38.番って
クレアの意識が戻ったのは二日後だったけれど、
竜熱が下がるまで一週間ほどかかった。
ようやく起き上がれるようになったクレアは、
それからラディにべったりくっついて離れなくなった。
いつもクレアの一番そばにいたのは私なのにと思うと少し寂しい。
だけど、うれしそうに笑うクレアを見て、本当に良かったと思う。
まだ竜化していないクレアがラディを番だと認識できたのは、
ハンスの話だとクレアが百歳をこえているからだという。
竜石に入った状態で、竜族のまま年を重ねた。
外見は変わってなくても、影響はあったらしい。
会ったばかりなのに恋人のように寄り添う二人に、
違和感があるのは私だけのようだ。
他のみんなは竜人なんてそんなものだと、
番なら当たり前だと言う。
本当にそうなんだろうか。
ラディを番だと認識したクレアは、
今までとは性格が変わってしまったみたいに見える。
「リディ、クレアとのお茶は終わったのか?」
「うん、途中でラディが来ちゃって。
クレア連れて行かれちゃったの」
「まぁ、まだ落ち着かない時期だからな。
しばらくは仕方ないだろう」
「……そっか」
仕方ないことなんだと言われて、納得すればいいんだろうけど。
納得できないのが顔に出たのか、ルークにのぞきこまれる。
「クレアが目覚めて喜ぶと思ってたのに、
あまりうれしそうじゃないな。何かあったのか?」
「ううん、うれしい。すごくうれしい。
クレアは亡くなってるとずっと思ってたから、
生きていてくれて幸せそうですごくうれしいの」
それは間違いなく本当。
ずっと私だけ自由になるのを悪いと思っていた。
クレアも好きに生きられたら良かったのにって。
ラディのことも兄として大好きだ。
二人が幸せになってくれたら、こんないいことはないと思う。
「じゃあ、どうしてそんなに苦しそうなんだ?」
「……」
どう言っても竜人のルークにはわかってもらえない気がする。
番が、番というものが怖いだなんて。
「言えないか?」
「言ってもわかってもらえる気がしないから」
「俺はリディが言うなら、否定することはしないよ」
否定はしない、か。私を番だと思うルークは、
私の言うことは否定できないのかもしれない。
黙っている私にルークは悲しそうな目をする。
はぁぁとため息をついて、話すことにした。
わかってもらえなかったら、もう話すのはやめよう。
わかってもらえなくてもしょうがないんだって。
「あのね、怖いの。
……番だってわかった瞬間、人が変わったようになるのが怖いの」
「怖い?あぁ、人格が変わったように見えるからか」
「うん、だって、今までほとんど知らなかった人が、
番だってわかると、その人しか見えなくなるって。
まるで違う人になったみたいに思えて。
番ってなんだろうって考えたら怖くなって」
番だってわかってから、ラディもクレアも違う人みたい。
優しいところは変わらないけれど、何か違う。
「……怖いか、わかるよ」
「え?わかるの?」
竜人のルークにそんなことを言われると思わなくて、
驚いてしまう。
「俺の父親は妻がいたのに、番と逃げたって話しただろう?
産まれたばかりの俺を置いて」
「……あ」
そうだった。ルークの父親は竜族の貴族令嬢と結婚して、
子どもまで生まれた後で番に出会ってしまった。
そして、何もかも捨てて番を選んだ。
「番に会ったら理性がきかなくなると、竜人は言うんだ。
竜族の妻と子には悪いが、竜人であれば仕方ないと。
番でもないのに結婚させた方が悪いだろうって」
「それは、まぁ、ルークのお父様の場合は、
親の借金のために結婚したせいもあるんじゃない?
自分の意思でした結婚なら違ったかもしれないし」
「それはそうだけど、結婚せずに借金を返す道もあった。
竜王様に肩代わりしてもらえばいい。
竜人なら数百年かけて返せるんだから」
「……そっか」
そういう借金の返し方もあったんだ。
なのに、返すよりも貴族と結婚する方を選んだ。
多分、そのほうが楽だから。
「まぁ、そんなこともあって、俺は番に会うのが怖かった。
自分が自分じゃなくなって、番のことしか考えられなくなる。
番が自分の嫌いな女だったらどうしようかって、
本気で悩んでたこともある」
「ルークもそうなんだね」
「まぁ、俺がまだ若いせいもあると思うけど」
七十歳のルークはまだ番がわからない。
それでも私が竜化して、竜同士で会えば確認できるらしいけれど。
本当にルークが番だったら、私も変わってしまうのかな。
悩みは少し楽になったけれど、怖いのはそのまま。
「……少し出かけよう」
「どこに?」
「いいから、俺の背に乗って」
ルークに連れられてテラスに出る。
竜化したルークの背に乗ると、ルークはどこかに向かって飛ぶ。




