36.家族になろう
全員が黙り込んでクレアが泣き止むのを待つ。
その時、竜王様が何かに気がついたようだ。
「なぁ、ハンス。
お前はアーロンを助けるために秘術を教えたと言ったな?」
「はい」
「では、クレアを助けられるのだろう?」
「「「「え?」」」」
「もちろんです。クレア様は生きています」
クレアが生きている!?本当に!?
私よりも興奮しているラディがハンスに詰め寄る。
「本当なのか!ハンス!」
「ええ。これは逃げるためのものですから、生きてなければ意味がありません。
処刑される寸前でアーロン様がクレア様を竜石の中に入れたのでしょう」
「私……死んでないの?」
処刑されてなかったと聞いて、クレアが驚いている。
すぐ近くにいるラディは喜びで目を輝かせた。
「はい。亡くなっていた場合は竜石に入ることは不可能です」
「……死んでないなんて。どうして」
生きていると知って、抱き着きたいほどうれしかったのに、
クレアはなぜか喜ばなかった。座り込んだままうつむいてしまう。
「クレア、どうして?生きているってわかって、うれしくないの?」
「リディ、喜べないわ。だって……もう誰もいないのよ?
お祖父様もお祖母様もお母様も。
助かったはずのアリーでさえも!
私一人だけ生き残って、それがお父様の命を犠牲にしていたなんて知って!
どうして喜べるのよ……もう家族は誰も残っていないのに」
悲痛な叫びを聞いて、ラディが身を震わす。
喜んでしまった自分を恥じるようなラディに、私はそれでもと思う。
「でも、私はうれしいわ。クレアが生きているって知って」
「リディ……」
「私にとって、クレアが唯一の家族だった。
五歳でクレアに出会ってから、ずっとクレアだけが味方だった。
……姉のように思っているの」
「それはっ……私だってリディは妹のように」
「だから、家族が生きていてくれてうれしい。
これからずっと、クレアと顔を合わせて、食事をして、
一緒に笑いあって暮らせると思うと」
今までずっとクレアに頼って生きてきた。
だからこそ、クレアが亡くなっていることが寂しかった。
生きていると知って、ようやく家族として暮らせると思った。
その気持ち、わかってほしい。
「リディ……私、生きていていいのかしら」
「生きていてほしいからアーロンはあなたを竜石に入れたのよ。
きっと、兄である竜王様に未来を託して。
その前に私が見つけるとは思ってなかっただろうけど」
アーロンだって、残したアリーが生贄にされるなんて、
そんな不幸は想像だにしてなかったはず。
もう一人の娘クレアも助けたくて秘術を使った。
いつか戦争が続いて、すべての国が竜王国の属国になる。
その時にクレアは解放される予定だったんだと思う。
運命は少し変わって、
竜王国まで来るのに百年かかってしまったけれど。
こうして竜王様の、ハンスのところにたどり着いた。
竜王様を見ると、私の視線の意味がわかったのか、
クレアに優しく呼びかけた。
「クレア、俺もお前に生きていてほしい。
お前は俺の姪だ。これから、家族になりたいと思う。
クレアとリディ、どちらも俺の娘として引き取りたい」
「伯父様の娘に?」
「アーロンがしたかったであろうことを、
俺が代わりにしてやりたいんだ。
リディ、クレアはお前の姉なのだろう?」
「ええ!私の大事な姉です」
「二人とも養女にしよう。それなら姉妹でいられる。
クレアもそれでいいか?」
「……はい。ありがとうございます」
「ああ。ハンス、どうすればクレアを竜石から出せる?」
ハンスは古い魔術書を開いて、秘術の書かれた部分を指した。
「この秘術を解術できるのは、竜石にクレア様を閉じ込めたアーロン様の血縁者。
ここにいるもので言えば、クライブ様、リディ様、ラディ様です」
「俺も使えるのか!?」
血縁者と言われてラディが驚いているけれど、
そういえばラディはアーロンの従兄弟だった。
血縁者には違いない。
「使えますよ。この秘術は使ったものと同じくらい竜気がなければ解術できません。
ということは、まだ竜化していないリディ様には無理です。
そして、数日間竜気が使えなくなってしまうため、クライブ様は許可できません」
「数日間……それでは俺には無理か。ラディ、任せてよいな?」
「もちろんです!俺の番です。俺にさせてください!」
ラディしかいないとわかり、目を輝かせて喜んでいるが、
今すぐにでもクレアを出そうとするラディをハンスが止める。
「すぐには無理です。レンデラ国から戻ってきたばかりで、
疲れ切っていて竜気が完全ではないでしょう。
回復するまではできませんよ」
「どうのくらいで回復する?」
「少なくとも三日は休んでください。
不完全な状態で解術すれば、クレア様が出てこないだけでなく、
竜石が損傷してしまいかねません。
そんなことになれば、クレア様は戻って来ませんよ」
「わかった……休めばいいんだな」
秘術と言われるだけあって、危険なものであるらしい。
それでもラディはやると決めたようだ。
「その三日間で、クレア様とよく話し合われたほうがいいでしょう。
番と言われても、会ったばかりです。クレア様が戸惑うのも当然です」
「そ、そうだな……わかったよ」
生きると決めたからか、クレアの顔色は戻り、
ラディに見つめられて頬を少し赤くしている。
可愛らしいクレアにラディは挙動不審になりかけている。
三日間で打ち解けあってくれるといいけど。




