その時、その番はルークを殺すでしょう」
「え?」
「ルークを殺さなければ、リディの番にはなれない。
だから、殺すのよ。偽物の番を」
殺す?ルークを?
「……でも、ルークはそうして欲しいって」
「わかっていてそう願ったのでしょう。
ルークが番じゃないのなら、リディとは子を作れない。
番以外と子を作ったら、リディは死んでしまうから」
「あ……」
そっか。いくら気持ちがあったとしても、番じゃなかったら私が死ぬことになる。
「ルークは自分が殺されてもいいから、
リディと番になりたいと思ったのでしょう。
だけど、リディはそういうことも知って、考えて選んでほしいの。
知らないで選んで、後悔してほしくないから」
「うん……教えてくれてありがとう」




