44.王子の訴え
「そ、そんな昔の税は無効では……?」
百二十年分の税ってどのくらいなんだろう。
竜族全体を住まわせる対価となれば、安くはないはず。
「そうか?お前はさきほど俺に言ったよな?
商人だから借金は子孫でも支払ってもらうと。
二百年以上も前の借金をルークに支払えというのなら、
お前にも支払う義務があるだろう?」
「そ、それは……」
自分の税の滞納が時効だとするなら、
それよりもずっと前のルークの祖父の借金も時効になる。
どちらかを選ばなくてはいけない状況に焦ったのか、
ブソナは助けを求めた。
「セザール様!お助けください!
オリアン国だって、私ども竜族がいなくなったら困るでしょう!?
同盟国が属国の支配権を放棄しないと表明してくだされば、
竜王様もこんな無茶は言えなくなるはずです!」
少し離れていた場所にいた男にブソナが必死で呼びかける。
呼ばれたほうはめんどくさそうな顔をしながら前に出てきた。
赤茶色の髪を横で編んで束ねた若い男性。
この人がオリアン国の第二王子セザール。
コリンヌ様も一緒に来たはずだけど見当たらない。
国外追放されているのを思い出して逃げたとか?
「……ブソナ。なぜ俺を呼ぶ?」
「さぁ!セザール様が同盟国を代表して言ってください!」
「代表か……仕方ないな」
無理やり押し出されるようにされ、セザール王子は竜王様に向き直った。
「竜王様、オリアン国第二王子のセザールと申します。
今回の竜王様の判断には納得できません。
今まで何も問題なかったのですから、このままでいいではないでしょうか?」
周りにいた同盟国も同じ意見なのか数名がうなずいている。
同盟国としては属国の支配権をこのままにしてほしいだろうし、
理解できる要望ではある。
「問題がない?そんなことはないな」
「え?」
「属国の管理を任せるために支配権を渡したが、
奴隷のように扱っていいとは言っていない。
あくまでも税を集めて竜王国に送るための支配権だ。
それは理解していたか?」
「それはもちろんです」
セザール王子ははっきり肯定したものの、
どうやら理解していない同盟国もあるようで、
一部の使者が動揺してあたりを見渡している。
「竜王国が直接管理することはなくても、
属国が竜王国に使者を送ることは許可している。
私が即位してから同盟国への苦情が何度も来ている。
あまりにも非道な場合はラディを派遣して、処罰を与えていた」
「そ、そんなことが」
「それもあって属国の支配をやめることにした。
竜王国は属国がなくても問題ない。
今後は竜王国に住む者から税をきっちりと取る。
まずは竜族には今までのも取り立てないとな」
「ひぃぃ。セザール様!何とかしてください!」
「なんとかと言われても、これ以上はどうすることも」
泣きつくようなブソナにセザール王子も困り始めた。
そもそも同盟国も敗戦国だ。
竜王国に物申す立場ではない。
「あぁ、そういえばオリアン国はもうすでに同盟国ではない」
「は?」
「国外追放したものを王宮に連れて来ただろう」
「国外追放ですか?」
コリンヌ様のことを出されてもセザール王子はきょとんとするだけ。
どうやら本当に知らないで連れて来てしまったようだ。
「その女だ」
竜王様が指した先には警備隊に両腕を捕らえられているコリンヌ様だった。
暴れたのか、カツラがずれてしまっている。
肩のあたりで切られた髪は、貴族令嬢としては恥ずかしい長さだ。
「コリンヌ!?え?その髪はなんだ!?」
「この女は後宮内に不審者を引き入れ、
俺の娘を襲おうと企んでいた。
そのため、髪を切って国外追放にした。
この女の兄に処罰を説明した書簡を持たせたはずだぞ」
「そんなものは知りません!」
「知らなかったではすまない。
国外追放したものを連れて入国するということが、
どういう行為になるのかはわかっているよな?」
「あぁぁぁ……なんてことを」
竜王様が国外追放したコリンヌ様を連れて入国したというのは、
敵対行為にあたる。
同盟を破棄されるのは当然、戦争が起きてもおかしくない。
「なんでそんな馬鹿なことをしたんだ!
国外追放された国の夜会に出席なんてできるわけないだろう!
コリンヌ!答えろ!」
「だってぇ……竜王国で全然遊べなかったから。
ちゃんと王都が見たくて。夜会に来るくらいならいいと思って」
「はぁ?」
「それに、もう妃候補じゃなくて、第二王子妃になったから無効じゃない?」
まさかそんな理由で竜王国に来ているとは思わなかった。
絶対に何か企んでいるんだと思っていたのに。
コリンヌ様は悪いことをした意識がないのか、
セザール様に早く助けてと騒ぎ始めた。
「愚かだな。セザール王子、すぐさま退出を命じる。
同盟は破棄だと国王に伝えろ」
「……わかりました。本当に申し訳ありません。
謝罪はまたあらためて……」
意外にもセザール王子はまともだった。
この場での謝罪は簡潔に、後から正式に使者を送ってくるつもりらしい。
警備隊に捕らえられたままのコリンヌ様を引き連れ、会場から出て行った。
あとに残されたブソナとローズも警備隊が外に引きずっていく。
最後までブソナが同盟国の使者たちに呼びかけていたようだが、
それは相手にされていなかった。
「同盟国との話し合いは明日から順次行う。
それでは、夜会を楽しんでくれ」
こんな状況で夜会を楽しめるのかと思ったけれど、
竜人たちは笑って酒を飲み始めた。
同盟国の使者も半分あきらめているのか、
使者同士でなぐさめあっているのが聞こえる。
「今まで同盟国としてかなり儲けさせてもらいましたから。
竜王様の判断であれば仕方ないですよ。
今後は属国ではなく、隣国としてつきあうことになりますね」
「そうですな。これ以上欲をかいても、
属国同士が手を組んでくるでしょうから。
今まで属国を奴隷扱いしていた国は、
いつ反乱がおきるか気が気じゃないでしょうが」
「非道なことをしてきたのであれば当然ですな」
その非道なことに心当たりがある同盟国の使者は、
真っ青になって今にも倒れそうだ。
「クレア、踊ろうか」
「ええ」
そんなことはおかまいなしに、
隣ではラディがクレアをダンスに誘っている。




